第十一話 「小さな約束」
日暮れを迎えた宿場町は、どこか剣呑とした雰囲気を抱えていた。
普段は旅人を泊める宿に出入りする、屈強な装いをした一団。併設されている馬宿が満杯になる規模を誇り、彼らの有する荷物や馬車に掲げられた旗には、デュリム王国の象徴バクの模様が刻まれている。
この国で暮らす民に、彼らを知らぬ者はいない。
デュリム王国騎士団。その存在感に、人々は終始圧倒されていた。
「――詰所で団長がお呼びです」
ユニアは馬宿で、馬の世話をしていた人物に用向きを伝える。
顔の彫りが深く、寡黙な雰囲気の男性は、第三騎士団の副団長。三年前に前任者が海難事故で亡くなり、分隊長から昇格した古参の団員だ。
「……ああ。すぐに行く」
短く返事をしつつ、副団長はひとしきり馬の身体を布で拭く。
基本的に馬の世話は従騎士の仕事だが、副団長の立場になっても、彼は戦場で命を預ける相手への礼儀を忘れなかった。むしろ人並み以上に、愛着を持っていると言っても良い。
「副団長、あとは我々がしておきますよ」
二人のやり取りを見ていた従騎士たちが、副団長に気を遣う。
「待て……腹部に泥跳ねが……」
「勘弁してくださいよー。あとで馬の世話が足りてないって、団長に絞られるのあたしたちなんですからぁ」
従騎士の少女が呆れた調子で苦言を呈する。
上官に対する態度にしては少々砕け過ぎだが、第三騎士団は団員間の繋がりが強い。規律が乱れ過ぎない程度には風通しが良かった。
ユニアもかつて、仲間内でよく無駄話をしていた。
「……そうか。任せたぞ」
言葉数も少なに、副団長は団長の待つ自警団の詰所に赴いた。
彼が立ち去った直後、従騎士の少女は息をつきながら、ユニアに近づいてくる。
「お疲れ様です、ユニアさん」
「ええ。貴方たちもご苦労様。もしよければ、私も手伝うけれど」
「とんでもない。ずっと歩いてユニアさんお疲れでしょ。今日は早く床に就いて、ゆっくり休んでくださいよ」
「問題ない。体力は余ってる」
「うへー。あんな重装備で歩き続けて動けるなんて、あたしには信じられないですよ」
彼女は大げさに首を振っていた。
宿に着いた頃には、大半の騎士が装備を外している。
ユニアも、さすがに町中では鎧を脱いでいた。今は一枚布の如くピッタリと張りつく黒い肌着の上に、皮の内着を纏った姿。騎士の普段着である。
「ブラシはあそこね」
「って、何で自然に始めようとしてんですか。ユニアさんだって、もう分隊長なんですから、雑用は任せてくださいよー」
「……そう」
「いやいや、そんな悲しそうな顔しないでくださいって。ほんとは憧れのユニアさんに手取り足取り手伝って欲しいところ、あたしも泣く泣く規律を守ってるんですから」
「手取り足取り?」
「あぅ、つい願望が――ともかく、ユニアさんは休んでくださいね!」
従騎士の少女は、立場を忘れた上官たちに悩みが尽きない様子だった。
結局、ユニアが折れる形で、半ば馬宿から追い出される。従騎士の少女は渋々の対応であることを念押していた。
副団長への連絡を済ませたユニアは、見回りを兼ねて町を練り歩く。
明日からの任務に備えて、ちらほらと備品を揃える団員の姿を見かけた。飲食店で夕食を済ませる者も多く、あとでユニアも立ち寄るつもりである。
しかしその前に、日課の鍛錬をこなすためにユニアは開けた空間を探した。
休息を促されてはいたが、やはり騎士足るもの日々精進あるのみ。
不条理だらけの現世。力だけでは守れないものが多いと知りつつも、他に大切なものを失わない方法を知らぬゆえに――
「あの」
不意に道端で、ユニアは背後から呼びかけられた。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
「その」
しかし声は下方から続く。
視線を落とすと、そこにはまだ年端もいかない女の子がいた。
「……私?」
ユニアが聞き返すと、女の子はこくりと頷く。
帯剣した人間に子供が声をかけるのは、割と珍しい光景だ。
おどおどした様子だが、どこか決心して声をかけてきたように思える。ユニアは膝を落として、女の子に目線を合わせながら訊ねた。
「何か伝えたいことがあるの?」
「う、うん。おねえちゃんって、騎士さんなんでしょ」
「ええ。貴女はこの町の子? 今日は大勢で驚かせてしまって、ごめんなさい」
「だいじょうぶ。怖くないよ。おねえちゃん、優しそうだもん。それでね。おねえちゃんたちも、あのお山の町に行くの?」
女の子はウムブルラ山脈の方角を見やる。
何の気なしなのは理解していたが、ユニアは少々反応に困った。
相手が子供とはいえ、民間人に任務の話はできない。悪い大人が、情報収集のために幼い子を利用する手口はよくあることだ。
ユニアは女の子の頭を撫でながら、さり気なく話題を転換する。
「安心して。貴女たちが平和でいられるように、ワタシたちは任務を頑張るから。それより、ここ最近あの町に向かった人がいるの?」
「そうなの。わたし、この前、お友達とお外で遊んでたら、土の人形さんみたいなのがやって来て、それでね。他のみんなが、わーってお家に戻って、わたしだけ足が遅くてね。とっても怖かったんだけど、旅人さんが助けてくれたんだ」
「零れ人? この付近では、あまり目撃例はなかったはずだけれど――それで、その旅人は土の人形さんを倒してくれたの?」
「うん。わたしに、お顔を隠してねって言って、こうやって両手でお目目を隠してたら、旅人さんがもう良いよって。でもわたし、とっても怖くてママに泣いちゃって、旅人さんにお礼言えなかったの。だからね、お山の町に行くなら、わたしの代わりにお礼言って欲しいんだ。お願いしても良いかな? おねえちゃん」
純粋な眼差しで、女の子はユニアに頼み事をする。
断る理由はなかった。行き先はぼかすが、ユニアは二つ返事で了承する。
「分かった。もしも任務中に、その旅人さんに会ったら伝えておく。貴女がとても感謝していたことを」
「えへへ。ありがとう、おねえちゃん」
女の子は満足して、スタスタと走り去った。
「そういえば、その旅人の特徴」
はたと聞きそびれていたことに気づく。
ただ、該当の町は鉱山を生業とする袋小路。旅人はそう多くないだろうし、零れ人を倒せるほどの腕前があれば、おそらく外見で分かるはずだ。
「アステラも身体が丈夫だったら、あんな風に……」
幼い子供と接する度に、微かに抱く束の間の感傷。
こんな感覚を、以前にも抱いた記憶がおぼろげに蘇ってくる。
「……」
無意識にユニアは首元に触れた。
そこには、青い羽根と透明なガラス玉をあしらった首飾り。今もなお、ある姉妹からもらった思い出を肌身離さず身に着けていた。
「……そうだ。旅人があの町に向かったのなら、サルヴァドル想派に襲われるかもしれない。この事実を早く団長に知らせないと」
ユニアは重大な事実に思い当たり、今の自分にできる最善の道を選んでいく。




