第九話 「依頼」
そこは大きな暖炉のある応接間。
中央にソファーとティーセットの乗ったテーブルを据えて、サムエルとシメールの町長が向かい合っている。他の面々は壁際に佇んでいた。
彼らは入室したセクトたちに視線を向ける。
「おう、来たなセクト。って、ガキんちょはどした?」
「フィッダなら広場に行きました。旅の修導士が子供向けの教導をしているそうで」
「ご苦労だったな、セルジュ。お前はもう下がって良いぞ」
「分かりました、父さん。御用の際はお申しつけください」
親子にしては丁寧なやり取りで、セルジュは退室する。
セクトは仲間たちの輪に加わって、町長との話し合いの席に同伴した。
サムエルたちの間には、特に物々しい雰囲気はなかった。何かを話し合っていたのか、セクトを交えると町長は会話を再開する。
「さて。先も申しました通り、この町は鉱山を生業としてきた町となります。ですが、ここ半年ほどそれが適わなくなり、鉱員たちが働けない事態となっているのですよ」
「はーん、なるほどねえ。路上の野郎どもが、気の抜けた顔してたのはそういうわけか」
「そしてその元凶が、ウムブルラ風穴に潜む怪物なのですよ」
町長は深刻な表情で、シメールの抱える悩みを打ち明けてくる。
セクトはこの町がサルヴァドルの巣窟だと聞いていたのに、何やら話題が妙な方向に進んでいるようだ。
サムエルは落ち着いた様子で、町長から情報を引き出していく。
「怪物ってのは、零れ人のことか?」
「いいえ、もっとタチの悪いものです。この地は長年に渡って、零れ人の出現報告すら上がっていなかったのですが、ある頃から風穴内に不気味な声が響き始めました。最初は地表から隙間風が入り込んでいると考えましたが、次第にその声がはっきり聞こえるようなったのです。そして半年前、鉱員の前にあの怪物が姿を現したのです」
顔面蒼白になって、町長はその恐ろしさを語る。
「私も目にしたのですが、あれほど悍ましい怪物がこの世に存在するなど、思ってもみませんでした。零れ人ですら、私がこの歳になって隣町へ買い出しに行く途中に、たった一度だけ目にしたきりだったのですから」
「ふーん。で、そいつの特徴は?」
「四つ足の獣のようでしたが、長い尾が特徴的だったことぐらいしか覚えていません。何せ数人が犠牲になっている間、私どもはパニックに陥っていて、命からがら避難しましたので。怪物は日の光を嫌うのか風穴の外には出てきませんでしたが、以来誰も風穴の奥に潜れない日々が続いている次第なのですよ」
「零れ人以外の怪物ねえ……お前ら、そんなのいると思うか?」
サムエルは半信半疑だった。
セクトはかつて双頭の巨人と対峙したが、この場で話せる内容ではない。
そうなると、一般人が化け物の存在を認める機会はそうそうないが、元修導医士のウォーレンがひょんな噂を口にする。
「ワシが古巣で聞いた話では、砂漠に潜む巨大なミミズの討伐に、駆り出された連中の噂を聞いたことがあるな」
「あっ、おいらも昔の同僚に聞いたことあるよ。どこかの怪鳥の卵が絶品だって」
宮廷料理人だったウォーレンも、怪物の実在には肯定的だった。
二人とも前職はお堅い職種である。冗談を口にすることはなさそうだが、サムエルは困惑気味に表情を曇らせた。
「お前らを疑うわけじゃないが、どれも眉唾の域を出ないなあ。オレはどうにも、怪物なんてもんの存在に懐疑的だわ」
「突然、信じてもらえないのは百も承知しております。ですが、私も半端な気持ちで打ち明けているわけではありません。貴方がたは歴戦の傭兵とお見受けしますが、おそらくサルヴァドル想派の一件で来られたのではないのですかな?」
『……っ!』
町長の発言により、ピリッと一同の空気がひりついた。
別段、旅人が武器を携行していることは珍しくない。仲間たちの刀剣や、セクトの背負った槍などを見て、傭兵と勘違いすることも理解はできる。
されどピンポイントで、サルヴァドル想派の話題を出されたのは想定外だった。
「何を考えてやがる?」
血気盛んなクライヴが、いつでも武器に手を伸ばせるように気を張る。
それを制するように、サムエルは今まで手つかずのカップに手を伸ばした。
「アンタがどういう了見なのかは見当もつかないが、ひとまず話は聞こうじゃないか」
サムエルは紅茶を口に含み、ゆっくり味わって喉を鳴らす。
誰もが大人しく成り行きを見守っていた。ボスの反応次第で、一同の行動が決定する。彼がそのまま沈黙する結果となったとしても――
「……どれ、続きを話してくれよ。町長殿」
「信頼していただき、真にありがとうございます」
「ちっちっち、オレはひとまず鵜呑みにしただけだ。この美味い茶に免じてな。んなことよりも、アンタらはサルヴァドルとどういう関りがある?」
「それにつきましては、実に愚かな行いであることを白状するのですが――」
シメールの町で、サルヴァドル想派の噂が立った詳細が明かされる。
前述の通り、半年前に風穴で出現した怪物のために、多くの人々は職にあぶれた。
元よりシメールは鉱山の町。農作を育てることはできず、狩猟採集も厳しい。人々の生命線は鉱石の売買に限られてくるが、怪物のためにそれすらも途絶えてしまった。仕方なく貯蔵分を切り崩すことで生計をもたせていたが、それもいつかは限度が訪れる。
先行きの見えない不安から、彼らは旅人への追い剥ぎ行為に手を染め始めた。
されど旅人の多くは、武の心得を持っている。町を危険に晒すことを危惧した結果、彼らはサルヴァドル想派の名を持ち出すことを思いついたのだ。
サルヴァドルは危険思想の団体として、カサリズマ卿連にも目をつけられる存在。
旅人からすれば、命を奪われる危険性を孕んだ組織である。その名の前に抵抗する度胸のある者はおらず、シメールは着実に旅行者から金銭を略奪していった。
「この町は過ちを犯し続けました。しかし悪事は必ず白日の下に晒されるもの。いつ代償を支払うときが来るか、怯える日々を過ごして参りました。そして数日前、この町に一人の修導士が現れました。その者に諭されたのです。このようなことを続けていたら、必ず報いを受ける日が来ると。今が変わるべきときなのだと」
「へえ、修導士の説法を聞いて心を入れ替えたってわけね。で、直後にオレらが来て、アンタは今までの罪を打ち明ける気になった。さしずめ、その目的は――」
誰もが予想していたことを、サムエルは言葉にして示した。
「その怪物退治の依頼ってわけか」
「ええ。差し出がましいことは重々承知しておりますが、何卒そのお力を貸していただくことはできませんか? 当然、相応の報酬を用意させるつもりです」
「別に報酬なんぞ、一宿一飯程度のもんで十分だが、アンタらが本気で困ってるってんなら手を貸してやるよ。その代わり、二度と旅人を襲う真似なんぞさせるな。オレがアンタに期待するのはそんだけさ」
「もちろんです。では、お引き受けしてくださるのですね」
前がかりで町長は確認を取り、サムエルは深く頷いた。
「心より感謝いたします、旅のお方。本日は長旅でお疲れでしょう。怪物討伐に備えて英気を養っていただくために、今晩の宿を用意させましょう」
町長はパンパンと手を叩き、部屋の外のセルジュを呼びつける。
すぐ近くに待機していたのか、セルジュは父親が名を呼び終わる前に入室してきた。
「セルジュ、彼らを宿に案内しなさい」
「はい。分かりました、父さん」
セルジュは町長の言いつけに適宜対応する。
「それでは皆様、宿までお連れします」
「おう。ありがとな、坊ちゃん」
サムエルが代表して礼を口にし、セクトたちは町長の家を後にする。
路地に出た一行は宿に向けて歩き出した。セクトが列の後ろを着いていたとき、すぐ横にいたアンガスがセクトに声をかけた。
「眉間にしわが寄ってるが、何か引っかかることでも?」
「いえ、実は町に入る前に不自然な落石がありまして。そのとき、人影のようなものが見えた気がしたんです」
「そうか、ひとまず無事で良かった。あとでサムエルにも伝えておく」
「お願いします。それとさっきの町長の態度に妙な感じがするんですが、アンガスさんはどう思われますか?」
セクトは上手く言語化できない違和感に苛まれていた。
するとアンガスは、ニヒルに笑って虚空を見つめる。
「出会った頃のお前は、何にでも着いて行きそうな、よちよち歩きの雛のようだったが」
「えっ、雛?」
妙な例えを出されて、疑問がるセクトにアンガスは小さく息を吐いた。
「すまない、今のは忘れてくれ。代わりに一つ、タメになる話を教えよう。敵意を隠した人間が、笑顔で相手を見るとき、そいつはどんな目をしていると思う?」
「目ですか? よく聞くのは、目の奥が笑ってなかったとかですが――もしかして」
「正解だ。本人は礼節を心掛けたつもりのようだが、言葉の節々に他者を見下す思想が聞いて取れた。実の息子にすらな」
「そこまで分かっていて、あの人を信用するんですか?」
「いや。私の経験上、あそこまであからさまな人間は返って御しやすい。サムエルも、あえて乗ってやっている程度の小悪党だ。今は放っておいて問題ないだろう。むしろ本当に危険なのは、敵意の欠片すら見せない人間だ」
「それって無表情な人、とか?」
「愛想がないわけじゃない。その辺の人間よりも表情は豊かだ。しかしそいつらは息を吸うように、目の前の人間の殺し方を思考している。喉元にナイフを刺される瞬間すら、殺気を感じ取れないほどだ」
無意識か、アンガスは自分の喉を指先でなぞっていた。
「……物騒ですね」
「なに。本物のサルヴァドルは、そういう連中の集まりだということさ」
アンガスは暗に、村長の話の大半は真実だと語った。
このシメールの町が、サルヴァドル想派の名を騙っただけなのは事実だろう。
他にまだ隠された事情はあるかもしれないが、自ら藪を突いて蛇を出す必要はない。加えて町長はともかく、息子のセルジュはセクトの所感では、悪い人間ではなさそうだった。
真偽を見極めるためにも、まずは静観に徹するのが得策である。
「セクト」
宿屋が目前に迫ったところで、サムエルに名を呼ばれる。
「おチビのこと迎えに行ってやれ。この場所知らないだろうし」
「それでしたら、私がお迎えに上がりますよ」
「あ、大丈夫です、セルジュさん。この道を真っ直ぐで、広場に着くんですよね?」
「はい、そうです。では宿には私から話を通しますので、みなさまはどうぞ寛いでください。町の案内でしたらいつでも承りますので、ご入用の際はなんなりとお申しつけを」
セルジュは一礼して、宿の主人に一行の宿泊の旨を伝える。
サムエルたちはロビーでチェックインを待ち、セクトはフィッダの元に向かった。




