↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/58

第七話 「シメールの町」

 海岸線沿いのコースト街道を西に折れ曲がり、湿地帯を超えた頃に野宿する。

 翌日。背の低い平原に差しかかると、途中の宿場町でさらに一泊を費やし、セクトたちはシメールの町へと続く渓谷に差しかかった。


 この辺りは地層が剥き出しで、断崖絶壁のため登山は極めて困難。

 通常の旅人は、さらに南下した地点にある正規のルート。ウムブルラ山脈に掘られた風穴を利用する。そちらは首都ソムニアか、西方に迂回するための山道に繋がり、トンネルの入り口には検問が設置されていた。王都への通行証を持たない者を門前払いするためである。


 渓谷内部は少々入り組んでいて、途中でさらに複数の分かれ道に迷い込んだ。

 シメールへの案内看板が立っていなければ、あっという間に遭難しそうだった。しかも谷合という地形のため、時折山風が吹き荒んでいる。


 昼間はまだ温かみを感じられるが、夜間になれば凍てつく空気に身を晒され、瞬く間に衰弱するはずだ。それゆえに、シメールを訪れた旅人たちは、是が非でも道を見失うわけにはいかないだろう。しかし苦心して辿り着いた場所は、サルヴァドル想派と関りのある町。

 仮に脅されて、金銭の要求を無視すれば、深夜の谷合に投げ出されることは必至。その場で断る選択を出来る者は皆無に等しいだろう。


「――もうすぐシメールだ。セクトとフィッダは、この辺の岩陰で待機してろ」


 町の入口を遠目に確認し、サムエルが指示を下した。

 フィッダを危険な目に遭わせないための配慮か、セクトを護衛に任命する。


「先に術代を飛ばして、町の様子を確認しますか?」


 指示に従う前に、セクトは索敵を提案した。

 術代は使用者に自我の欠片を戻す際に、視界に納めた景色を共有する。

 サムエルの火の鳥は目立つので、セクトは自分の蝶を飛ばすことを考えたが、その提案はアンガスから却下された。


「この辺りは岩場だ。あまり虫が生息していない。蝶の姿を発見されれば十中八九、術代であることが露見する。町の者を刺激して、余分な警戒を与えるのは止した方が良い」


「まっ、相棒の言う通りだな。まずは北を目指して渓谷に迷い込んだ旅人を装って、連中の動向を探るのが先決だろうよ。首尾よくいけば、お前たちは長旅の疲れで、少し休憩させてたって名目が立つ。迎えに来るまで大人しくしとけ」


「分かりました。みなさん、気をつけてください」


「そっちこそ、警戒は怠るなよ。お前なら心配ないだろうが、そのちんまいのが目を離した隙に、いなくなっちまうかもしれないからな」


「ふざけたこと言ってないで、早く様子を見に行ったらどうだ、オッサン」


 フィッダは母国語で堂々と悪態をついている。

 当然、他の面々に意味は通じないので、セクトはやんわり変換しておいた。


「フィ、フィッダも無事を祈ってるみたいです」


「おっ、なんだ。可愛いこと言ってくれるじゃないか。まあ安心しな。このサムエル・ファルコナーがいる限り、心配なんて微塵も感じさせやしないからよ」


 サムエルはポンポンと、フィッダの頭に手を弾ませる。


「へへっ」


「良い笑顔だな。喜んでくれてんのか? でも俺に惚れるなよ」


「ここが故郷じゃなくて良かったよ。汚い手で人の頭に触るような奴は、袋叩きにして磔にしても飽き足りないね」


「……あ、はは」


 ここに言語の壁があって良かったと、セクトは口端を引き攣らせながら感じた。

 少々ずれたやり取りを済ませ、サムエルたちはシメールの町に向かった。セクトとフィッダは岩場でこれを見送る。

 セクトは彼らの後ろ姿を眺めつつ、直前に立ち寄った宿場町の話を思い出した。


 数日前、ある旅人がシメールの方角に向かったという。

 その人物は各地を巡る修導士で、訪れた町で様々な慈善活動を行っているらしい。


 そもそも修導士とは、現世にて特定の信仰を持つ者の総称。

 サルヴァドルの零れ人信仰も、広義の意味では修導士の活動だ。


 しかし本物の修導士は正統な修験者で、日夜人々のために奉仕を行っている。

 特に医学に通じた修導士は修導医士として、騎士団や戦場に配属されることもあるらしい。

 仲間のウォーレンも、昔はそれに準じていたようだ。けれど絶え間ない怪我人の治療に明け暮れる中、あるとき心がポッキリ折れたと聞く。


 修導士は並外れた精神力がなければ成り立たない。

 特に旅をする者は、この世のあらゆる理不尽と向き合う必要がある。


 その観点から見れば、シメールに向かった修導士は、よほど清廉な自我を宿しているのかもしれない。宿場町の人間が、再三の警告を行ったにもかかわらず、サルヴァドルと繋がりの噂を持つ土地へと赴く行動力。

 サムエルはこの話を聞いたとき、非常に感銘を受けていた。

 修導士の奉仕は、いわば武力を行使しない義賊のようなもの。シメールの悪事を正そうとする姿勢に、共感するものがあったようだ。


「セクトにい。ワタシィ、一人でも大丈夫よ。オッサンたち、心配なら、着いて行くよろし」


 手近な岩に腰かけながら、フィッダがひょんな提案をする。


「そういうわけにはいかないよ。君のこと守らないといけないし」


「でも、不安って、顔に書いてあるよ」


 やけに目敏く、フィッダに指摘される。

 彼女の言葉は半分当たっていた。悪事が為されているかもしれない町に、仲間が向かって気が気でない人間はいない。後になって、その場に自分がいればと後悔する可能性だってある。


 だがそれ以上に、セクトはサムエルたちを信用していた。

 彼らがむざむざ返り討ちにされる姿など想像できないし、むしろフィッダに万が一のことがあった方が、仲間たちに顔向けできなくなる。


「大丈夫だよ。みんなボクより強い人ばかりだ。余計な心配するなって、返って怒られる」


「ふーん。じゃあ、悪党退治、オッサンたち任せるね。果報、寝て待つよ。起きたときは、お金、がっぽがっぽね」


「それはそれで、なんだかな……」


 子供らしからぬ発言に、セクトは呆れつつも否定はしなかった。

 家族のために出稼ぎを行うフィッダの心がけは立派だ。

 さりとて、幼い少女がそうせざるを得ない現世の実情に、セクトは複雑な思いを抱く。

 誰も苦労しないで生きられる世の中など夢物語に過ぎない。それでもフィッダのような子供には、年相応の境遇を望まずにはいられなかった。


「……ん?」


 不意に、セクトは違和感を覚えた。

 頭上から、パラパラと何かが降ってくる。一瞬、雨でも降り始めたかと思ったが、それにしては粒の質量が大きかった。


「雨――じゃない!」


 ハッと頭上を見上げたセクトは、いち早くフィッダに駆け寄った。


「動くな、フィッダ!」


「ど、どうしたね!」


 愕然とするフィッダをよそに、セクトは両腕を広げた。

 羽ばたく動作は大自然との架け橋。振りかざした手の平は、そびえ立つ断崖絶壁へ、土色に光る陣を描き出す。


「覆え、岩の蝶よ!」


 セクトの一声と同時、二人の正面の崖が蝶の姿に隆起する。

 そこに生じるは、セクトの自我の欠片を分け与えた術代。巨大な羽で二人の身体をすっぽりと包み込んだ、次の瞬間。

 ガッ、と鈍い音が頭上から降り注ぐ。

 ちょうど二人のいた地点目がけて、断層の頂上から大岩が落下したのだ。術代の展開がほんの僅かでも遅ければ、セクトたちはペシャンコに圧し潰されていただろう。


「……セクトにい。もう大丈夫か?」


 衝突音とともに、セクトの懐にしがみついたフィッダが恐る恐る顔を上げる。


「ああ、これ以上は続かないみたいだ」


 岩蝶の羽が開かれて、セクトは崖の上を確認する。

 フィッダは冷や汗を拭う仕草で安堵を呟いた。


「ほんと、びっくりしたよ。地盤、緩くなってたか? とても運、悪いね」


「……ただの落石だったらね」


 そのとき、セクトは見上げた断層の頂点に――


 黒い人影のようなものを目撃した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。