第六話 「遠征」
馬を引いて峠を越える旅団があった。
隊列に加わる全ての人間が、帯剣と胸当てを身に着けている。
雄々しい馬脚に転がされる、食料や装備が搬入された幌馬車。物々しい雰囲気とともに、堂々と掲げた御旗には、悪夢を喰らうバクの姿が描かれている。
彼らこそは、デュリム王国及びカサリズマ卿連有する第三騎士団。総数三十名規模の精鋭部隊である。
一行の目指す先、遥か前方にそびえる岩肌はウムブルラ山脈の尾根。
これを超えた場所に、デュリム王国の擁する町が存在するのだが、ここ半年その付近で旅人の消息が絶たれる事件が多発していた。サルヴァドル想派が干与している噂もあり、真偽を確認するべく派遣調査が行われたのがひと月前。偵察に出かけた騎士たちは終ぞ帰還することなく、カサリズマ卿連定例議会において、デュリム王国騎士団の出兵が決定された。
首都ソムニアの窪んだ地形は、山越えが常に付きまとう。
しかし如何に屈強な騎士団とはいえ、毎回それを行っていれば任務の効率に、大きく影響が出てしまうものだ。
そこで数百年前に掘られたのが、峠を越えた先に広がっているウムブルラ風穴だった。
元々ウムブルラ山脈には入り組んだ洞窟が存在し、彼らの先祖が利便性を追求して、直通トンネルを掘り上げた。その恩恵は騎士団のみならず、カサリズマ卿連の定例議会に赴く各地の領主や、行商の牛や馬の疲弊を抑えることにも一役買っている。
「――なあ、知ってるか?」
隊列の後尾を追随する中年騎士が、隣の若い従騎士にひょんなことを口ずさんだ。
「これから行くウムブルラ風穴は、途中で道が左右に別れてるよな」
「左の道が落盤で塞がっているところですか?」
「実はあの道、落盤じゃなくて人の手でわざと塞いだらしいんだ。なぜだか分かるか?」
「いいえ。どうしてでしょうか」
「ふっふっふ、じゃあ良いこと教えてやろう」
中年騎士は怪しい笑みを含めて、垂れた眼差しをギラリと光らせた。
「あの塞がれた道の先は、細かく入り組んでるんだが、その内の一つから奇妙な声が聞こえるんだよ。まるで獣が呻いているような、気味の悪い響きが絶え間なく続くんだ」
「く、熊が潜んでいるのですか? それとも零れ人とか……」
「さあて、どうだろうな。少なくとも大昔に、あそこで何人も行方不明になってる話があるのはたしかだ。だから、もしあそこで奇妙な声を聞いたら、それは何かがまだそこに潜んでいる証かもしれないな」
「お、脅かさないでくださいよ」
従騎士は話を鵜呑みにし、怯えを滲ませる。
その態度に、先輩騎士はくつくつと笑いを押し殺していた。
「――あまり後輩を驚かせないで」
ときに、隊列の確認をしていた一人の騎士が注意を呼びかける。
他の面々が身軽な恰好なのに対し、その騎士は頭からすっぽりと兜をかぶった、全身鎧の重装備を身に着けていた。
しかしその厳つい外見の半面、くぐもった声には穏やかな響きが伴う。
「おっと失礼、分隊長。いえね、若いのに、ちょいと喝を入れてやろうかと思って」
「雑談は構わないけれど、士気を下げない程度に留めておくように。貴方も変なことを言われたら、話半分に聞き流して構わないから」
「は、はい!」
「ワタシは少し持ち場を離れるから、しばらくここは任せる」
分隊長は速足気味に、小脇から前方に向かった。
従騎士はその後ろ姿を眺めながら、ぼんやりと呟く。
「分隊長って、移動の際も重装備ですよね。疲れないのでしょうか」
「あの人はいつも自分を追い込んでるんだよ。三年前の事件を経験してるせいか、人一倍努力を欠かさないのさ」
「おれは当時いなかったですけど、三年前の海難事故は不可抗力ではありませんでしたか?」
「心構えの話だよ。まがりなりにも、分隊長として部下の命を預かる責任さ。もっともあの若さで、それを背負わされてるのも少々酷な話だ。名門貴族に生まれついた運命と呼ぶには、あまりにも茨の道に思わされるよ」
「そう考えると、おれ庶民の出自で良かったかもしれません」
「奇遇だな。俺もさ」
年の離れた二人の騎士は、ささやかに意気投合していた。
そして前列へと足を速めた分隊長――
「団長、後方異常なし。引き続き警戒に当たります」
ユニアはデュリム第三騎士団長、ゲーラーン・キューオンに報告する。
最前列で一行を率いるゲーラーンは、がっしりした体格を持つ壮年の男だ。ユニアほどではないが、彼も行軍中から鎧に身を包んでいる。口元に薄く整った髭を生やし、全身から貫禄ある鋭気を漲らせていた。
「ご苦労、ユニア。しかしまだウムブルラ山脈すら超えてはいない。この辺りには山賊もいないのだから、そう無暗に気を張る必要はない」
「お気になさらないでください。これがワタシの平時ですので」
「お前の生真面目さは相変わらずか。だが無理に父の背中を追いかける必要はない。お前にはお前の歩幅というものがあるのだ」
「ご過分に痛み入ります。ですが、余分な気遣いは不要。ワタシはワタシの道を行きます」
「頑固な面も父親譲りか」
ゲーラーンは軽く嘆息した。
報告を終えて持ち場に戻ろうとするユニアに、ゲーラーンが零す。
「これより向かうは、サルヴァドル想派に加えて、人食いの噂まで囁かれる町だ。現着前に疲弊しては元も子もない。せめて兜ぐらいは外しておけ」
「……失礼します」
ユニアは事務的に一礼し、街道の小脇で後列が追いつくのを待った。
その折、団長の指摘に従い、ユニアは兜を脱いで小脇に抱えた。
後頭部で一本に結んだ髪が、するりと背中に流れる。陽光を弾く金色の髪が煌めいた。
ちょうど風が吹き抜けて、やや蒸した面に涼やかなものがそよぐ。火照った肌に玉の汗が滴り、ユニアは短く深呼吸した。
『……』
第三騎士団には男女ともに在籍しているが、双方の視線がユニアの前を通り過ぎる度に注がれる。彼女の美しき容姿は仲間内でさえも目を惹くものだった。
「サルヴァドル想派に人食いの町……あの島の巨人に比べれば、十分生きて帰れる」
どこか遠くを見つめる彼女だけが、周囲を気にも留めていなかった。




