第五話 「出立」
現世最大の大陸オリダーウンにおいて、不動の地位を確立する国がある。
大陸の中央に首都ソムニアを構える『デュリム王国』。大小規模を問わなければ、数千にも及ぶ領主たちを取りまとめる大国家だ。
その内、爵位を持つ貴族たちで構成された組織を〝カサリズマ卿連〟と呼ぶ。
カサリズマ卿連においては、階級に関係なく在籍する一人一人が有権者であり、月に一度大規模な議会が執り行われる。そこで議題に上がるのは断罪すべき悪について。賊に限らず、不正を働く貴族すらも対象となることがある。
そして議論の末に賛成が過半数を超えた場合は、デュリム王国騎士団の最優先討伐対象に選ばれるのだ。
それゆえに、カサリズマ卿連の別名は〝大陸の掃除屋〟。彼らに悪と見なされれば、決して逃れることのできない断罪が待ち受けていた。
セクトの故郷ガレーネを訪れたのは、カサリズマ卿連にて討伐部隊も担う、デュリム王国第三騎士団。名目上は未開の土地の調査だったらしいが、荒事に長けた騎士たちが派遣される理由など、そう多くはない。
仮にソリトゥードの民が世界に仇為す存在だったのなら、彼らは然るべき対処を行ったのだろうか。現状、セクトにそれを知る手段はなかった。
首都ソムニアは治安維持のため警備が厳しく、爵位を持つ領主の紹介状が必須。
どれだけ真実を知りたいと思っても、易々と向かえる場所ではなかった。
ただ、少なくとも。
セクトの出会ったあの少女は、優しき心を持っていた――
「――ここの領主は、海賊と癒着して金貰ってるって噂がある」
港町の入口で、セクトたちは住民の見送りを受けていた。
去り際に、サムエルは町長に忠告を促す。
「連中を引き渡すんなら、隣接領に伝令でも飛ばしてやりな。面倒なら海に放り込んで、魚の餌にしても文句は言われまいよ」
「何から何まで、誠にありがとうございます。私どもとしては、もうしばらくおもてなしをする準備が整っておりましたが」
「一宿一飯させてもらえれば十分さ。恩義を感じてくれるなら、このサムエル・ファルコナーの名を広めてくれ。それが一番の恩返しになる」
「分かりました。サムエル様のお名前は、今後も語り継がせていただきます」
町長や住民は、深々とお辞儀して感謝の意を表明する。
酒場で歓迎してくれた女性たちも、涙ぐんでサムエルとの別れを惜しんでいた。
自称色男は伊達ではなく、たしかに各地で泣かせた女の数は多そうである。
住民たちに手を振られながら、一行は町を旅立った。
「さあ、出発するよ。ワタシィ、着いて来るね」
先陣を切るように、フィッダは人差し指を天に掲げる。
「何でお前が仕切るんだよ、ガキんちょ」
「良いじゃないっすか、ボス。子供は元気が一番すよ」
「大目に見てやることさ。さっきの話に乗った時点でお前の負けだ」
「ちくしょう、やっぱ置いてくりゃ良かったか? おいセクト、道中ちゃんとこのガキのお守してやれよ。なんか、お前に懐いてるみたいだし」
「この中で一番お人好しっぽくて、話しやすかっただけね」
「あ、はは……先が思いやられる」
セクトはフィッダの世話係に任命された。彼女が正面きって悪口を発していることなど、他のメンバーは夢にも思わないだろう。しかし多少毒舌ながら、裏表のない純粋な性格は、妹たちの相手をするようで苦にはならない。
あらゆる面で、セクトはフィッダとの橋渡しとして適任だった。通訳本人が仲介役を担わなければならない根本は、この際片隅に置いておく。
波風を全身に浴びながら、セクトたちは海岸沿いに進んだ。
目的地はフィッダが海賊から聞いたというシメールの町。コースト街道を西に二日、内地に進んだ場所にウムブルラ山脈が広がっている。町はその麓に寄り添っていた。ちなみに尾根を越えた先は、デュリム王国の首都ソムニアを擁する盆地となっている。
フィッダの話によれば、シメールにはある噂が流れていた。
「それにしても、デュリム王国のお膝元に〝サルヴァドル想派〟と関りのある町があるとは、盲点だったな」
サルヴァドル想派の話題は、セクトたちも何度か耳にしたことがある。
彼らはあの零れ人を信仰する一種の共同体だ。
零れ人を天より遣わされた存在と崇めており、これを受け入れることで常世にて救済が得られると妄信している。あるいは、生贄を捧げることで現世の自我が救われると考えており、 世界各地で徐々に規模を増やしている派閥だ。
その危険思想から、カサリズマ卿連の討伐リストのトップを常に飾っている。
シメール町は彼らの思想に共感しており、運悪く町を訪れた旅人に、その名を出しては金銭をせしめているらしい。サルヴァドル想派は危険な組織として大衆にも周知され、命を守るため要求に応じる例も少なくないようだ。
サルヴァドル想派を騎士団に引き渡せば、少なくない額の謝礼が出る。海賊たちは町がかき集めた金銭を横取りする気だったようだが、義賊活動のついでにサムエルは正攻法で大金を貰い、その一部をフィッダの謝礼に当てる算段だった。
「連中も爪が甘いというか、見通しが雑というか……足元の脅威すら見落とすんだから、腐った人間が後から後から湧いて出るんだよ」
サムエルは王政への不満をぼやく。
「セクトにい。なんだか、オッサンの元気、ない思うよ。歳でもう疲れたか?」
旅路の後列に移動し、フィッダはセクトの横に並んで疑問を持つ。
「そう? デュリム王国への不満なんて、サムエルさんはいつも愚痴ってるけど」
「その辺の愚痴と一緒にしてもらっちゃ困るぜ、セクト。あの人はデュリム王国に思うところがあるんだよ」
セクトとフィッダの間に、するりと入り込む声があった。
二人のやり取りを小耳に挟んだのか、クライヴが神妙な面持ちで会話に入る。彼は二十半ばで普段はお調子者の青年だが、アンガスに次いでサムエルとの付き合いは長く、ボスに対する忠誠心は誰よりも強かった。
「どういうことですか、クライヴさん」
「ボスは、あんまし人に弱み見せないから知らないだろうが、実はデュリム王国のせいで知り合いを失くしてるんだよ」
「それって、もしかしてアンガスさんと傭兵してたって時代に?」
「いんや、お前がオレらの仲間に加わった頃だ。オレも何度か会ったことあるが、商船の船長をやってた気の良い人でな。ボスの親友だった。で、ある日その腕を買われてデュリム王国の騎士団を、ある島へと運ぶ大任に抜擢されたらしいんだが――」
「クライヴ。あまり心の傷を外に晒すもんじゃない」
そのとき、横からウォーレンがクライヴを窘める。
「っと、すんません。つい口が滑っちまって」
「ワシ個人としてはどうでも良いが、医師としちゃ聞き逃せんのでな。心の傷は負った本人だけでなく、知らされる方にも厄介な痕を残す。こればかしは、儂の力でもなかなか治癒できない問題だ。取り扱いには細心の注意を払わねばならん」
「てなわけだ。悪い、セクト。今のは聞かなかったことにしといてくれや」
「はい、ボクはそれで大丈夫ですけど……」
途中まで話を聞いて、セクトは妙な既視感を覚える。
セクトが仲間に加わった三年前、デュリム王国の騎士団は広海洋の中心を目指した。そのとき嵐で船が大破し、多くの人間が亡くなったと、サムエルたちと行動を共にしながら風の噂で聞いている。
仮にその船がガレーネ島を目指していたとすれば――
サムエルの親友が船長を務めた船だとすれば――
セクトとしては、やるせない感覚に苛まれた。
「なになに、心が疲れた話?」
そんな折、ヒューバートも後列の一団に加わってくる。
気づけばセクトとフィッダの周囲が賑やかになっていた。
「そういうときは、美味しものをいっぱい食べると良いんだな。フィッダちゃんも、おいらの料理たくさん食べてくれると嬉しいんだ」
「アナタ、料理人か? エラロン大陸の料理、作れるのか?」
「もちろんだよ。こう見えても、おいら宮廷料理人だったから、世界中の料理に精通してるんだ。リクエストがあったら、何でも受け付けてるからね」
「よっ、オレらのお母さん! いつもいろいろ作ってくれて感謝してるっすよ」
「早死にしたくなければ、その腹はもう少し凹ませて欲しいところだがな」
「仕方ないんだよ。だって、いつだってご飯が美味しいんだもん」
ヒューバートはポンとお腹を叩き、一同から朗らかな笑いが起こる。
「おーい、お前らとっとと歩け。日が暮れちまうぞ」
前方でそれを聞くサムエルは、アンガスの横で苦笑する。
「ったく、ガキとはいえ女が一緒だからって、連中デレデレしやがって」
「お前も普段から美人に目がないだろう」
「俺は分別を弁えてるんだよ。小娘にうつつを抜かすほど腑抜けちゃいないぞ」
「ふっ。だが士気が上がる分には都合が良い。これから私たちが向かうのは、あのサルヴァドル想派の町だ。下手をすれば、即時戦闘になるかもしれない。フィッダは途中で待機させておこう。セクトも同行させて構わないな?」
「ああ。出会った頃に比べて、図体はボチボチ育ってきたが中身は未熟だ。あいつの術代には何度も助けられてるが、いかんせん元の性格が戦闘向きじゃねえ。……そろそろ、身の振り方を考えさせる頃合いかもな。そんときゃ、説得に付き合ってくれよ」
「皆まで言わなくてもいい。それがお前の判断なら私は従うのみさ、相棒」
二人の男は背後に広がる賑やかな景色に、微笑みを湛えるのだった。




