第四話 「ありふれた義賊」
宿屋はセクトたちの貸切りのため、食堂の長テーブルにはお馴染みの面々が揃っている。
元より海賊の噂があったせいで、宿泊客がいないのがこの町の現状。その評判が回復するのは、もう少し先の話になるだろう。
「――ハァァ」
むっすり顔を顰め、ひと息に吐き出すサムエル。
同席しているフィッダが、黙々と朝食をかき込んでいる。よほどお腹が空いていたのか、食べ滓が飛び散るのも辞さない食べっぷりだ。
セクトは隣の席で、フィッダが汚したテーブルを掃除してやる。
「どうしたんすか、ボス。そんな不機嫌そうな顔して」
「酔い止めなら、とっくに渡してやったろうて」
「ご飯食べないならボスの分も、もらって良いかな」
向かいの席からは、好き勝手な意見が飛び交う。
「……お前ら、少しはこの状況を不審がれよ。ちっこいガキが横に並んでんのに、どうしてそんな平然と飯食べてられんだ」
サムエルは不満を滲ませるが、面々からの反応は希薄だった。
「やだなぁ。ボスが拾いもんしてくんのなんて、いつものことじゃないっすか」
「お前さんに何人隠し子がいようと、ワシらには関係ない話だ」
「おかわりして来ようかな。どうしようかな。やっぱりして来よ」
「諦めろ、サムエル。お前のかき集めた輩は、こんなボンクラばかりさ。私を含めてな」
「この野郎、他人事だと思いやがって。つーか、そもそもセクト。お前が変なガキにからまれたのが事の発端だ。どうにかしてくれよ」
「そう言われましても、ボクにも事情がさっぱりでして」
朝食の豆スープを飲み、心身を整えながらセクトは首を横に振る。
渦中に巻き込まれて辟易とするサムエルは、嘆息交じりに疲労の原因を質した。
「おい小娘。たしかフィッダ、つったか。飯は好きなだけ食っても良いが、そろそろ事情を話してくれても良いんじゃないか。このサムエル・ファルコナーが色男すぎて、一目ぼれしちまったってんなら、悪いがあと十年早いぞ」
「なあセクトにい。このオッサン、もしかしてアホなのか?」
フィッダは真顔で、セクトに同意を求めてくる。
言葉が通じないのを良いことに、相変わらず憎まれ口を叩いており、いつの間にかセクトの呼び方も砕けていた。
サムエルは疑問符を浮かべて、辛うじて聞き取れたセクトの名に反応する。
「セクト、今この小娘お前になんつった? お前もいろんな言語、割かし話せたよな」
「えーと……」
通訳者の通訳を求められて、セクトは内心困った。
ストレートに伝えるわけにもいかず、セクトは当たり障りのない表現に置き換える。
「そういうことじゃない、的なこと言ってますね」
「何だ、見る目のないガキんちょめ。俺はこれでも、子供に好かれやすいタチなんだがな」
「誰がこんな酒臭いオッサンを好きになるのね。自意識過剰すぎるんじゃないか」
愛らしい顔に反し、毒舌をまき散らすフィッダ。言語が通じないとはいえ、正面きって吐き出せるのだから、その胆力は本物だった。さすがはこの若さで大陸間を移動し、通訳を生業としているだけはある。
「ワタシィ、出稼ぎ最中よ。故郷、弟と妹たくさん。アナタたち、倒した海賊、密航して移動してたね。でもそれ、出来なくなった。責任取って、ワタシィ雇うよ」
フィッダは切り替え早く、どこか愛嬌を含んだ笑みで本題に入った。
いくら子供とはいえ、ここまで表の顔を取り繕えるのかと、セクトは感心する。
「ボス、健気で良い子じゃないっすか。危険な真似までして、家族を養おうとするなんて、常人にゃ到底できないっすよ」
早速クライヴが、フィッダにほだされている。
「あー、まあ、そういう事情なら俺らにも責任あるか……あるか? ほんとに?」
「おいらは良いと思うんだな。フィッダちゃんを雇ってあげても」
「だがワシらの旅は危険が付き纏う。この町で働き口を斡旋してやる方が、堅実な選択だと思うんだがな」
ヒューバートとウォーレンは、それぞれ意見が食い違った。
サムエルはポリポリと顎髭をかく。
「相棒はどう思うよ」
「私も子供の同行には反対だ。坊主ならともかく、お嬢さんの世話をできるほど、甲斐性のある奴が一人でもいるか?」
「心配ないね。ワタシィ、自分のこと、一人できるよ」
フィッダは自信満々に胸を張るが、大人の視点からすれば不安しかなかった。
サムエルはリーダーとして総意をまとめる。
「なるほど、お前らの意見は分かった。悪いが、俺たちで雇うことはできない。この町の連中に、どっかで仕事を貰ってくれ。口添えぐらいはしてやるからよ」
「そうもいかないよ。ここ、海賊の縄張りだった。復旧、時間かかるね。まとまった賃金、稼げるまで、ワタシィ待てない。家族、飢え死にね」
「うっ、ちっこいくせに鋭いな。下手すりゃ、俺より頭良いんじゃないか?」
「当たり前よ。ワタシィ、とっても、天才ね」
発言は幼稚だが、フィッダの言語能力はずば抜けていた。
セクトのように特殊な状況にならない限り、一般人は複数の言葉を扱えないものだ。
祖父プンクトも、当初外海では言葉に苦労したらしい。
「かといって、俺たちも裕福ってわけじゃない。海賊から巻き上げた金品の大半は、街の連中にくれちまったしなあ」
「アナタたち、お金ないか? サムエル・ファルコナーの名前。手配者、見かけたことあるよ。いつももいろんな場所に、お金配ってるね。儲けてる、違うか?」
「金儲けのため活動してるわけじゃねえのよ、俺はな。無能な領主の代わりに、俺の名を轟かせてやってんのさ。そうすりゃ、悪党は俺の名を聞くだけで震え上がるって寸法よ。まっ、肥え太ったお貴族様の恨みを買って、手配書出されちまったけどよ」
悪びれた様子もないサムエルに、アンガスがチクリと釘を刺す。
「悪名を広めるのも良いが、ほどほどにしておけよ、サムエル。カサリズマ卿連の相手だけはしたくないからな」
「わーってるよ。奴さんの相手だけは、俺だってまっぴらごめんだわ」
「それじゃ、良いことなら、アナタたちするね? ワタシィ、とっておきの情報、海賊たち、こっそり聞いたよ。お金もがっぽり、入る思うね」
フィッダは何やら、怪しい儲け話をサムエルたちに持ち出す。
話題はその内容を中心に盛り上がりを見せ始めるが、セクトは混ざらずにふとした思いを脳裏に巡らせていた。
「……カサリズマ卿連、か」
それは、かつて故郷に流れ着いた少女の――騎士団の所属する組織の名だった。




