第一話 「闇夜の港町」
薄暗がりの支配する星月夜の漁港に、複数の影が蠢いていた。
闇に乗じて活動を行う者は、人には言えない後ろ暗い過去が付き纏う。
この港町は小さな漁港で、昼間は漁師の船の出入りが盛んだった。しかし陽が落ちるとともに、灯台の光を頼りに遠くの海から一隻の帆船が停泊する。
船に掲げられるは、髑髏をモチーフにした不気味な旗だった。
「ボス、準備できたっすよ」
ある倉庫の片隅で声がする。
漁港に設置された篝火が、煌々と揺らめいては暗がりに潜む者たちを映し出した。
「よし。そのままクライヴは裏口から侵入しろ。ヒューバートとウォーレンは、増援が来ないように見張っておけ。俺とアンガス、そして――」
一人の大柄な男が号令をかけた。
年の頃は四十過ぎ。無精髭を生やしながらも精悍な顔立ちの壮年である。
つばの広い帽子をかぶり、小奇麗な黒い長袖にズボンの出で立ち。ゆるく巻きつけた腰布には長剣と短筒がぶら下がっている。そして彼の周囲には、頭にバンダナをかぶった、如何にも腕っぷしの強そうな筋骨隆々の男たちがいた。
ボスと呼ばれた帽子の男は、その面子の中でも異質な人物に意識を向ける。
そこにいたのは、まだ少年と呼べる相貌の人物だ。健康的に焼けた肌に、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた、逞しい身体つき。さらに他のメンバーが剣を得物に選んでいるのに反し、少年は背中に一本の長槍をぶら下げていた。
視線を合わせられたことで、やや俯き加減だった少年の面が上がる。
浮かび上がってくるのは、赤く穏やかな眼差しだ。周りが茶色や黒なのに対し、彼の瞳は焼けつくような深紅を宿している。
「セクト。正面から突っ込むぞ。後方支援は頼んだぜ」
「あ、はは。分かりました、サムエルさん」
セクトは苦笑いを浮かべて、ボスの名を呼ぶ。
坊主頭のアンガスが、続くように皮肉を漏らした。
「相変わらず、馬鹿野郎が皮剥きするような作戦だ。私たちを削ぎ落す気か?」
「そう言うなよ、相棒。俺が大きく目立ちゃ、一段と名が広まるんだぜ。このサムエル・ファルコナーの名に、全世界が怯え震えるのさ」
「くーっ! やっぱ、かっく良いなぁ、ボスは!」
「あ、あまりやりすぎないで欲しいんだ。おいらはひっそり過ごしたいから」
「どうでも良いが、くれぐれも怪我はせんようにな。ワシの手間を増やすなよ」
一同が呑気に雑談に興じる中、セクトはやれやれと首を振りながらこの場に告げる。
「あの、そんなに大きな声出さない方が良いですよ」
「どうした、セクト。この俺の尊大な作戦に恐れ慄いちまったか?」
「いやそれ悪い意味になってますよ。って、そうじゃなくて、ほら。あれ」
「あれじゃ分からないだろう。こういうときは、しっかり主語を述べよといつも――あれ?」
『あれ?』
サムエルたちは、きょとんと同じ方角を見やる。
その瞬間、彼らはギョッと目を剥いた。
開け放たれた倉庫から、続々と飛び出して来る足音。周囲の不審な声に気づき、そこをアジトにしていた者たち――
「誰だァ、そこにいやがる間抜けはァ!」
海のならず者、海賊の群れがセクトたちを取り囲む。
実は数年前から、この漁港は海賊に支配されていた。
ある日、突然やって来て町に降伏を迫り、危害を加えない代わりに物資や食料、さらには若い女を貢ぐことを義務づけたのである。当然、最初は屈強な漁師たちが反発したが、抵抗も空しく勇敢な男たちは殺され、漁港は海賊の属地と化した。
住民は地元の領主に、何度も海賊の討伐を嘆願したが、海の上に居座る相手に権力者は手出しができなかった。ならば私兵を常駐して欲しいと願い、何度か見回りの強化を行ってもらったものの、海賊たちは必ず騎士団の不在を狙って漁港を訪れた。その度に住民は理不尽な略奪を受け、いつしか領主からの支援も断絶されていく。
もはや、この漁港に希望は残されていなかった。
海での暮らししか知らない彼らは土地を離れることもできず、海賊たちに搾取される日々を怯えながら、生涯を終えることを運命づけられていたのだ。
そう、この日までは。
「誰だァ、てめぇら。オレ様のシマで騒ぎを起こすとは、命知らずの大間抜けかァ?」
左目に眼帯をつけた、顔全体を髭に覆われた男が啖呵を切る。
サムエルと同じく、頭によく目立つ三角帽子をかぶっているので、この男が海賊の親玉とみて間違いなさそうだった。
「おっ、マジか。こんな早くばれちまうたぁ、俺も焼きが回ったぜ」
「あれだけ騒げば誰でも気づくだろうな。この馬鹿野郎」
「ボス、好きなだけ暴れちまって良いんすね?」
「あわあわ、どうしよう。おいらにこんな人数、対処できるかな」
「何度も言うが、怪我だけはすんなよ。手っ取り早く傷口焼いちまうからな」
「……故郷じゃ、焼くのが当たり前だったけどな」
六人はそれぞれ武器を構えて臨戦態勢を取る。セクトだけは背中の槍を使わず、徒手空拳で両手を仰ぐ仕草をした。
しかし海賊たちは十数人規模。
圧倒的な数の不利を抱えたまま戦闘になれば、紛れもなく勝機はない。
「行くぜ、野郎ども!」
短筒を構えながら、サムエルは叫ぶ。
「こいつらにサムエル・ファルコナーの名を知らしめろ!」
『オーケー、ボス!』
彼らの掛け声は、自分たちの勝利を信じて疑わないものだった。
「そんな人数で何ができる! 構わねえ、皆殺しだァ!」
『アイアイ、キャプテン!』
互いの号令が衝突し、開戦の口火は切られた。




