プロローグ 「誓い」
天蓋のついたベッドに寄り添う、一人の少女がいた。
均整の取れた体つきに、逞しい太ももから伸びるしなやかな脚。
後頭部から一本に結んだ美しい金色の髪。そして青く澄んだ、力強い眼差しが印象的な人物である。
少女はベッドの縁に腰かけ、片手を布団の上に置いていた。
そこに大きな波のようなうねりが生じる。
直後に、けほん、と鈍く空気を吐き出す音が続いた。
「――少し喋り過ぎたみたい。そろそろ寝た方が良い、アステラ」
「まだ良いでしょ? もう少しユニア姉様とお喋りしていたいもの」
布団の中で膨れ顔を作る、ユニアにそっくりな金髪の娘は、妹のアステラ。
彼女は幼い頃から病弱で、あまり布団から出られない日々が続いている。
出歩ける場所と言えば、二人の暮らしているハンダルジスタ家の屋敷の庭程度。
外の世界を知らないアステラにとって、騎士の任務に従事しながら諸国を巡る、姉ユニアのお土産話は唯一の楽しみの時間だった。
「駄目。また体調を崩したら、今度こそ母上が心労で倒れるから」
「うー。そうやってすぐにお母様のこと引き合いに出すの、ちょっとずるいと思うわ」
「母上だけじゃない。ワタシもアステラのことが心配なのは分かるでしょう」
「そう思うなら騎士なんてやめて、ずっと一緒にいてくださる?」
アステラは真っ直ぐな眼差しを姉に向ける。
軽く眉を潜めながら、ユニアの視線が外れた。
「……ごめんなさい、いつも寂しい思いをさせて。でもワタシには、この道以外に家名を守る方法を知らないから」
「あ、謝らないでユニア姉様。ちょっと困らせてみたかっただけで、本気ではないの」
申し訳なさそうに、アステラの瞳が揺れる。
そこにユニアが視線を戻しながら、妹の髪を優しく手で梳いた。
「分かってる。アステラが誰よりも優しいことも、騎士の鑑だった父上を、今でも尊敬していることも全部。だから今は、安心しておやすみなさい」
「もう……ユニア姉様ったら、いつまで経っても子ども扱いするんだもの」
「ふふっ。いくつになっても、貴女がワタシの妹であることは変わらないから」
赤子をあやすように、ユニアはポンポンと布団を叩く。
ユニアに見守られて、アステラがうつらうつらと瞼を閉ざしかけたとき。
「――ユニア様。騎士団長がお見えです」
屋敷のメイドが部屋を訪れて、ユニアに知らせを告げる。
「分かった。すぐに行く」
ユニアが返事をしてその場を離れようとすると、不意に布団の隙間から手が伸びた。
「待って、ユニア姉様」
心細そうな響きを伴って、アステラは上体を起こし、ユニアの服の裾を摘まむ。
「また、遠くに行ってしまうのね」
「おそらく。だけどいつものように、貴女はゆったり待っていれば良い。帰ってきたら、またいろいろ話をしてあげるから」
「……あの日と同じ」
「え?」
「三年前も、騎士団長が直々にユニア姉様に会いに来た。そしてあのとき、何人も騎士が死んで、ユニア姉様だって危うく……」
「……それは」
ユニアの記憶にも深く刻まれている、三年前の事件。
国王の勅命により、ある孤島を目指して騎士団は大海原に出た。
そして船を出してもらった船長、船員。さらに副団長を含めた多くの騎士団員が、嵐の夜に命を落としてしまった。
あの島で引き起こされた悲劇も含めて、ユニアの心には決して癒えない傷が残っている。
当時のことを思い返す度に、ユニアは何度も胸を締めつけられ、眠れぬ夜が続いた。
そしてそれは、アステラにとっても同じだった。
「わたし、本当はいつも怖いの。ユニア姉様のお土産話は大好きよ。だけどそれ以上に、お父様と同じ場所に行ってしまうのではないかと思うと、いつだって怖くて堪らないの」
アステラは腕を抱き、不安に押し潰されそうになる。
騎士を続ける限り、ユニアは妹の安心を紡ぐことはできない。必ず生きて戻るという約束をして、それを果たせなかった父親の背中を、姉妹は間近で見ているのだ。
ただ、それでも――
「大丈夫」
妹に向ける魔法の言葉。
常に心細さを抱えているアステラに、いつだってユニアはそう言って寄り添ってきた。
「ワタシは必ず、この場所に戻ってくると誓う」
ユニアは固く妹の身体を抱きしめる。
「うん……約束だからね」
アステラはその誓いを拠り所とするように、そっと姉の背中に腕を回すのだった。




