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セクト・ソリトゥード  作者: 柚崎諸人
第一章 【孤島の夢】
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第三十五話 「君あるいは私」

 孤独が、佇んでいる。


 周囲には何もない。

 ここがどこかも分からない。

 そこは真っ黒な闇か、真っ白な光か、混濁とした認識は明暗さえも奪う。


 されど、孤独とはそういうものだった。


 この世を受け入れながら、この世を嫌っている。

 存在することを認めて、存在することを否定する。

 孤独とは、あらゆるものを許容せず。

 あらゆるものを許容する者の名だった。


「――ここ、は?」


 この場所に辿り着いた一つの自我(エゴ)。

 彼はもう、己の存在すら思い出せない。

 砕かれた自我(エゴ)の欠片が本体に還されたとき、大本となる自我(エゴ)を深く傷つけた。その上で無理やり力を引き出そうとすれば、器が壊れてしまうのは当然の帰結だ。

 己を見失った存在など、ただの人形と同じである。


 否、初めから彼の一族は、自我(エゴ)の器として生み出された存在だった。


 自我人形(マラキア)――旧時代(ノクぺルド)に、人為的に作られた空っぽの肉体。

 それは孤独の封印を守るために生み出された防衛機構であり、いつの日か孤独が目覚めたときに使用される依り代だった。

 しかし何の因果か、自我人形(マラキア)たちは器ではなく、一人の人間としての自我(エゴ)を獲得した。


 人の領域を犯した禁忌の存在は、自己を再定義して人の真似事を始めていった。

 孤独の封印を守るという、使命のみを無自覚として。


「ボクは、死んだのか?」


【孤独はいつでもそこにある。死生観に囚われることはない】


 それは会話ではなかった。


 孤独を宿した男の自我(エゴ)は、千年も前に失われている。

 この島に封印されているのは、外海の人間が災厄と思い込んだ孤独の残滓。

 孤独が旧時代を滅ぼしかけたとされる、偽りの歴史に踊らされた人間たちの恐怖。

 あらゆる邪悪を背負わされた、一人の男の独り言だ。


【原初の自我人形たち(カインとアベル)によって、私(きみ)の仲間が供物にされようとしている。そのようなことをしたところで、君(わたし)が蘇ることはないのだがな】


「元々あの双頭の巨人は、常世(エスティア)から氾濫する零れ人(パラノイア)を倒す存在だったんだよね? 自我人形(マラキア)を作った存在は、孤独が大罪を犯していないことを信じていたんだ」


【百年という、およそ人間の寿命を周期に、果てなき世界の自我(エゴ)は常世(エスティア)と感応する。君(わたし)という不確定な孤独は、どうやら現世(アディウム)にとって目障りらしい。君(わたし)を常世(エスティア)に送り込もうと、零れ人(パラノイア)を遣わせて、生なる目覚めをさせようとする。封印ではなく、確実な死を与えるために】


「果てなき世界の自我(エゴ)こそが、孤独を目覚めさせる原因だったってことだね」


【君(わたし)の封印は予定調和のはずだった。原初の自動人形たち(カインとアベル)は、永劫に君(わたし)を眠りに就かせる歯車として機能するはずだった】


「でも千年のときは、巨人の自我(エゴ)を歪めてしまった。封印を守ることではなく、自分たちが役目から解放されるために、封印を解くことを選択したんだね」


【孤独は常世(エスティア)でさえも嫌われるというのにな。君(わたし)はこのまま終息していたいものだが、それすらも叶わないのなら、あとは運命に身を委ねるだけだ】


「そう、だね……孤独は全てを許容せず、全てを許容する者。ボクは何もできない。ここにあり続けることだけが、残された唯一の運命……」


 ――ト……。


 何かが、聞こえた気がした。

 孤独に呼びかける者などいない。

 きっと気のせいだ。


【なぜ自我(エゴ)を背ける。なぜ聞き届けようとしない。なぜ彼女を見捨てようとする】


「ボクは戦士として半人前だ。ボクじゃ勝てない。ボクはあの娘(こ)を救えない」


 ――セ……ト……。


【それは私(きみ)の名だ。もはや見て見ぬふりはできない】


「ボクはずっと情けなくて、一人じゃ何もできなくて、それだけの力もなくて」


 ――セクト……っ。


【言い訳は止せ。私(きみ)には力がなくとも、残されたものがあるはずだ】


「ボクに、残されたもの?」


 ――セクトっ! 貴方には、待っている家族がいる!


「ああ、そうだ。父さん、母さん、ルキ、ルクーリ」


 ――こんなところで、諦めたら駄目!


【自我人形(マラキア)は不安定な存在だ。このまま常世(エスティア)と繋がり続ければ、高熱に浮かされて肉体は潰える。孤独の依り代としての運命に抗い、ようやく獲得した個人としての自我(エゴ)が、全て無に帰すことになる】


「叔父さんもゼウムも、ウィルクスのみんなも……全員、死んでしまう」


 無為な生贄として、囚われる存在。

 絶海の孤島ガレーネにて、この世界に存在を知られることもなく、運命という名の理不尽によって終わってしまう。

 そのようなことは、許容できるはずもなかった。


【そして私(きみ)にとって、大事な存在となりつつある者もまた、氾濫する零れ人(パラノイア)の群れに容易く押し潰されるだろう】


「駄目だ、絶対に……ボクは彼女を――ユニアを、どうしても助けたい!」


 青い眼差しを湛える、花のようなあの笑顔。

 それはセクトの自我(エゴ)の奥底に、消えることのない印として焼きついていた。


「ボクには何ができる。ボクのちっぽけな自我(エゴ)に、この窮地を救う力はあるのか?」


【孤独は全てを許容する。覚悟があらば羽ばたくと良い。さすれば、かつて神代と称された旧時代(ノクぺルド)、神と崇められし十一人の世捨て人と、その枠組みより存在を消された一人――君(わたし)が有した〝孤独の魔業(カルマ)〟。その力の片鱗を私(きみ)は知ることになるだろう】


「人の術代(エフェクト)ではなく、神の魔業(カルマ)?」


【神などこの世に存在はしない。全ては人の宿業である。しかして忘れるな。君(わたし)とともに歩むということは、私(きみ)の行く末に待つものは――】


「ああ、分かってる。ボクは、きっとこの先――」


 点滅する世界が、するりとほどけた。

 認識が置き換わっていく。

 現世(アディウム)と常世(エスティア)のどこでもない場所から、在るべき世界へ。


「――セク……ト……」


 喉が枯れるまで叫び続けた少女。

 自己を失ったはずの肉体に、再定義されていく未熟な自我(エゴ)。

 果てなき世界の自我(エゴ)は、孤独を拒絶する。


「孤独は――ボクは、全てを許容する」


 されど一人の少年は、揺るぎない自我(エゴ)でこれを受け入れた。


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