↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セクト・ソリトゥード  作者: 柚崎諸人
第一章 【孤島の夢】
33/58

第三十二話 「双頭の怪物」

 巨大な影が動いた。

 燐光に彩られた大空洞に、混沌と流れ続ける大瀑布。

 その裏側に、ゆらりと揺らめく陰影が映し出された。


 曰く、百年周期で蘇る双頭の怪物。

 歴代最強の戦士たちが揃い、終ぞ討ち果たすことの叶わなかった永劫の守り手。

 ガレーネ島に秘する邪悪な自我(エゴ)に仕え、数多の強敵を退けてきた大自然の怒りの化身。


【――幾星霜を待った。自我人形(マラキア)の末裔を捧げ、孤独の目覚めを望んだ。さりとて、それが果たされること能わず。我らは悠久に囚われ、孤独と歩む】


 大瀑布が、真っ二つに別たれた。

 岩屋から躍り出す巨体。人型でありながら、それは人間ではなかった。

 人の形を模倣する零れ人(パラノイア)ですらない。全身を覆う肌は生身だ。 

 灰色に変色した肉体に、苔や鉱石がこびりついた異形の風体。裸身とも取れぬ総身には四肢が備わり、太い両腕で水を掻くように全体像を露わにする。


 そこには、天地があった。


 映し合わせのように、二つの頭部が上下逆さまに備わっている。

 上半身の頭部は、鮮血の如き眼光を宿していた。

 下半身の頭部は、眠るように双眸が閉ざされる。

 それはまさしく双頭の怪物であり、遥か見上げんばかりの巨人であった。


「なっ……股に逆さまの顔がぶら下がってやがる」


「これが、父さんたちの戦った怪物」


「構えて!」


 きつけの如く、ユニアの一喝でセクトとゼウムは臨戦態勢に入る。


【デュギョォオオオオオオオオオッッッ!】


 巨人が唸りを轟かせた。

 直後、セクトたちの頭上から影が落とされる。

 天穴を覆うは雲の切れ間が如く、一瞬の陰りをもたらした双頭の巨体。怪物は滝壺から一気に跳躍し、大空洞に降雨を振らせながら特大の跳躍を果たした。


 ズドン、と平たい二つの足場に怪物の巨躯が着地する。完全に入口を塞ぐ形だった。

 鯨のような重量を誇る双頭の巨人であるが、その動きには繊細さがある。

 頑強な下半身で平たい岩を鷲掴みにし、負荷を分散して倒壊を防いでいる。

 足ではなく、手の平で。


「嘘だろ、おい。こいつ、手が四本ついてやがんぜ」


「むしろ、足が無いって言った方が正しいかもしれない」


 上下逆さまにくっついた二つの上半身。零れ人(パラノイア)でさえ、ここまで人間離れした生物の形を取ることはないはずだ。

 さらにルキを探したマグヌスの森で、零れ人(パラノイア)の放った自我人形(マラキア)という言葉。それと同じ響きを、大瀑布から現れた双頭の巨人は用いていた。

 祭壇の石櫃に納められた、アングとトラーベのことも気にかかる。

 全てに人為的な意図が組み込まれているとしたら、ガレーネ島に封じられた孤独な自我(エゴ)が、これらを望んで生み出したのだろうか。


「ワタシは左周り、ゼウムは右周りの足場。セクトは、ここから術代(エフェクト)の支援を」


 ユニアは言葉と動作で方向を指し示し、二人に合図を送る。

 ゼウムが左利きで、ユニアが右利きであることを活かした即席の戦略。瞬時にこの判断が思いつく辺り、彼女の騎士としての経験を物語っていた。


「何言ってるかさっぱりだが、要は怪物をぶっ倒す! そんで良いわけだ!」


「ああ、その通りだよ! 父さんたちと一緒に、ここから生きて帰ろう!」


「ワタシがこの手で、決着をつける。二度と彼らの顔が、曇らないように!」


 不明なことは多い。だが、いつだって人間は目の前のことで手一杯だ。

 三者は異なる心を一つに合わせて、双頭の巨人に挑んでいく。




「――ドゥリャアアアッ!」


 一個飛ばしに足場を蹴り上げ、黒曜石の槍が振るわれる。

 決死の切り込みを仕掛けた一撃に、怪物は動じなかった。まだ成長途中ながら、ゼウムの上背は大人顔負けだ。セクトやユニアと、頭一つ以上の差がある恵まれた体格である。


 しかしそれは人間社会での話だ。

 相対するは、ゼウムを縦に五人ほど並べた奇形の巨人。

 左脚もとい下左腕に食い込む先鋭を、躱す素振りすらなかった。非力な人間の力を嘲笑うように、ゼウムが繰り出す連撃を涼しい顔で受けきる。


「ちっ、痛みを感じてねえのか!」


「危ない、ゼウム!」


 セクトは石蓋を術代(エフェクト)に変えた蝶を、ゼウムの正面に回す。

 無造作に振るわれた上左腕は、石蝶ごとゼウムを叩きつけた。 

 辛うじて後方の足場に飛びのくが、セクトの術代(エフェクト)はたったの一発で粉砕される。

 揺り戻しが起こり、セクトは眩暈を感じてその場に蹲った。


「なんて馬鹿力だ……こんな簡単に壊されたら、自我(エゴ)が持たない……」


 自我(エゴ)とは己を保つ力だ。

 術代(エフェクト)に分け与えれば疲弊し、揺り戻しが起きれば消耗する。

 肉体の傷と同様に、回復するには時間がかかった。二首沼で一度破壊されていることを考慮すれば、敵の攻撃を受けられるのは残り一回が限度。それ以上は禁忌の領域だ。

 術代(エフェクト)の使い過ぎで自我(エゴ)が擦り切れた者は、己を喪失させるという。


「……いや、弱音なんて吐いてる暇はない!」


 まだ仲間たちが戦っている。セクトは水流に手をかざし、青い陣を発動させた。

 セクトが術代(エフェクト)を再構築する間に、左手側の攻防が始まる。

 鋼鉄の鎧を纏いて、岩場を疾駆するユニアの体力は凄まじい。 

 どれほどの鍛錬を重ねれば、一見華奢な少女が戦いの場に立つことができるのか。血の滲む努力だけでは、到底成し遂げられない気迫が、彼女の振るう剣には込められていた。


「フッ! ハァッ!」


 爆発的な運動量。乱れる呼吸を整えて、白銀の刀身が煌めきを増す。

 怪物の懐に潜り込み、ユニアが狙うは下半身の頭部。どういった身体の構造をしているかは不明だが、急所を狙われて無傷でいられる生物はいない。


 当然、二頭の巨人も己が弱点は熟知している。

 緩慢そうな巨躯に似合わず、機敏な上右腕がユニアに平手を食らわせた。まともに受ければ鎧ごと打ち砕かれる。

 不安定な足場を捨てて、彼女は一挙に跳躍した。


 紙一重で巨人の張り手を空中回避し、身体を宙で回転させて上左腕に飛び移る。神がかった芸当に息つく間もなく、ユニアは灰色の表皮を駆け上った。足を取られそうな鉱石や苔を瞬時に見極めて、怪物の肩口に差し迫る。


「下の目は潰れていた。おそらく、二人の戦士が傷つけたもの」


 下半身の頭部が双眸を閉ざしていたのは、眼球を貫かれていたからだ。

 ユニアはいち早く戦士たちの足跡を辿り、怪物の急所を仕留めにかかった。戦士アングと戦士トラーベの戦いが、無駄ではなかった証明である。


「上も潰してしまえば、決着が近づく!」


 戦う者として貪欲に、ユニアは目の前の勝利に手を伸ばした。

 振りかぶった長剣が怪物の右目を貫かんとする。しかし服についた虫でも払う動作で、上左腕の手の甲がユニア目がけた。

 とっさに剣筋の方向を変えて、ユニアは力強く薙ぎ払う。


「ハァアアアアアッ!」


 勇ましい響きが空洞内を木霊し、ユニアの剣は怪物の手の甲に炸裂した。


「弾きやがった!」


 ゼウムが歓声を上げる。あの丸太の如き指一本ですら、普通の人間ならびくともしない筋力を有しているはずだ。それを腕ごと吹き飛ばすなど、惚れ惚れするほどの離れ業である。

 双頭の巨人は唸り声を響かせ、今度は上右肘を折り畳んだ。

 ユニアを叩き落とすつもりだった。


「させるかよォ!」


 いつまでも傍観しているゼウムではなかった。

 穂先の近くを握った、ルキの短槍を投擲の構えに移行。

 狙い澄ますは、ユニアに追従して左の目玉だ。

 剛腕を振りかぶって射出された短槍は、一目散に眼球を射貫く。


 しかし運悪く、ゼウムの放った投擲は瞬きに防がれた。その代わり瞼に石の先鋭が深く突き刺さる。青緑に濁った禍々しい体液が伝った。

 怪物が全身をぶるりと震わせ、衝撃でユニアが落下する。

 その拍子に兜が脱げてしまい、一本に結んだ金髪が流れた。彼女は華麗な身のこなしで、近くの足場へ無事に降り立つ。


「やっぱり、この怪物は零れ人(パラノイア)じゃなくて生きてるんだ……圧倒的強さをぶつける必要がないなら、ボクの術代(エフェクト)も通用する」


 武力の低いセクトは、零れ人(パラノイア)に勝つことはできない。

 術代(エフェクト)はお遊戯。仲間たちに揶揄され続けながらも、己の取り柄を磨き続けたセクトは、床を走る水流を最大限に利用した。


「羽ばたけ、水蝶よ。怪物の顔を塞いでくれ!」


 セクトはありったけの自我(エゴ)を費やし、怪物の頭部に匹敵する術代(エフェクト)を完成させた。

 形を大きくするほどに分け与える自我(エゴ)は増して、破壊されたときの揺り戻しは大きくなる。 

 その分、小さな術代(エフェクト)よりも自由意志が反映された。セクトの望みを事細かく聞き届けるように、羽に大渦の模様を描いた水蝶は飛翔する。


 これに気づいた怪物の両拳が、術代(エフェクト)に対して連続で放たれた。

 普段なら敵の攻撃に対して、術代(エフェクト)は回避行動を取らない。されど特大の自我(エゴ)を盛り込んだことによって、水蝶はひらりと格闘を避けていく。

 ムキになった双頭の巨人だが、その巨大な腕すら届かない制空権を握り、頭上から一挙に両翼を舞い広げた。


 怪物の顔を覆い、水蝶はひと塊の水泡と化す。

 この地上に生きる限り、生あるものは呼吸を否定できない。双頭の怪物においても、絶対的な理を覆す術はなかった。

 水玉のように滞留する内部に、怪物の口から気泡が漏れ出す。

 それに合わせて、渦巻く水流が鼻孔から勢いよく入り込み、着実に体内から酸素を奪った。


 苦し気にもがく巨体が、無造作に四肢を振るう。

 上両手、下両手となりふり構わず、足場を滑り落ちるのも厭わずに乱雑な拳を振り下ろした。


 だが、すでにユニアとゼウムは祭壇まで引き返していた。

 押し潰すべき対象を見失い、無様に暴れ狂う怪物は勝機を逸する。

 初めから三人を力任せに屠る気であれば、人間が小虫を踏み潰すような体格差によって、こちら側に勝つ術は存在しなかった。

 知恵と工夫。人間のたゆまぬ努力が、未曽有の怪物に打ち勝った瞬間である。


「や、やったのか」 


 ひとしきり苦しんだ双頭の巨人が、その場で崩れ落ちていく。

 四肢をだらんと弛緩させて、水泡に包まれた赤い両眼は白目に変わっていた。


「この巨人が、千年の災いの元凶?」


 ユニアはどこか釈然としないように、顎に指を宛がっている。


「何はともあれ、これで大自然の怒りは治まったのかな」


 セクトは術代(エフェクト)を解除し、分け与えた自我(エゴ)を己の内に戻す。

 揺り戻しが起きなければ、消耗することもない。存分に活躍してくれた水蝶に感謝し、額に取り込まれていく己の自我(エゴ)の輝きを受け入れる。


【――孤独なる器。今ここに至れり】


「……ぅぐっ!」


 セクトの脳裏に、目まぐるしい閃光が瞬いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。