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セクト・ソリトゥード  作者: 柚崎諸人
第一章 【孤島の夢】
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第二十九話 「ただそれだけで」

「――来ると思っていたよ」


 かくて、あくる日の夜明け。


 保守派の戦士たちにより、二人の少年の不在が明るみとなった。

彼らの行き先は見当がついている。

 早急に自警団で救援が編成される中、ウィルクスの騒ぎを知った一人の少女は、おおよその全貌を把握。一度、想幻岬(そうげんみさき)に引き返してから、再びこの場に舞い戻った。


 そこには、零れ人(パラノイア)の如き異様な姿が存在した。


 伸縮性のある着衣の上に纏う、鈍色を宿す装具が少女の全身を覆い隠す。

 騒ぎを聞きつけた人々が、怯えた眼差しを向けた。

 自警団の戦士たちは、警戒して槍を構える。


 しかし少女はウィルクス内を、ガシャン、ガシャンと音を立てて闊歩した。


 己の姿を目撃した、人々の恐れる目を。

 戦士の威嚇を意に介さず、真っ直ぐに向かうは長老の家。

 広場までたどり着き、痺れを切らして戦士たちが飛びかからんとした瞬間。


「お待ちな!」


 その場に姿を現した、おばば様の一喝。

 戦士たちは少女の喉元に槍を突きつけ、ピタリと動きを静止した。


 おばば様は腰を曲げて、広場に躍り出る。

 そして先の台詞を、怪物の如き装いをする少女に放った。

 言葉は通じずとも、厳かなる対話はなされていく。


「族長はあんたの正体を察していたよ。少女の外見をしているが、その鍛え抜かれた身体は見る者が見れば分かるらしい。昔、一度私らを……故郷を捨てて、再び帰ってきた男に、気まぐれに訊いた見聞を借りるとすれば……」


「馬を駆る戦士――〝騎士〟と呼ばれる存在なのじゃろう?」


 おばば様の後ろから長老が現れる。

 杖を地面につく手の反対。

 左手に、一本の長物が握られていた。


「争いの火種となる代物は、ソリトゥードの民の掟に従い海に還す決まりじゃ。しかしこれは儂らに預けられた。きっと捨てられなんだ。小舟の中で眠るそなたが、片時も手放すことのなかった、この存在意義をのう」


 長老は戦士たちを引かせ、少女の自我(エゴ)――外海では剣と呼ばれる武器を還した。


「彼は、どこ?」


 少女は帯剣し、行方知れずの少年の居場所を訊ねる。

 言葉は伝わっていた。さりとて、群衆は戸惑うばかりで返事をする者はなかった。この島には存在しない、鋼鉄の鎧を纏う者の真意を掴み損ねている。

 さらには賢人たちも、少女を死地へ送ることに罪悪感を抱えていた。


「――お姉ちゃん」


 不意に声をかけたのは、まだ年端もいかない幼き女の子だった。

 傍に、行方が知れない少年たちの二人の母親を控えている。さらにもう一人、ぐったりとした女の子の肩を支えていた。少女のよく知る姉妹だった。

 群衆のどよめきを無視し、姉妹は言葉を交わす。


「へへ……今の姉ちゃん、すっごくカッコ良いな……」


 高熱を押して、この場に駆けつけた姉の決意。その手には、青い羽根をあしらった首飾りが握られていた。中心部分には透き通ったガラス玉があしらわれている。


「二人で、作ったんだ……姉ちゃんと、もっと仲良く、なりたくて……」


「お兄ちゃんにもらった、きれいな石を嵌めてみたの。お姉ちゃん、受け取ってくれる?」


「……ええ。ありがとう」


 少女は姉妹の想いを受け取るために兜を脱いだ。

 中から現れた少女の顔に群衆はどよめく。薄々中身の正体は察していたはずだが、実際に彼女の面が現れると驚きを禁じ得ないようだ。

 それらを尻目に、姉妹は首飾りを左右それぞれ手にして、少女の頭から紐をかける。


「お姉ちゃん。ほんとはこんなこと、お願いしちゃだめかもしれないけど――お兄ちゃんたちを助けてあげて!」


「あたしたち……このままなんて、絶対に嫌だもん――みんな連れ帰って来て、姉ちゃん!」


 涙をいっぱいに堪え、姉妹は切望する。

 彼女たちの言葉の半分以上は、少女が聞き取れない内容だった。

 しかし、その想いは痛いほど伝わっている。


 託された心は、この胸を熱く焦がした。


 そのとき、少女の覚悟を尊重するように、ウィルクス内に轟く一声。

 気難しくも、気高く野を生きる、あまり人間へ懐くことのない存在の嘶き。

 広場を疾走し、凛々しくたてがみをなびかせた一頭の馬が、少女に駆け寄った。

 少女の身体に、鎧に、染みついた同胞の匂いを嗅ぎ取ったのかどうかは分からない。


 さりとて、ただ一つ。

 この勇猛な馬が、騎士に本懐を果たさせてくれることは明白だった。


「――ハァ、ハァ。こいつを使いな、外海の嬢ちゃん」


 群衆を掻き分けて、片足を引きずりながら現れたのは道具屋の青年だった。

 馬の声を聴いて飛んで来たようだ。彼も高熱に苛まれながら、補助の杖すら持たずに、精魂込めて作り上げた逸品を少女に放り渡す。


「俺のお得意さんたちを、頼んだわ」


 その道具が意味するものを、少女はすでに知っていた。

 エルガレイオン特製の手綱と鞍。

 孤高の馬は、これを受け入れて一人の騎士を背に招く。


 人馬一体となったその姿は泰然としていて、ソリトゥードの逞しき戦士たちすら、畏敬を感じるほどの風格を誇っていた。


「外海の騎士よ。何がそなたの自我(エゴ)を突き動かすのじゃ?」


「あんたもまだ子供だよ。今ならまだ、引き返す道もあるさね」


 少女を憂う、賢人たちからの問いかけ。

 なぜ他人のために、命を投げ捨てるのか。

 心で、そう受け取った少女にとって――


「彼が、泣いていた」


 この身体を突き動かす理由など、ただそれだけで十分だった。


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