第二十四話 「火種」
朝のウィルクスは、殺伐とした空気が顕著に表れていた。
「お前たちは、二人の仇を取ろうとは思わないのか!」
「戦士の敗北は己の責任だ! そこに関与すれば、彼らの名誉を汚すことになる!」
族長と副長が二度と戻らない可能性があることに、広場で朝礼をしていた自警団の面々が対立している。
セクトは末席として会話を聞いていたが、口出しできる隙間はなかった。
トラーベと親しかった保守派のメンバーは、すぐ二首沼に向かうべきだと提案したのだ。
それがアングたちの最後の望みでないことは関係ない。
彼らの無念を晴らすために、戦士として最後まで戦い抜く。
他に取るべき行動を彼らは知らない。否、あえて見えないふりをして、何も考えようとしなかった。それこそが心の安定を取れる、最も楽な手段だからだ。
「我らは戦士として、ソリトゥードの民を守る責任がある! 二人を討ち果たした存在があるのなら、それは必ずやウィルクスを襲う脅威となろう! ここで手をこまねいていては、仲間たちの命すら失い兼ねない!」
「そうならないために、我らが守りを固める必要があるはずだ! 下手な手を打って返り討ちにされれば、誰が大切な家族たちを守れるというのだ!」
互いに譲らない主張は平行線を辿った。
ソリトゥードの民を守り抜く。その一点において気持ちは同じはずなのに、食い違う意見がぶつかって戦士たちの興奮だけが高ぶった。これまではアングとトラーベという取りまとめ役が、代表して意見を衝突させて火の粉を発散させていた。
その緩衝が失われれば、二つの火花は大きな炎となり、全てを焼き尽くす。
「――本気で親父たちの敵を討つ気なのか?」
不意をついて、この場の主導権を握る声が響く。
副長の息子ゼウムは、今まで黙って戦士たちのやり取りを聞いていた。重たい沈黙を破り、他の誰よりも内なる炎を焦がした少年は穏やかに開口する。
「教えてくれよ。親父と戦士アングの仇を討つことが、本気で正しいと思うのか?」
「止めるな、ゼウム。息子のお前が一番苦しいのは理解している。だが彼らとの付き合いは我らの方が長い。二人の死を誰よりも哀しみ、そして激しい怒りに打ち震えている」
保守派の三名が拳を握り、それぞれ腕に掲げた零れ人の御印を掻き鳴らす。
偉大なる戦士を屠った怪物に、宣戦布告を示しているようだった。
「いや、止める気はねえよ。二首沼に行くのなら、オレも同行するぜ」
「おいゼウム、お前までもが何を言って――」
「ただし!」
ゼウムは声を張り上げて、己の身を案じる革新派の声を制止する。
「二、三日の準備期間をくれ。装備を整えてから行きたい。ありったけの薬草と、いつもの石槍じゃなくて――できれば親父たちが持ってった、黒曜石の槍が欲しい」
「分かってくれるか、戦士ゼウムよ」
「うむ。そうとくれば、素材は我らが入手して来よう」
「亡き二人の偉大な戦士の自我が迷わぬように、我らが戦士の使命を果たすぞ」
保守派の戦士はゼウムの言葉に自信を得て、すぐさま行動に取りかかった。
彼らの独断を止める者はいない。素材の入手に向かった三名を見送ると、残された戦士は険しい表情で、この場に残ったゼウムを詰問する。
「なぜだ、ゼウム。お前ほど二人を尊敬していた男はいない。どうして、その誇りと名誉を汚すような真似をするというのか」
「ふん、オレはオレの好きなようにさせてもらうぜ。お前らはセクトにでも縋ってな。これからソリトゥードの民が何を成すべきか、教えてくれるはずだ」
ゼウムは横目でセクトに視線を送った。
「……ゼウム?」
セクトはそこに、どこか真っ直ぐな眼差しを感じた。
彼は自棄になっているわけではない。自警団の対立を鎮めるために、あえて保守派と運命を共にする道を選んだのだ。セクトの一つ歳上で、体格も大きい従兄。そこにある自我は、人の上に立つべき存在として立派に成熟している。
紛れもなく、セクトよりも次代の族長に相応しい器だった。
それゆえに彼は、こんなところで命を落とすべき存在ではない。
セクトは考え直すように呼びかけようとして――
「今夜、ウィルクスの外れに来い」
一足早くゼウムが近づき、セクトに耳打ちして広場を去った。
その言葉には、何かしらの決意が秘められていた。
「セクト。情けない話だが、我らは族長がいなくなり、どうするべきか迷ってるんだ。何か進むべき道があるのなら教えて欲しい」
革新派や中立派の面々が、セクトに知恵を頼った。
彼らは皆、一人前の戦士として零れ人を倒した功績がある。半人前のセクトは、あらゆる面において自警団の仲間に劣っていた。
それでも、この場で目指す方向が見えているのは紛れもなく己一人。
「ボクはみんなを導けない、だけど、父さんが残した言葉は知っている」
セクトは父が最後に託した想いを、この場に納めた。
「船を作るんだ。漁に使うやつよりも頑丈なのを、たくさん。ソリトゥードの民が全員乗って海に出られるぐらいのをね」
『……?』
呆ける戦士たちに、セクトは父や賢人の言葉を、自らの意見とともに伝えていった。




