第二十話 「相克」
明朝、ある一団がウィルクスを出立した。
族長アング、副長トラーベ。そして自警団から選りすぐりの強者三名を選抜し、彼らは装備を整えて東を目指した。
零れ人の発生地点である、二首沼の方角だった。
彼らの妻たちは、これを出発前夜に聞かされたという。
戦士が行き先を伝えることの意味を、彼女たちは知っていた。家族に不要な心配をかけまいと、如何なるときも黙して旅立ち、必ず帰還を果たすのが通例である。
それゆえに、彼女らが気丈に見送る覚悟に、他者が文句を挟む余地はない。
残された者たちが、戦士の家族や賢人たちに事情を訊ねること。
それがどれほどの愚行であるかを、ソリトゥードの民は知っていた。
旅立った彼らの誇りと尊厳を汚さないためにも、沈黙は絶対の掟として守られる。
「――納得できるはずないだろ。なあ、セクト」
その、はずであった。
「うん。ボクたちはあの日の話を聞いています。無関係なんてことありませんよね?」
朝方。セクトはゼウムとともに、賢人たちの待つ長老の家に出向いていた。
まだウィルクス内では、戦士たちを除いてこの異常事態に気づいていない。特に子供たちは自警団の見回りに出かけたのだろうと信じている。しかし早朝の広場で、号令の席に族長と副長が不在なのは異例中の異例だ。
謹慎中だろうが、セクトとゼウムは自警団の一員。
この状況に違和感を覚えて、二人はそれぞれ母親に父たちの不在を訊ねた。
そこで返された言葉は、まったくの同じものだった。
『戦士たちを信じなさい』
セクトとゼウムは、いつだって父親を信頼している。
なれど、賢人から不吉の予言を聞かされていることもまた事実だ。
ペカ・オリギナ山に引き起こされるかもしれない災厄の一途。これを食い止めるために、ソリトゥードの民で、最も強き五名の戦士が選ばれたのは明白だった。
彼らが無事に帰還を果たせないかもしれないことも、また――
「セクト、ゼウムよ。儂らが、そなたらに話した理由は分かっておるじゃろう」
「分からねえよ! 何で親父たちが、黙って出て行くんだ!」
激情の収まらないゼウムは、床に這いつくばった状態だった。
ゼウムはセクトを引き連れて、長老の家に直行した。尋常ではない様子を感じ取った戦士が数名、長老に怒鳴り込んだゼウムを抑え込んでいる。
「ゼウム、あんたがそんな心構えでどうするんだい。この先、たとえどのような結果が待ち受けていようと、それを受け止めるのが族長の器さね。少しはセクトを見習いな」
「おばば様。残念ですが、ボクもあまり冷静じゃないです」
セクトは胸が締めつけられる思いだ。
昨晩の父とのやり取りは、奇しくも禍根が残る内容だった。仮にあれが最後の会話となってしまったら、セクトの内に一生消えない悔いが残る。
「父さんと叔父さん、それに他の戦士たちは二首沼に向かったんですよね? さっき術代を空に放って、足跡を見つけましたよ」
「手が早いね、セクトや。あんたの術代の腕は、歴代で最も優れてると私が保証するよ」
「今はそんな話はどうでも良いです」
零れ人が増えているとされる現状、二首沼に少数で向かうのは自殺行為だ。
どれほど精鋭の戦士だろうが、命を落とす確率は極めて高い。しかしそうせざるを得ない状況になったのは、きっと不吉の兆しが影響している。
「父さんたちは、無事に帰ってきますよね? 大自然の怒りを鎮めて、ウィルクスに戻って来ますよね?」
「無論、そうだとも。私らもそう信じてるさ。しかしこの世に絶対の理がないことも、あんたらは理解してるはずさね。なぜ次代の長としての心構えを伝えたのか、その意味を考えな」
「なんだよ、そりゃ……親父たちが、帰らねぇかもしれないってことかよ……」
ゼウムは途方に暮れたように、全身から力が抜けていく。
それはセクトも同じだった。今までそこにあった当たり前が、突然どこかに失われてしまうような喪失感。ぽっかりと穴の開いた心を、簡単に受け止めることはできない。
「なあよ、二人とも。俺らには何のことだが、さっぱりだがよ」
「ああ。族長と副長たちが決めたことじゃないか」
「置いてかれたのは寂しいが、戦士として見守ってやろうぜ」
セクトたちの肩に手を置く、残された自警団の仲間。
そう、彼らにもまた別の蟠りはあるはずだった。同じ戦士として連れて行ってもらえなかったのは、強さを認めてもらえなかった裏返しだ。
アングらの後を追わないのは、これを押し殺しているからに他ならない。苦渋の決断を選んだ戦士の誇りを汚さないために、この場の者は等しく待たなければならなかった。
今代において、最高の戦士たちの無事なる帰還を――
「ちくしょう。オレはまだ、戦士として親父に認めてもらってねぇのに……」
蹲るゼウムを、大人たちが外に連れ出して行く。
そしてセクトは己の足で家に戻ったとき、突如として懐に飛び込んでくる妹の姿。
「お兄ちゃんっ」
それはルキではなく、ルクーリだった。
「ルキちゃんがお熱出しちゃったの。ねえ、だいじょうぶだよね?」
「えっ、ルキが」
セクトは急いで寝室に向かうと、布団をかけられたルキをオーワが看病していた。
母は濡れた布をルキの額に乗せて、駆け込んで来たセクトを振り返る。
「問題ないわ。すぐに良くなるから、あまり心配しすぎないでね」
そう言って立ち上がり、セクトとすれ違うオーワは耳元で呟く。
「……お父さんのことも、ね」
平静を装おうと振る舞う母の声は、僅かばかり震えていた。
セクトは呆然と、それを聞き届けることしかできなかった。




