第十八話 「馬と癒し」
ペカ・オリギナ山から流れる湧き水は、マグヌスの森から中央平原を通っていた。海まで続く水路はウィルクスの水源としても利用される。
下流では珍しくも、茶色い毛並みの馬がゆったりと水を飲んでいた。
刺激しないように距離を開けて、セクトたちは上流で水を汲んでユニアの傷を洗い流す。
「お兄ちゃん、火打石ある? 皮手袋も」
「もちろん。いつも持ち歩いてるよ」
セクトは腰に下げた巾着から、ルクーリに指定された道具一式を取り出した。
何をするのかと、ユニアは怪訝にこちらを眺めている。
ルクーリはセクトの皮手袋を嵌めて、セクトに合図を送った。
「良いよ、お兄ちゃん」
「それじゃ、行くよ」
火打石を叩き、セクトは火花を飛び散らせる。
そこにルクーリが手をかざすと、真っ赤な光陣が出現した。術代である。彼女の生み出す生き物の姿は火を纏う鳥であった。
「術代――」
ユニアはパチパチと燃える火の鳥を前にして呟く。
ガレーネ島で用いられる名称と、まったく同じ響きだった。外海の世界にも術代に似た力はあるそうだが、どうやら向こうでも同一の言葉を用いるようだ。
「少し熱いけど我慢してね、ユニアお姉ちゃん」
「ああ、少し待ってルクーリ。ユニア、今から……えっと」
セクトは何度も読みこんだ、祖父の手帳の知識を思い出そうとする。
火は何と呼ぶのだろうか。怪我はどう表現するのだったろう。
いろいろと考えるが、結局は自分たちの言語で説明した。もしも下手な言葉で、間違った意味を伝えてしまったら申し訳ない。
「ルクーリの術代で傷口を塞ぐ。ほらユニア、これ噛んでおいた方が良いよ」
セクトは布を取り出して、口に宛がう仕草をしてみせる。
「布、咥える。分かる?」
手振り身振りで教えると、ユニアは首肯して布を噛み締めた。
ルクーリの生み出した術代は宙に滞空し、嘴でユニアの傷を啄む。
火で構成された術代は高温の塊だ。ジュッと音がして、ユニアの表情が歪む。しかし焼かれたことで切創は塞がった。
術代による絶妙な加減で傷を焼く技術こそ、ルクーリが癒し手と呼ばれる所以だ。
役目を果たした火鳥は灰塵と帰していく。
すぐにセクトは貝殻を取り出した。中身は薬草を抽出した粘り気のある傷薬。昔から伝わる戦士の知恵だ。通常の炎症はもとより、火傷の悪化も防いでくれる。
「ありがとう。ルクーリ、セクト」
ユニアは二人にお礼を告げる。
彼女の穏やかな表情から、ルクーリもその意味を理解していた。
「ど、どういたしまして」
照れたようにルクーリがはにかんだ。
和やかな雰囲気の折、ふとして下流にいた馬が近づいてくる。
先の暴れ牛の一件もあるので、セクトは少しだけ警戒し、ルクーリとユニアを背後に庇った。
「わあ、お馬さんだぁ」
けれどルクーリは、無邪気に馬の姿に喜んでいた。
馬は無造作に、地面に生えていた草を食べ出す。動物の気まぐれは、人間には到底理解できないが、そこはかとない愛くるしさは感じられた。
「お兄ちゃん、撫でても良い?」
「優しくすれば、たぶん。あっ、後ろには回るなよ。蹴られたら大変だから」
やや過保護気味に、セクトは妹と馬の戯れをハラハラと見守る。
馬はルクーリに触れられると、くすぐったそうに嘶いた。
「セクト」
ときに、ユニアも物憂げにセクトを見つめる。
目は口ほどにものを言うことを、朝食の席でセクトは知っていた。
「えっと、良いんじゃないかな」
「……っ!」
セクトに了承の意を受けて、途端にユニアの口角が緩んだ。
彼女もルクーリに倣い、背中の見事な毛並みを撫で始める。ユニアとセクトは同年代だろうが、いくつになっても女の子は動物との触れ合いが好きなようだ。
「えへへ、とってもかわいいね、お姉ちゃん」
「ええ。ルクーリ」
ルクーリの感想に、心が通じ合っているような相槌だった。
二人の少女から毛繕いを施されて、馬も満更ではなさそうに身体を震わしていた。




