第十七話 「暴れ牛」
セクトとルクーリは、ユニアが手伝いをしている中央平原に向かった。
広大な平野は北のペカ・オリギナ山から、なだらかな傾斜となっている。
青々とした牧草が絨毯のように敷かれ、羊や豚、牛などの家畜が自由に走り回った。ウィルクスの近くに作られた広い柵は、養鶏所として設けられている。
また、中央平原にはたまに馬の姿が見受けられた。
飼っているわけではないが、ときおりソリトゥードの民と交流を図り、機嫌が良いときは背中に乗せて遊んでくれる。
ユニアは放牧している羊を追い込んで、大人に引き渡していた。
丸々と肥えた羊毛の刈りどきである。ペカ・オリギナ山で採取できる黒曜石の刃で、綺麗に毟り取るのだ。すっかり裸になった姿は、いつ見ても少し面白い。しかし彼らのおかげで冷え込む季節を快適に過ごせるので、動物たちへの感謝はいつだって忘れなかった。
「おや、セクトにルクーリじゃないか。どうしたんだい?」
二人に気づき、羊を誘導中だった女性が声をかけてくる。
彼女はエリプシ。副長の妻でゼウムの母親だ。セクトたちの母とは仲が良い。
「こんにちは、おばさん。ちょっとユニアに話があって」
「それなら待ってな。今、呼んで来たげるよ。しっかし、あの子ったらよく働くねぇ。その辺の男なんざ目じゃないよ。あんな良い子、息子の嫁に欲しいぐらいだね」
エリプシは豪快な台詞を残してユニアを呼びに行く。
保守派筆頭の妻でありながら、彼女自身は中立派。
己の目で見聞きしたことにのみ是非をつける、さっぱりした性格だ。戦士トラーベも、エリプシの前では頭が上がらないと専らの噂だった。
「ユニアーっ! ユニアーっ!」
平原に轟く大声を張り上げて、エリプシがユニアを呼んだ。
「はい!」
丘陵の向こうから返事が響いてきた。
これだけ名前を叫ばれれば、言葉が通じなくても彼女も反応できる。たとえ拙い意思疎通でも、ユニアは立派にソリトゥードの民と交流していた。
「お兄ちゃん」
ルクーリがセクトの裾を摘まむ。
まだ一抹の憂慮があるようだが、紛れもなくユニアは心優しい少女だ。
少し服が破れていただけで、ルクーリを怒るはずがないことは、この数日の付き合いだけでも十分に理解できることであった。
――ぴゅうぴゅうっ!
そのとき、甲高い指笛の音色が中央平原を駆け巡った。
乾燥させた牧草の餌やりをしていた男が、周囲に向けて発した警笛。一匹の雄牛が、興奮したように丘陵を疾走していた。驚いた他の家畜が勢いよく逃げ回り、各々で作業中の人々が動物たちの混乱に巻き込まれそうになる。
「気をつけろよォ! 轢かれたら大怪我だぞォ!」
大人たちは慣れたように、動物たちの進路を見極める。
さすがは長年牧畜に関わっているだけあり、彼らは冷静に対処していた。
「おわっ!」
しかし一人の男性が、足元が交錯してその場で転ぶ。
その物音に気づいたように、暴れる雄牛は男性目がけて方向転換した。
「まずい、ポーノが!」
一同は危機を察知するが、もはや暴走を止めることはできなかった。
「――させないっ!」
ただ一人、セクトたちの方向に疾走していたユニアを除いて。
ポーノが倒れたのは、ちょうどユニアとセクトたちの中間だった。
西から勢いよく迫る雄牛が、地面に倒れたポーノに角を振りかざす寸前。ユニアはその身体を抱え起こし、一気にセクトたちの傾斜側へと押し出す。
間一髪のところで、雄牛の角が二人を掠めた。
「どーう、どうどう!」
遠くから複数の大人が押し寄せて、猛牛を鎮めにかかる。
そちらはすぐに解決しそうだったので、セクトとルクーリはユニアたちの元に駆け寄った。
「ユニア! ポーノさん!」
「す、すまない。助かった。私は問題ないよ」
「大丈夫」
ユニアはケロっと起き上がった。全身土で汚れているが、打ち所は悪くなさそうだ。ポーノも怪我はないようだった。
「あっ! お姉ちゃん、腕が!」
ルクーリがユニアの腕を取って袖をめくる。
どうやら角が少し引っかかったようだ。切創から、じんわりと血が滲んでいる。
「すぐに傷を洗わないと!」
「ワタシは、大丈夫」
ユニアは問題なさそうにしているが、小さな傷口でも甘く見てはいけない。怪我を隠して無理した戦士が何人も傷を化膿させ、最悪命を落としてきた。
セクトとルクーリは、急いでユニアを近くの水場に連れて行った。




