第十六話 「破れた服」
「――兄ちゃんっ!」
ウィルクスに戻るや否や、ルキがセクト目がけて突進してきた。
危うく押し倒されそうになりながら、セクトは必死に妹を抱き留める。よほど慌てて走って来たのか、全身ホカホカに温まっていた。
今朝の食事の席では落ち着いていたが、一晩経って溜め込んだ元気が弾けたらしい。
「どうした、ルキ。何かあったのか?」
「そうだよ、探してたんだよ! さっき大変なことがあったんだ!」
「えっ……まさか、零れ人がウィルクスに?」
「違うって! 良いから、早く着いて来て!」
妹の焦った態度に、セクトは胸がざわつく。
ここ数日は不吉なことばかりが続いた。ユニアとの出会いは除くとしても、これ以上、心が摩耗するようなことは起きて欲しくない。まずはルキの案内に従って事態を確認する。
連れて来られたのは、道具屋エルガレイオン。
「あっ、お兄ちゃん」
屋内に踏み込むと、そこにはなぜかルクーリもいた。
店主のエクセンと顔を突き合わせて、神妙な表情をしている。
「エクセンさん、ルキが何かやらかしたんですか?」
「どうしてそうなるのさーっ!」
「ああ、セクト。違げぇんだ。外海の娘っ子のことで、おチビから相談受けちまってな」
「……そうなの、お兄ちゃん。これなんだけど」
ルクーリの手にはユニアの服が畳まれていた。初日に洗い物として頼んだものである。
「お洋服が少し破れちゃってたの。もしかしたら、わたしが変な洗い方しちゃったからかもしれないから、エクセンさんに直してもらおうと思って」
「何だ、そういうことか。ルキが騒ぐから、また大事かとびっくりしたよ」
「一大事でしょ、兄ちゃん。あのルクーリが自分からお願いに来たんだよ。あたし最初、夢でも見てるんじゃないかと思っちゃったもん」
「ル、ルキちゃん、大げさだよ。わたしだって、いつまでも子供じゃないよ」
ルクーリは小さく膨れ顔を作る。
長老の家に通うようになってから、末妹は着実に人前でも上がらないようになっていた。
これを成長だと思う判明、微かな寂しさを覚えるのは兄馬鹿だろうか。
「そういえば、母さんには頼んでみた? たしか手芸は得意だったはずだけど」
「うん。でもお母さんには、まずはユニアお姉ちゃんに話すべきって言われたの」
「なるほど。それで、ユニアとは話せたのか?」
「ううん、だめ……怒られちゃうかもしれないと思ったら、言い出せなくて……」
縮こまるルクーリは、昔の気弱さを感じさせた。
人のことは言えないが、まだまだ妹は成長途中。兄馬鹿ではなくセクトは年長者として、伝えるべき言葉を提示した。
「相手が怒る可能性のあることを伝えるのは怖いよな? ボクだってそうだ。前に父さんみたいに強くなりたくて、勝手に父さんの槍を持ち出したら、振り回して折っちゃってさ。あのときは生きた心地がしなかったよ」
「お兄ちゃんも、そんなことあったの?」
「ああ。だけど大切な相手のことを考えれば、どれだけ怖くてもちゃんと話し合わないとね。じゃないと身勝手な行動だって誤解されちゃうからね」
セクトが諭すと、ルクーリは恐る恐る訊ねてくる。
「ユニアお姉ちゃん、怒らないかな?」
「どうかな。でも正直に言えば、きっと大丈夫だと思うよ。父さんだって許してくれたし、そのあと槍の作り方を教えてもらったんだ」
「えーっ、そうだったの? ちぇっ、あの槍ほんとはあたしが先にぶつけちゃったんだけど、隠さず正直に言えば良かったなぁ。そしたらパパに教えてもらえたのに」
「ちょっと待て、ルキ。今さらっと、とんでもないこと言わなかったか?」
横から口を挟む長女を、セクトは鋭く睨んだ。
あっ、とルキは口元を抑えると、視線を逸らしぴゅーぴゅーと口笛を吹き始める。
「まったく、お前ってやつは……」
「お兄ちゃん、いっしょに着いててくれる?」
ルクーリから上目遣いに頼られた。一人でユニアと会う不安は当然のことながら、末妹は優しいので姉の不祥事を忘れさせたい意図もあるだろう。
「もちろん、ボクも着いてくよ」
セクトは微笑みながら頷いた。我が事ながら妹たちには甘かった。
「やったじゃん、ルクーリ。そもそも姉ちゃん、優しいから大丈夫だよ。今朝もあたしたちの好物のお魚、分けてくれようとしてくれたじゃん。結局、兄ちゃんからもらったけど」
「お前はそれ以前に、人の料理を物欲しそうに見るな」
セクトは軽くルキの頭をチョップする。
「あいてっ。兄ちゃんが、ぶったー」
ついに兄が手を出したので、わざとらしく頭を押さえて痛がるフリをする。
ルクーリが、ぷっ、と堪らず噴き出していた。それにつられて、セクトやエクセンも声を出して笑う。
やかましい姉のおかげで、この場の緊張が一気に解けてくれた。
「よし。俺はこの服に合いそうな縫い糸でも探しとくわ」
「エクセンさん、まだやると決まったわけじゃないですけど」
「一応、準備しとくだけさ。俺も外海の服には興味ある。正直、分解して一つ一つ確認したいとこだ」
「ダメダメ、師匠。それなら、あたしが先なんだからね」
「いや二人とも、ユニアの服なんだから分解だけはしないでよ。今から何のために、ルクーリとユニアのとこに行くんだか」
好奇心旺盛な道具屋の師弟に、セクトはやれやれと首を横に振った。




