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セクト・ソリトゥード  作者: 柚崎諸人
第一章 【孤島の夢】
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第十六話 「破れた服」

「――兄ちゃんっ!」


 ウィルクスに戻るや否や、ルキがセクト目がけて突進してきた。

 危うく押し倒されそうになりながら、セクトは必死に妹を抱き留める。よほど慌てて走って来たのか、全身ホカホカに温まっていた。

 今朝の食事の席では落ち着いていたが、一晩経って溜め込んだ元気が弾けたらしい。


「どうした、ルキ。何かあったのか?」


「そうだよ、探してたんだよ! さっき大変なことがあったんだ!」


「えっ……まさか、零れ人(パラノイア)がウィルクスに?」


「違うって! 良いから、早く着いて来て!」


 妹の焦った態度に、セクトは胸がざわつく。

 ここ数日は不吉なことばかりが続いた。ユニアとの出会いは除くとしても、これ以上、心が摩耗するようなことは起きて欲しくない。まずはルキの案内に従って事態を確認する。

 連れて来られたのは、道具屋エルガレイオン。


「あっ、お兄ちゃん」


 屋内に踏み込むと、そこにはなぜかルクーリもいた。

 店主のエクセンと顔を突き合わせて、神妙な表情をしている。


「エクセンさん、ルキが何かやらかしたんですか?」


「どうしてそうなるのさーっ!」


「ああ、セクト。違げぇんだ。外海の娘っ子のことで、おチビから相談受けちまってな」


「……そうなの、お兄ちゃん。これなんだけど」


 ルクーリの手にはユニアの服が畳まれていた。初日に洗い物として頼んだものである。


「お洋服が少し破れちゃってたの。もしかしたら、わたしが変な洗い方しちゃったからかもしれないから、エクセンさんに直してもらおうと思って」


「何だ、そういうことか。ルキが騒ぐから、また大事かとびっくりしたよ」


「一大事でしょ、兄ちゃん。あのルクーリが自分からお願いに来たんだよ。あたし最初、夢でも見てるんじゃないかと思っちゃったもん」


「ル、ルキちゃん、大げさだよ。わたしだって、いつまでも子供じゃないよ」


 ルクーリは小さく膨れ顔を作る。

 長老の家に通うようになってから、末妹は着実に人前でも上がらないようになっていた。

 これを成長だと思う判明、微かな寂しさを覚えるのは兄馬鹿だろうか。


「そういえば、母さんには頼んでみた? たしか手芸は得意だったはずだけど」


「うん。でもお母さんには、まずはユニアお姉ちゃんに話すべきって言われたの」


「なるほど。それで、ユニアとは話せたのか?」


「ううん、だめ……怒られちゃうかもしれないと思ったら、言い出せなくて……」


 縮こまるルクーリは、昔の気弱さを感じさせた。

 人のことは言えないが、まだまだ妹は成長途中。兄馬鹿ではなくセクトは年長者として、伝えるべき言葉を提示した。

 

「相手が怒る可能性のあることを伝えるのは怖いよな? ボクだってそうだ。前に父さんみたいに強くなりたくて、勝手に父さんの槍を持ち出したら、振り回して折っちゃってさ。あのときは生きた心地がしなかったよ」


「お兄ちゃんも、そんなことあったの?」


「ああ。だけど大切な相手のことを考えれば、どれだけ怖くてもちゃんと話し合わないとね。じゃないと身勝手な行動だって誤解されちゃうからね」


 セクトが諭すと、ルクーリは恐る恐る訊ねてくる。


「ユニアお姉ちゃん、怒らないかな?」


「どうかな。でも正直に言えば、きっと大丈夫だと思うよ。父さんだって許してくれたし、そのあと槍の作り方を教えてもらったんだ」


「えーっ、そうだったの? ちぇっ、あの槍ほんとはあたしが先にぶつけちゃったんだけど、隠さず正直に言えば良かったなぁ。そしたらパパに教えてもらえたのに」


「ちょっと待て、ルキ。今さらっと、とんでもないこと言わなかったか?」


 横から口を挟む長女を、セクトは鋭く睨んだ。

 あっ、とルキは口元を抑えると、視線を逸らしぴゅーぴゅーと口笛を吹き始める。


「まったく、お前ってやつは……」


「お兄ちゃん、いっしょに着いててくれる?」


 ルクーリから上目遣いに頼られた。一人でユニアと会う不安は当然のことながら、末妹は優しいので姉の不祥事を忘れさせたい意図もあるだろう。


「もちろん、ボクも着いてくよ」


 セクトは微笑みながら頷いた。我が事ながら妹たちには甘かった。


「やったじゃん、ルクーリ。そもそも姉ちゃん、優しいから大丈夫だよ。今朝もあたしたちの好物のお魚、分けてくれようとしてくれたじゃん。結局、兄ちゃんからもらったけど」


「お前はそれ以前に、人の料理を物欲しそうに見るな」


 セクトは軽くルキの頭をチョップする。


「あいてっ。兄ちゃんが、ぶったー」


 ついに兄が手を出したので、わざとらしく頭を押さえて痛がるフリをする。

 ルクーリが、ぷっ、と堪らず噴き出していた。それにつられて、セクトやエクセンも声を出して笑う。

やかましい姉のおかげで、この場の緊張が一気に解けてくれた。


「よし。俺はこの服に合いそうな縫い糸でも探しとくわ」


「エクセンさん、まだやると決まったわけじゃないですけど」


「一応、準備しとくだけさ。俺も外海の服には興味ある。正直、分解して一つ一つ確認したいとこだ」


「ダメダメ、師匠。それなら、あたしが先なんだからね」


「いや二人とも、ユニアの服なんだから分解だけはしないでよ。今から何のために、ルクーリとユニアのとこに行くんだか」


 好奇心旺盛な道具屋の師弟に、セクトはやれやれと首を横に振った。


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