第十五話 「想幻岬」
ユニアが漂着して早三日。ウィルクスでの暮らしにも慣れ始めた彼女は、今日も人々の手伝いに邁進していた。
昨日のルキ発見の功績もあって、順当にソリトゥードの民と親睦を深めている。
もはや彼女を外海の異物として恐れる者は少なかった。
それでも一部の保守派に配慮して、本日からユニアにはプンクトの離れ家に住んでもらうことに決定した。
二人の妹は寂しがっていたが、族長の意向は絶対である。模範となる規律がなければ、仲間同士の対立による争いが発生してしまうからだ。
自警団を謹慎中のセクトは、今日は祖父の家を掃除する。ユニアに埃だらけの場所を提供するわけにはいかない。ちなみに同じ立場のゼウムは朝から訓練三昧だった。
ウィルクスを出て西に、想幻岬と呼ばれる場所がある。
常に波の打ちつける切り立った断崖は、ソリトゥードの民も滅多に近づくことがない。祖父が住んでいたからではなく、そこは亡くなった者の弔いに利用されるからだ。
ソリトゥードの民の亡骸は、星降る真夜中に大いなる海に投げ込まれる。現世から常世へと旅立つ前に、自我の抜けた肉体を大自然の一部として還すのだ。
そうすることで、現世で迷うことなく使者の自我が常世に辿り着ける。
特に海の生き物たちが光る幻燈夜には、儀式が神秘的に映った。それが想幻岬と呼ばれる所以だと言われていた。
そしてプンクトは死者の自我が彷徨わないように、外海の知識に倣って墓守を自称し、この土地に終の棲家を築いたのである。
プンクトの家は、先細った岬に続く道の手前に建てられていた。
祖父が亡くなって二年余り。今や誰も住んでいない高床式住居。
たまにセクトが手入れをする他、人が亡くなる度に一時保管所として重宝された。家の裏手には、プンクトの名を刻んだ墓石が置かれている。
亡骸はソリトゥードの民として海に還したが、外海の弔い方法を真似して本人が岩を削って作ったものだ。
さらに墓石の近くには、セクトが島の外に出るために作った小舟もどきが置いてある。
祖父が生きていた頃から、セクトはガレーネ島を旅立つ手段を模索していた。プンクトを真似て、小舟を作るという結論に至ったのだが、そこに手を貸してもらったことは一度もない。
プンクトはセクトと約束こそしたが、具体的な手段までは明示しなかった。
口癖のように『いつか時がくれば、否が応でもお前は旅立つだろう』と、セクトの行く末を信じていた。よくよく考えれば、こんな小柄な少年が大海に出れば、瞬く間に大自然の脅威に呑み込まれそうなものである。
幼心にもやはり祖父は変わり者だと思っていたが、それでもセクトにとってプンクトは、たった一人で外海を旅した偉大な人物であった。
プンクトの小屋の屋内は簡素な造りで、玄関を入ってすぐに居間と台所。奥に物置と寝床がある。入室したセクトは、テーブルの上を見てギョッとした。
「びっくりした……心臓に悪いって」
そこには、ユニアの小舟にあった鉄の被り物があった。
戦士たちは彼女を運んだあと、アングの指示で小舟をこの家に運んだようだ。
小舟は床下に置かれており、他の荷物は中に入れたらしい。鉄の被り物以外にも、丸太のような見慣れない鉄製品があった。靴に似た形状も存在し、どれも中身は空洞だ。
「何だろう。全部合わせると、零れ人みたいな人型になりそうだけど、外海の儀式にでも使うのかな? そういえば、あのときユニアは杖っぽいの持ってた気が」
セクトは周囲を探してみるが、小舟で彼女が抱いていた細長いものは見当たらなかった。
当然、実家にもそれらしいものはなかったので、すでに処分されたのかもしれない。危険そうなものは海に還される。ソリトゥードの民の掟だった。
彼女の荷物はそのままにしておき、セクトは掃除を開始する。
定期的に汚れは払っているので、清掃自体は苦労することもなかった。
しかし水瓶も物置も空っぽだ。水と食料は実家から分け与えるにしても、運び入れる作業が手間である。相変わらずセクトは非力なので、往復の時間を考えると日暮れまでに、作業が終わるかどうかギリギリだった。
当人に手伝ってもらうのが一番だが、ユニアを救うと決めたのはセクトの意思だ。この程度で音を上げるようでは、一人前の戦士など遠い道のりである。
「もっと一人でやれるようにならないと、父さんたちに笑われる。それに……ユニアが島を出るとき、ボクは……」
近い将来、ユニアはガレーネ島の外へと戻される。
死の岩礁地帯を乗り超えて、さらに広大な海をたった一人で漂流するのだ。
断言してしまえば、生存確率は限りなくゼロに近い。
プンクトも陸地に到着する頃には、飢えと喉の渇きで死にかけたという。
けれどそれは、まだ航海の術を知らなかったからだ。
祖父の入手した知識は、全て手帳に記されている。これらを実践すれば、生き残る可能性は格段に増えるはずだ。そしてその中身を解読できる者は――
「ユニアを無事に故郷へ送り届ける。きっとそれが、ボクがこの島を出る理由だ」
亡きプンクトの言葉を前向きに捉えて、セクトはウィルクスに戻る。
まずは彼女が明日を生きるために、僅かばかりの助力から初めていった。




