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第十二話 「消えた妹」

 ユニアのおかげで、滞りなく椅子の運搬を終えることができた。

 元より昼間は、ほとんどの家が不在のため、玄関先に置くだけで済んだのは幸いである。


 エクセンに報告を済ませると、ユニアは道具屋で働かないかと勧誘されていた。

 しかしまだ回るところがあるので、答えは保留してもらった。


 ユニアも手伝いをすることには乗り気のようだ。

 命を救われた恩義を感じており、周囲で困りごとを見かけると積極的だった。

 畑に行けば、春先の土づくりのために誰よりも耕した。中央平原に出れば、放牧している家畜を凄まじい脚力で追いかけ、引っ張って来てくれる。


 女の子というだけで華奢な印象を受けていたが、なかなか逞しい体つきだ。特に太ももには安定感がある。

 無尽蔵にも思える体力は、普段から身体を鍛えているようだった。


「……ふぅ、なんだかボクの方が疲れちゃったよ」


 日が傾き始めた頃には、すっかりユニアはウィルクスの人気者になっていた。

 能力のある者は人々から認められる。それは外海の人間だろうと同じようだ。自分たちの作業を手伝ってもらおうと、こぞってユニアを取り合いしていたが、彼女自身はどれか一つに決める気はなさそうだった。

 もしかしたらウィルクスに滞在する限り、あらゆる作業を手伝う気かもしれない。


『――あ』


 帰路についていたとき、セクトは正面から歩いてくるゼウムと鉢合わせた。

 全身にぐっしょりと汗をかき、槍を肩に担いでいる。

 セクト同様に自警団を謹慎中なので、鍛錬の直後だろうと予想がついた。


「……貴重な訓練の時間を、その()の案内に費やしてたのか?」


 ゼウムは感情のない調子で、後ろのユニアを見やる。嫌味っぽさは感じられないが、昨夜の件もあり、セクトは少々居心地の悪さを覚えながら説明した。


「うん。彼女、ユニアって名前なんだけど、意外と体力あってさ。大人顔負けの働きぶりで活躍してくれたよ」


「そうか。せっかくルキの奴が槍作ったんだ。お前も鍛錬さぼるなよ」


「あ……もちろん、そうするつもりだけど」


 セクトはどこか覇気のないゼウムに困惑する。

 こちらの胸中を悟ったように、ゼウムは小さく肩を落とした。


「昨日、帰ってきた親父に、やっぱり謹慎やめてもらえないかって頼んだんだ。けど、親父はまだオレのこと子供だと思ってる。零れ人(パラノイア)を倒して、御印をつけても、戦士としちゃ認めてくれねぇんだ。戦士アングは、オレを戦士として呼んでくれたのによ」


「ゼウム、どうしたんだ? そんなに焦らなくても、ゼウムの実力だったら必ず立派な戦士になるって。叔父さんだってすぐに認めてくれるよ」


「んなこと分かってるっての。でも昨日の長老たちの話を聞いたら、なんか……不安になっちまってよ……クソ。お前にこんな弱音吐くつもりなかったってのに……」


 抱え込んだ悩みは、族長に連なる者のみが知る不吉の兆しだ。

 他のソリトゥードの民は知らないし、口にすることも許されない。父親たちにも話せないのなら、唯一の相談相手はあの場にいたセクトだけだった。


「ボクだって、あんな話聞かされて夜眠れなかったよ。変な夢も見たし。だけどボクが騒いだところで、状況は何も変わらないんだ。それなら今は、自分にできることだけしてみようと思う。とりわけ今は、ユニアがウィルクスに馴染めると良いなーって感じで」


「……はん。お前に話したオレが馬鹿だったよ」


 あーあ、とゼウムは首を横に振り、そして一筋の息を吐き出した。


「けどまっ、くだらねーこと考え過ぎてたわな。オレもお前みたく能天気に生きてみっか」


「ははっ、そうだね。頭空っぽの方が、十分ゼウムらしいよ」


 傍から聞けば皮肉の応酬を交えて、二人は気分を晴れ晴れとさせていった。


「――おーい、お前ら!」


 不意に、セクトたちに呼びかける青年の声。

 通りの向こう。道具屋のエクセンが、一歩ずつ杖をつく姿が視界に入った。


「エクセンさん、どうしたんですか?」


「セクト、ルキを見かけてないか? いつまで経っても戻って来ねんだ」


「ルキが? また家に戻ってるとかじゃないですよね」


「いくらあいつが無邪気の塊だからって、そう何度も仕事放っぽらかす性格じゃないのは、兄貴のお前がよく分かってるだろ」


 エクセンは険しい表情で顎に指を宛がう。


「昨日の分と併せて少し注文つけすぎたか? こりゃ薬草探しに夢中になってるかもな」


「あぁ、在庫切れって言ってましたね。薬草採集なら、マグヌスの森に――……っ!」


 ハッと表を上げて、セクトはゼウムと顔を見合わせる。

 彼も同様の考えに辿り着いたようだ。サーッと表情が青ざめている。

 居ても立ってもいられなくなったように、ゼウムは槍を手にしたまま走り出した。


「待ってゼウム!」


「お前は親父たちに報告しろ! ルキはオレが必ず見つけてやる!」


 焦燥に駆られたゼウムは、先陣を切って北の方角を目指した。

 この島で薬草を採集できるのはペカ・オリギナ山の麓、マグヌスの森だけである。

 自警団の巡回ルートにもなっており、普段は野生動物を狩るついでに薬草も集めていた。

 零れ人(パラノイア)が出現しないので、必要に応じてウィルクスの人々も出向く。

 昨日までならそれも安全だった。しかし賢人たちの話が事実なら、零れ人(パラノイア)の活動範囲が増えて、マグヌスの森にも危険が迫っている可能性がある。


「エクセンさん、自警団が戻ったらルキのこと伝えてください! ボクも行きます!」


「お、おう。なんだかよく知らんが、ルキの一大事だってんなら気張ってけよ。さすがにあの森に零れ人(パラノイア)は出ないだろうけど、武装してくのも忘れんな」


 エクセンに忠告を受けて、一度セクトは自宅に槍を取りに戻った。

 母とルクーリには心配をかけたくないので、槍の鍛錬をしてくると言い訳した。

 そしてユニアには、ルキを探して来るというニュアンスを伝えて、家で待機してもらうようにお願いする。非常時だということは理解しているだろうが、彼女はセクト以外の人間と意思疎通ができない。オーワたちに漏れることはないと判断したのだが――


「セクト」


 家を出る間際に、ルキはセクトの後を追いかけてきた。

 そして一つ一つを力強い言葉で、思いの丈をセクトに告げる。


「セクト。ルキ、ワタシも」


「ユニア……ごめん。無関係の君に頼むことじゃないのは分かってる。でも……」


 抑えきれない想いとともに、セクトは深く頭を下げた。


「お願いするよ。ボクの妹を一緒に探して欲しい」


「大丈夫」


 ユニアの微笑みは、不安に駆られるセクトの心を優しく癒した。


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