第十一話 「手伝い」
騒ぎの終息を見計らい、セクトはユニアを連れて外に出た。
ウィルクスに滞在する以上、置かれた環境を知っておいた方が良いと、アングの提案によってセクトが案内を任命された。妹たちも同行を望んでいたが、道具屋の手伝いと長老の家での教導があるので不在だった。
ユニアは金髪を隠すように頭巾を被っていた。
すでに彼女の存在は知れ渡っているが、悪目立ちを避けるためには都合が良い。先の戦士たちのように、興味本位で仕事を疎かにされても困るからだ。
自警団不在のウィルクスは、主に女性が切り盛りしている。
一定の年齢を超えた男性たちも、彼女たちの傘下に入って、共に農作業や牧畜の世話に勤しんでいた。特に力仕事は、まだまだ現役である。
そしてウィルクスで生活する以上、ユニアにも手伝ってもらう予定だった。
言葉は通じなくても、見様見真似で作業は行える。一通りの暮らしぶりを確認させて、適正のありそうな業務をこなしてもらう算段だ誰もが。
「まずは道具屋に行こうか、ユニア」
「……分かった。セクト」
ユニアは相槌を打って答える。
完全に意味は理解していないだろうが、セクトが名前を呼ぶと彼女も、こちらの名を呼んで首肯してくれた。
彼女も探り探り、お互いに通じる単語を模索しているらしい。
「さっ、ここが道具屋だよ」
「えるが、れいおん?」
ぽつりとユニアは、道具屋の看板を読み上げる。
セクトはハッと驚くが、冷静に考えれば当然のことだ。元々は祖父の手記に書かれていた外海の言語。彼女の母国語ではないらしいが、文字の綴りは理解しているようだ。
「――おっ、セクト。ちょうど良い、手伝ってくれよ!」
そのとき玄関口から、店主のエクセンが姿を見せた。
左手に仕上がったばかりの木椅子を抱えて、軒先のセクトを手招きする。
「あれ、ルキはどうしたんですか?」
「とっくに雑用させてる。昨日は結局戻って来なかったからよ」
「あぁ……母さん手伝って、ユニアの看病してたんだな」
「てことで、兄貴が責任取って運んでくれ。こいつをポーノさん家な」
エクセンは椅子を置いて、ゆるりと指示を下す。
人使いが荒いようだが、セクトは快く引き受けた。
なぜならエクセンにとっては、入口の階段を昇降するのさえ重労働なのである。
まだ二十代後半の若さにして、零れ人との闘いで左足を負傷。今や片時も杖を手放せない青年は、亡き父の跡を継いで人々のために便利な道具を作ってくれる存在だ。無理をさせて店を休業されると、ウィルクス中が困ってしまう。
「って、奥の部屋。ずいぶん多いですね。何個作ったんですか?」
「十個だ。正直、注文受けすぎたとは思ってるよ。もっと運ぶのが楽になりゃ良いんだが、セクトの爺さんの手帳に面白そうな案とかないか?」
「たしか馬の顔に縄のついた被り物と、背中に鞍という固い皮の椅子をつけて、直接運ばせる方法があるそうです。荷物だけじゃなく、人間が乗るためにも使えるとか」
「馬ねえ。俺のこの足じゃ乗れそうにないし、奴らは気まぐれだから難しそうだな。試すぐらいはできそうだが」
「あとは馬だけでなく、牛に荷物を引かせる方法なんてのもあったかな。まあ、そのためには荷馬車って道具が必要みたいですけど」
「作り方が分からないんじゃ、どうしようもないわな。はぁ。現物が目の前にあれば、いくらでも作ってやれるんだがなぁ」
「そうですね。いつかボクも、この目で実物を見てみたいです」
「……ふーん。お前さん、まだ島の外に行く夢、諦めてなかったのね」
エクセンは半眼を作り、ポロっと夢想を口にするセクトをからかう。
「当たり前ですよ。ボクは爺ちゃんと約束したんですから」
「約束ねぇ。別に俺だって、外の世界の道具を見たいとは思ってるから、その夢自体は否定しないけどよ」
「ボクは夢を見る気はないです。実現可能だって思ってますから」
「そうじゃなくて、それって本当にお前さんの――……いや、この先は野暮か」
思うところを言葉にはせず、エクセンはセクトに仕事の内訳を伝える。
「ほれ、最初の椅子を運び終えたら、次はカペレさんとこだ。その次は――」
「うっ、気が遠くなりそうだ」
安請け合いしたことに、セクトは半分後悔する。
いくら勝手知ったるウィルクスと言っても、隣家との距離は広い。全て運び終わる頃には、非力なセクトはヘトヘトになっているだろう。
「ちょっと待ってて、ユニア」
セクトはユニアの案内を中断し、道具屋の奥から椅子を品出しする。
これらを全て外に出すだけで、セクトは両肩で息をしていた。
「セクト。大丈夫」
一部始終を見ていたユニアは、セクトを心配してくれたのか、そんなことを言ってくれた。
「はぁ、はぁ。うん、大丈夫、大丈夫」
セクトは心配をかけまいと、必死に呼吸を整えたとき。
おもむろに、彼女はセクトが苦心して運んだ椅子を重ね始める。背もたれがなく、上に乗せやすい丸椅子ではあるが、重量が増すとセクトでは運べない。
たとえ大人でも、父や叔父並みの筋肉がないと厳しいはずだが――
「え……えぇっ」
セクトの目の前で、ユニアは丸椅子の十段重ねを片手で担いでしまった。
あまり身長差のない少女に、まじまじと筋力の差を見せつけられて、セクトは唖然とする気持ちを抑えられなかった。
「その嬢ちゃん、外海の娘っ子だったか。向こうじゃ女も力持ちなのか?」
「いやさすがに、そんなことはないと……信じたいですけど」
「セクト。大丈夫」
真顔で台詞を繰り返すユニアは、少女の形をした大木のようだった。




