第十話 「長たちの務め」
ユニアが目覚めた噂は、瞬く間にウィルクス全体へ広がった。
外海の少女。彼女は異端の存在だ。年齢層が高くなるほど不安を抱く者は少なくない。
一方、低年齢の子供たちは強く興味を示しているようだ。
さすがに親から接近は止められているが、村長の家で教導を受けている間も、その話題で持ち切りらしい。
そして年頃の男――戦士たちは恐怖に強いが、好奇心に弱い。
しかもその相手は、一目美しいと感じる少女だ。
自警団の仕事を始める前に、彼らは族長の家に押し寄せる始末だった。
「戦士アング、外海の少女はどんな具合なんだ!」
「おい、押すなよ! お前ら、どうせあの娘が見たいだけだろ!」
「だ、断じて違うぞ! 俺はウィルクスの安全を思って、様子の確認をだな!」
「……まったく、お前たちは」
家を出るなり、騒々しい戦士たちの姿にアングは呆れ返っていた。
槍を片手にアングは軒先の階段を下る。高床式の居住から降り立つ族長は、威厳と風格とともに戦士たちの注目を一挙に集めた。
「知っての通り、外海の少女は目覚めた。昨夜、賢人たちとの相談によって、我らソリトゥードの民は彼女をウィルクスに迎え入れることにした」
『おおっ!』
一斉に戦士たちがざわめくと、アングは片手で場を鎮めた。
「されど、それも当面の間だ。体調が万全に戻り次第、彼女には父プンクトの残した離れ家で暮らしてもらう。ウィルクスに余分な混乱をもたらさない最大限の配慮だ。そしていずれは船を用意させ、ガレーネ島を去ってもらう」
「死の岩礁地帯を渡らせるのか?」
「無論、可能な限り我らも船の補強は手伝おう。しかしそれ以上の干渉は不要だ。彼女には彼女の暮らしがある。この島に長居させておくわけにはいかない。死の岩礁地帯を渡って帰れるかどうかは、大いなる海の導きのみが指し示すであろう」
「それは見殺しにするようなものではないか?」
戦士らはアングに対し、若干の不信感を募らせていた。
女性を巡る問題は、戦士の間で昔から付きものだった。アングが最も恐れていた混乱の一つがこの状況だ。下手をすれば、族長としての信頼を失い兼ねない選択である。
「――戦士アングは、俺の意見を尊重したに過ぎない」
戦士たちの後方から声がすると同時に、左右に道が開けていく。
副長トラーベが、堂々とした足取りで前に歩んだ。
「異議があるのならば、全てこの戦士トラーベが請け負わせてもらおう。決闘を望む者あらば前に出るが良い。戦士の誇りに懸けて相手になるぞ」
揺るぎない自信とともに、トラーベはアングの横に立って一同を見渡す。
もはやそこに意見を通せる者はいなかった。
戦士たちの間でもトラーベに勝てる可能性があるのは、アングを置いて他にいないからだ。
「……すまない。損な役割をさせた」
アングは小声で、憎まれ役を買って出た弟に謝辞を述べる。
「誤解はするな。俺は今でも、あの娘子をウィルクスに置くことには賛同していない。しかし大事の前の小事で、戦士たちの結びつきを弱くするわけにもいかぬ」
「素直でないのは変わらないな……弟よ。お前が副長で、私は心より良かったと思うぞ」
「ふん……強さだけなら、兄者より俺の方が族長に相応しかったがな」
トラーベは小さく鼻を鳴らし、保守派の仲間を引き連れて見回りに向かった。
革新派、中立派もアングの意思を認めて各々の仕事に出向いた。
アングとトラーベはまだ戦士たちに話していないが、今後は見回りの強化を重点的に行い、さらに狩猟採集の量を増やしていく。
これから訪れるかもしれない、ソリトゥードの民の存亡に備えるために――。




