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名もなき少女の還り路  作者: 猫鈴
還と忌物
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3

           ◇◆◇


          任務報告書


          第三特別徴用隊


【任務種別】討伐任務

【結果】対象討伐完了

【近隣住民】報告済み

【警戒】経過観察移行へ

【戦死者】二名

【処置】軍規定適用/現地埋葬


            上記の通り報告いたします。

                  ノア・レイン

           ◇◆◇


「以上、結果報告です」


 トールマン長官は無言で報告書を眺めている。

 そして一つ息を吐くと、それを放るように机に置いた。

 承認印を押す音が部屋に響いた。


 報告内容の詳細や経緯を聞かれることはなかった。

 特に今回は対策の遅れもあり、住民の不満も上がっていた。

 徴用兵の命で済めば安いものだと、判断したのかもしれない。

 

「しばらく休め。また追って連絡する」

「ありがとうございます」

 わたしは任務報告を済ませ、執務室を後にした。


 出口へ向かう途中、数人の見慣れない顔とすれ違った。

 

 その表情は誰もが緊張で強張っていた。

 横目で首元を確かめる。

 まだ徴用印はない。

 おそらくこれから――。


 徴印をした日が脳裏に浮かんだ。

 あの日、わたし達は違う道を選ぶことも出来たのだろうか。


 その道に未来はなかったかもしれない。

 でも、今この瞬間も共に笑い、支え合いながら生きていたかもしれない。


 足が泥沼に浸かったように重くなる。

 わたしはそれを振り払うように、その場から立ち去った。


 ドアノブに手を伸ばすと、外側から扉が開かれた。


「おっと、失礼」

 

 顎鬚に白いものが混ざる初老の男。

 黒地の外套に身を包み、長髪を後ろで結いている。

 胸元の留め具には王都の紋が鈍く光っていた。

 

「すまないね」

 物腰は柔らかいが、その目つきは鋭い。

「失礼致しました」

 わたしは道を譲り頭を下げた。

 

 男の名はイザベルド・ルーカス――徴印師だ。

 わたしも、そしてレオもこの男から徴印を受けた。


「君は……」

「ノア・レインです」

「そうだったね。随分と顔色が悪いが」

「ちょうど任務明けでして」

「忌物かい?」


 イザベルドは会話を続けながら、わたしの徴用印を確認している。

 じっくりと観察するように、瞬きすらしない。

 思わず隠すように手で印を覆った。


「はい」

「祓いが必要かい?」

 外套の中から骨張った手が伸びてきた。

 

「あ、その」

 背筋に冷たいものが流れる。

「も、問題ありません。まだ仕事が残っておりますので失礼します」

 

 触れられたらいけない気がした。

 

「無理はするなよ。ノア・レイン」

 イザベルドは伸ばした手を再び外套に忍ばせると、踵を返した。


「お気遣いありがとうございます」


 イザベルドの後ろ姿に一礼をする。

 相変わらず、不気味な男だった。



 局を出ると、階段の下に腰掛けているアーシャの後ろ姿が見えた。

 こちらに気付いたのか、振り返りと笑顔を見せた。


「やあ」

「部屋にいてって言ったのに」

 

 彼女は良くも悪くも印象に残る。

 そこにいるだけで周りの目を引く存在感。

 現に通行人達は自然とアーシャの姿を追っている。

 

「あまり目立って欲しくないんだよ。局員に怪しまれたら面倒なんだよ?」

「その時はその時さ」


 アーシャは気にする様子もない。

 肝が据わっているというか、図太いというか……。


 しかし元々移民も多い国だ。

 目立つとはいえ、怪しむような素振りはなかった。

 少し神経質になっていたかもしれない。

 実際、今のところ何の問題も起きてはいなかった。


「ここがノアの奉公先だね」

「そうだよ。特別徴用局」

「孤児、そう言ってたね」

「母さんがいなくなってから孤児認定をされたんだ。父さんも……殉職だったから」


 もう五年も前の話だ。

 わたしはまだマシなほうだ。

 中には目の前で親の命を奪われた者、故郷が焼かれた者もいる。

 レオもそうだった。


「さっきのノアの上司かい?」

 アーシャの目つきが変わった。

 

「え?」

「今すれ違っただろ? 白髪の男」

「あー……あの人は徴印師様」


「……ふーん」

 徴印ねぇ、と呟くと扉をじっと見つめた。

「誰かに仕えるとは大変だね。気がしれないよ」

「悪いことばかりじゃないからね。むしろ良いことの方が多いよ」


 衣住食の確保。

 給金は決して多くはないが、生活には困らない。

 座学、訓練、任務と気を抜けない日々が続くが、それでも孤児のまま過ごすとでは大違いだ。


 それに――。


「とても名誉のある仕事なんだよ。特別徴用兵って」

「その象徴がその……」


 アーシャが言い淀む。

 言葉を選んでいるようだった。


「その印なんだね」

「そう。特別徴用兵の証だね」


 誇りであり、誉れ。

 

「これから遺品整理に行かなくちゃならないんだ。アーシャはどうする?」

「久々に触れる人間の営みだ。もう少し眺めさせてもらうよ」

「そう。くれぐれも――」

「ノアは私を何だと思ってるんだい」

「気まぐれで変人な命の恩人」

「……日が暮れる頃には戻るよ」


 

 徴用兵の宿舎は男性と女性で別れている。

 男性は相部屋が多く、レオとアズウェル上官は同室だった。


 管理人に事情を説明し、入館許可を貰う最中、一人の男から声をかけられた。


「よう。ノアじゃねぇか」

「アディス……」

「大変だったな」

「わたしは、別に」

「そうか。遺品整理か?」


 厄介なやつに出会したなと思った。

 根掘り葉掘り聞かれると、嫌でもあの光景が頭に浮かぶ。


「そうだよ」

「ノア・レイン。許可証だ。二時間だぞ」

「分かりました。じゃあアディス、また」

「手伝おうか?」

「結構です」

「相変わらずつれないな。なんかあったら言えよ」

「なんかあったらね」


 何も起きない。

 遺品を整理して、焼処分して終わりだ。

 

 二階の角部屋の前に立ち、ノックをする。

 中から同室の男が顔を出した。

 見かける顔だったが、名前は知らない。

 事情を説明すると、直ぐに部屋を空けてくれた。   

「殺風景だな……」


 部屋には必要以上の物は置いていない。

 ()()()()の為だ。

 荷物置きは番号と名前が刻まれていた。


「これがアズウェル上官ので、こっちが――」

 いくつかの小物がチラホラと目についた。

「……片付けが下手なのは変わらないな」


 麻袋にそれらを納めていく。

 どれもが目にしたことのある物だった。

 一つ一つ確認して、詰める。

 また詰める。


 悲しくはない。

 寂しくもない。

 徴用兵なら覚悟していることだ。

 別れも、死も。


 訓練のおかげで、精神は安定している。

 それでもいい気分はしなかった。


『甘い』

 アズウェル上官とのやりとりが浮かんだ。

 

 荷物をまとめ終え、辺りを眺める。

 殺風景な部屋に然程変化はなかった。


 焼却炉へ向かうと、排気口から煙が上がっていた。

 先客かと思い、立ち止まると見知った姿があった。


 アディスだ。

 一人黙々と薪を焚べている。


 こちらの気配に気付いたのか立ち上がると、

「よう。待ってたぞ」

 と手を上げた。

 傍には献花が置かれている。


「雪のせいか火付きが悪くてよ」

「頼んでない」

「ああ、そうだな」


 言えたことではないが、アディスは変わり者だ。

 やけに仲間との別れに対して敏感だ。

 弟が殉職した経験があり、当時酷く憔悴していた。

 それと関係しているのかも知れいない。


 訓練の効果は個人差が出ると教えられたが、その最たるものだろう。


 だからだろうか、やけに知りたがる。

 別れの理由も原因も。

 そして、今際の言葉を。


 そんなものに意味を見出したところで何も変わらないのに。


「アズウェルとレオか」

「アズウェル()()。何回言ったら直すんだ」

「いいんだよ。同期で同郷だ。そんなこと言い出したら俺だってお前の先輩だぞ」

「階級は同じでしょ」


 アディスが肩をすくめた。

「じゃあ尚更だ。あの世で階級なんてもんは関係ないからな」


 よく口が回る。

 これ以上の問答は時間の無駄と悟り、焼却炉に歩み寄った。

 すると「手伝うぜ」と麻袋を半ば強引に取り上げられた。


「おい」

「やらせろよ」

「……勝手にすれば」


 麻袋から焼却炉に遺品を投げ込む。

 一つ、また一つ。

 

 直ぐに最後の一つになった。

 木彫りの護符。

 徴用兵として王都に向かう日の朝、レオが渡してくれた護符と同様のものだった。

 

「持っとけよ。荷物になんかならないだろ」


 アディスは炉かき棒で焼却炉を混ぜながら呟いた。

 灰が舞い、埋火が顔を覗かせる。

 

「邪魔しに来たの?」

「まさか」


 再燃した焼却炉に護符を投げ込む。

 

「これでいい。これで、いいの」

「そうか。ならいいんだ」


 アディスは最後に献花を放り投げた。

 排気口から煙が立ち上がった。

 鈍色が空に溶けていく。


【還り】のように――。


「あん? どうした? 間抜け面して」

「……え? な、なんでもないよ」

「疲れてんだよ。あとやっといてやるから帰りな」

「悪い。任せた」


 わたしは足速にその場を立ち去った。


(どういうこと……?)


 思い返せば、なぜあの時気づかなかったのだろう。


 あの時。

 二人から還りの光を――見ていない。

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