09話 「ニーナ」
私は何のために生まれてきたのだろう。
少女は冷たい壁で囲まれた、小さな部屋の隅で呟く。
奴隷の母親が身ごもって生まれた私は、生まれた時から奴隷だった。
貴族などの奴隷であればよかったが、人身売買などを生業としている奴らの奴隷は、とても楽しいものではない。
私を生んだあと、数年で母は他界してしまい、幼いながらも生きる為に必死に働いた。
毎日少しの食べ物の為に、カビたパンの為に、とにかく動いた。
時には殴られ、性的な暴力も散々受けたが、それでも15年間生きてこれた。
ガリガリにやせ細った自分の腕を見ながら少女は涙を流す。
あの扉が次に開いた時が、私の最後だろう。
ここでの奴隷は動かなくなるまで働き、使い物にならなくなると売りに出される。
売買先もまともではなく、貴族に一部いる、狂気の快楽殺人者などに売られるのだ。
栄養もろくにとれず、性的な暴力により、少女は様々な病気にもかかっていた。
次売られるのは私だと、少女は理解し、覚悟もしている。
けれども、どうしても認められない。
なんで私が、どうして生まれる場所は選べない、なんて不公平……
なんで生まれてきたのだろう……
少女の母は、売られる前に他界をした。
最後の母の姿を鮮明に覚えている。
少女の目の前で、自らの命をたった姿を。
あなたは生きてと、最後の言葉が脳裏にこだまする。
目の前の扉が錆びれた音を立ててゆっくりと開いた。
「立て、出るぞ。よかったな、ついにお前も奴隷卒業だ」
ニヤつきながら男は付いて来いとすぐに背を向ける。
立ち上がる力も僅かしか残っていないが、少女は何とか立ち上がり、男の後を追う。
もう二度と戻って来ないであろう、自分の部屋を振り返ることはない。
手錠をつけられ、馬車の荷台に乗せられた少女の目は死んでいる。
むしろ、今まで生きていた事は無かった。
産まれた時から死んでいる。
15年間生きながら死んでいたのだ。
少女は最後の時間を噛みしめながら、そっと目を閉じた。
ーーーー
馬車が出発してからどれくらいの時間が経過しただろうか。
少女があたりを見渡すと、山の中を進んでいた。
馬車を引いているのは男が二人、他には誰もいない。
ふと空を見上げた少女の目が見開いた。
そこには今まで見たこともない奇妙な雲が渦を巻いている。
即座に馬車も止まり、男達も空を見上げた。
渦の中心が輝きだし、その光に少女は心から目を奪われた。
「……綺麗」
一閃、轟音とともに大きな光の柱が近くの森に突き刺さる。
その衝撃に耐えられず、吹き飛ばされる馬車と男達。
少女も荷台から地面に叩きつけられた。
何が起きたのかはわからなかったが、少女はすぐに立ち上がると、光が落ちた方へと走っていた。
なぜ? そんなのは分からない。
ただあの光が自分を導いている気がしたのだ。
そんな幻想だけが、少女の体を突き動かしていた。
「おい、待て!止まれ!」
後ろから追いかけてくる男達。
けれども少女は止まらない。
止まれない。
どこにそんな力が残っていたのかもわからない。
「もういい、殺しちまおう」
男の一人が少女に向かって短剣を投げると、ナイフが木々を左右によけながら飛んでいき、吸い込まれるように少女の左肩を貫いた。
それでも少女のスピードは落ちない。
右手で刺された肩を抑えながら、ただひたすらに、前へ、前へ。
ここで自分は殺されるかもしれない、走る意味なんてないのかもしれない。
けれども今まで意味のない人生を生きてきた少女に、意味もなく走ることはこれまでの生きるという事と、何も変わりはない。
そこに変化があるとするならば、少女は生まれて初めて自分の意志で走っているということ。
生きたい。
まだ死にたくない。
二本目のナイフが右足を貫いた。
それでも力を振り絞った。
しかし、少女の踏み込んだ力が地面に伝わることはなかった。
森の中で倒れこんだ少女は、自分の最後を悟る。
あぁ、なんて不幸な私の人生だろうと、天を仰ぐ。
近くから聞こえる二人分の足音。
ここまでか……
母親の最後の言葉も叶えられず、自分の体が冷たくなっていくのが伝わってくる。
「ごめんなさい、お母さん」
少女はゆっくりと目を閉じた……
そして茂みから二人の男が姿を現す。
「うげっ!カナタ!こんなとこで人が死んでる!」
少女は聞きなれない少年の声に驚き、勢いよく目を開いた。
「うわっ生きてる!カナタ!はやく治療して!」
最後によくわからない幻覚まで見えていると少女は苦笑いをした。
(幻覚なら、最後くらいお母さんの姿がみたかったな……。やっぱり私は不幸だ)
少年の後ろからもう一人、男が歩いてきた。
「お、ほんとに人が死にかけてる。俺らに発見されて幸運だったな」
少女は自分を暖かい光が包み込むのを感じた。
さっきまで刺さっていたナイフが消え、激痛だった痛みも全身からなくなっている。
「お前、名前は?」
少女は呟く。
「……ニーナ」
少女の目は、産まれて初めて生き始めた。




