宝玉とは
後ずさりした晶を見て、陽一は不安になる。
「聞きたくないっ」
「晶……」
「我のしたことは陽一郎を苦しめただけ。もうやめてくれっ」
晶がそう言ってしゃがみ込むと顔を押さえた。
「晶……」
陽一は、自分もしゃがみ込むと小さな声で言った。
「晶、大丈夫だよ。陽一郎は後悔していないって言ってた。うぐいす姫のこと、好きだったって。あいつ、俺に言ったんだ。伝えてくれって頼まれた。俺、あいつのしたこと理解できるとは思っていない。でも、あいつがいなかったら、俺たちは会えなかったんだよな。だから、俺はあいつに感謝しているんだ」
晶は嗚咽を漏らして静かに泣いた。晶が泣いていると、陽一も泣きそうになる。そっと晶の肩を撫でた。
月の時間はゆっくり流れているようだった。すごく静かで、少し先の川のせせらぎが聞こえ、時々小鳥が近くに来て羽音を立てて飛び立つ。風が吹くと重なり合う草がカサカサと音を立てている。
晶の肩を撫でていると、少しずつ落ち着いたようだった。陽一は、晶の正面に座って促すと、晶も同じように座った。正面合わせで顔を見る。泣きはらした顔ばかり見ている気がした。
陽一がじっと見ていると、晶が照れたように少しだけ笑った。陽一も笑いかけた。
遠くにいた薙がそばまでやって来て、晶の隣に座った。
「初めましてだな」
「……お主は何者じゃ?」
「俺は薙。昔、姫と共に地球に放られた、一つの宝玉だよ」
晶が目を見張る。そして、薙は、自分がどうして大蛇となったのか説明をしてくれた。
「昔、レアンが月を襲った時、二つの宝玉は地球へ放られた。俺はその頃はまだ、ただの宝玉だった。すると、一匹の蛇が俺を呑み込んだ。そのせいで蛇は、井川という意思を持った大蛇の化身となり、生贄と称して人間を食べるようになった。井川からは異臭がしたのはそのせいだ。奴は、人々から恐れられるようになり、本来なら、佐之尊が大蛇を倒して俺を解放すべきだった。ところが佐之尊は、生贄の女と共にどこかへ消えてしまってな。困っていたところ、陽一が、赤猪子殿を使ってようやく解放してくれたのだ」
佐野さん……。
陽一は、気が付けばそばで立っている佐野を見上げた。佐野はもちろん気にしている様子はない。
「何はともあれ、すべてが丸く収まったのだから、いいじゃないか」
佐野の気楽な考え方は長所かもしれない。
「晶、これ」
陽一はポケットから折りたたんだ紙を取り出した。くしゃくしゃになってしまっているが、陽一が写っている写真だった。
「あ……」
晶が受け取って目を輝かせた。嬉しそうに笑うと、陽一に抱きついた。
「わっ」
陽一はびっくりして後ろにひっくり返る。陽一は、胸にしがみついている晶を抱き起こして、頭を掻いた。
「朋樹がさ、晶がきっとさみしがっているからって、二人で写真を撮ったんだ」
「朋樹も写っている。どうして二人が?」
「俺、晶のことすごくすごく好きだけど、朋樹は小さい頃からずっとうぐいす姫を探してきたんだ。俺だけ写真に写るなんてできないから。朋樹だって、晶を大切に思っている」
「陽一……」
陽一は無意識に告白していたが、言ったことに気が付かず、晶は恥ずかしさで顔が熱くなった。そして、この写真に、二人の思いが込められているのかと思うと、嬉しくて胸が張り裂けそうだった。
「大事にする。いつもこの写真を眺めて絶対に忘れぬ」
「忘れられる前に必ず迎えに来るから。あ、違うか。俺がこっちに来る。だって、もう人じゃないのなら、俺、晶のそばで暮らせるもんな」
「いいのか? 後悔せぬのか?」
「当たり前だろ」
陽一は、陽一郎の後悔していないという言葉を思い出した。
「俺、後悔していない。ここに来たこともちゃんと理解していくから」
「うん……」
姫、と薙が横からそっと声を出した。
「俺と陽一が揃えば、月にある残りの一つの宝玉が目覚めるかもしれない」
「月に宝玉が? 何も感じぬが……」
「俺も今はまだ感じない。陽一は?」
陽一も首を横に振った。
「まだ、目覚めていないのかもしれないが、用心してほしい」
薙は大切なことは言わないで、宝玉のことだけを晶に伝えた。なぜ、正勝のところにいる赤子の話をしないのだろう、と陽一は思ったが、他言無用と言われたのを思い出す。
正勝は知られたくないのだ、きっと。
「さあ、皆の者、そろそろ帰るぞ。俺は、菜々と離れていると息が苦しくなるんだ」
佐野がさみしそうに言った。陽一と晶は同時に吹き出した。
「お主らだって、そうであろう?」
「ええ、そうですよっ」
陽一がぶっきらぼうに答えると晶が頬を赤くした。
「また、会いに来るから」
「待ってる……」
陽一は、晶をもう一度、抱きしめようとしたが、佐野がむんずと陽一の腕をつかんだ。
「はい! また今度」
「ちょっとっ」
陽一は、きちんとさよならする前に地球へ引き戻された。
「全く……」
薙がため息をついて、晶をちらりと見た。
「姫。陽一のことは心配するな、俺が鍛えてやるから」
男たちがあわただしく消えてしまう。晶は写真を抱きしめて一人、風を感じていた。そよ風が顔を撫でていく。
「宝玉……」
いざこざの先に宝玉がある。今後、何が起きるのか。
晶は写真を胸にして、顔を引き締めた。




