本物の晶
ぎゅっと目を閉じていた陽一は、目を開けて最初に見た景色が地球とほぼ同じであることに驚いた。
少しだけ薄っぽい青空と白い雲が広がり、黒と茶色の混ざった小鳥が数羽、頭上を飛んでいった。
息を吸い込んで、ぐるりと辺りを見渡すと、隣にはいつの間にか、薙が立っていた。薙の表情は穏やかで陽一と目が合うと、少しだけ口の端を上げると目を細めた。
陽一たちは、庭園のど真ん中に立っているようだった。足元は緑の芝生、少し遠くに目をやると小川が流れていて、その上に小さな木の橋が架かっている。橋の上から、青い服の少女がしゃがみ込んで川を眺めているのが見えた。
「晶……」
陽一は思わず走り出していた。
少女が身につけているのは、月の衣装だろうか。白のロングドレスに青のローブを羽織りベルトで締めている。小柄な少女は川をじっと食い入るように見ていてこちらに気づかない。
「晶っ」
思わず名前を呼ぶと、少女がびくっとしてこちらを向いた。ショートだった髪は肩よりも長く伸びてふわふわの黒髪が風に揺れて赤い唇をかすめていく。大きな瞳が見開かれ、陽一に気づくと、少女は立ち上がり両手で口を押さえた。
晶ってこんなに可愛かったのか。
初めて会った日、どうして自分は舞ちゃんと晶を間違えたりしたんだろう。あの時、なんて言った? 晶がうぐいす姫なのに、陽一は間違えた。
晶は、間違えたことを責めなかった。あの時の晶の心の痛みが今、分かった気がして、陽一は、急に足が動かなくなった。
俺は、きっと怖かったんだと思う。
目の前にいる少女は気高くてすごく可愛い女の子で、自分なんか見向きもしてくれないんだろうな、と思った。
あの日、とっさに怖いと感じたものから目を逸らして、舞ちゃんをうぐいす姫だと思い込んだのは、陽一は本当の気持ちから逃げていた。
本当はまっすぐに晶を見て、自分は傷ついてもいいから向き合うべきだったのに――。
晶は、立ち止まった陽一の方へ駆けだそうとしたが、彼女の足もその場から動けずに立ちすくんだ。陽一はハッとすると、そばまで走った。
「晶っ」
目の前に晶がいる。手を伸ばそうとすると、晶は突然、顔を覆って泣き出した。
「ど、どうしたんだよ。なんで泣くんだよっ」
自分も泣きそうだった。
間違った俺は本来なら声をかける資格もない。自分は、顔を合わせたら晶を傷つけるばかりなのかもしれない。
陽一は、お腹が急に冷たくなって、ポケットの中の物だけを渡すために、ここに来たのは間違いだったのだろうか、と思った。
晶は首を振るばかりで何も言わなかった。
どうしたらいい? 好きな子が目の前で泣いているのに、なんて言っていいのか分からない。
「晶……」
陽一と晶が黙ったままうつむいていると、佐野がそばにやって来た。
「お主ら何をしておるのか?」
「叔父上……」
晶が顔を上げて、佐野を恨めしそうに見た。
「我にも心の準備が必要なのに……。いきなり陽一が目の前にいたら驚く……」
「心の準備?」
佐野には理解できないらしい。
陽一は息を吸った。勇気出せよ。ここまで来たんだろ。晶と話をするんだ。
「晶! 俺、ずっと会いたかった」
「う……」
「あの……。た、助かったよ。レアンと人間の遺伝子を持った人とか大蛇に襲われそうになった時、晶の声、届いたよ」
「う、うむ……」
「あの……。俺、ごめん」
「え?」
「初めて会った時、舞ちゃんをうぐいす姫だなんて言って、晶を傷つけた。あの時に戻れるなら、俺を殴ってやりたい」
それを聞いた途端、晶はくしゃっと顔を歪めると再び、目から涙があふれだした。佐野が呆れたように陽一を見た。
「はあ? 陽一は、晶がうぐいす姫だということに気づかなったのか? とんだ間抜けだの」
佐野の言う通りだ。晶はグズグズと鼻をすすりながら首を振った。
「そのことについてはもう別に気にしておらぬ。我が泣いたのは……。我のせいで、陽一がもう人ではなくなってしまったから……」
「え?」
「宝玉じゃ。こんなことになるなんて思いもしなかった。我が陽一を巻き込んで……」
「晶」
陽一が、晶の手を取ると、ピタッと口を閉じて固まってしまった。
「俺、陽一郎に会った」
「陽一郎に? ど、どうして……」
「陽一郎が教えてくれた。あいつ、俺に伝えようとずっと待っていたんだ。宝玉のことと過去に起きた記憶、全部知った。花さんていう人のことも。あいつが晶に何をしたかも、俺はもう全部知ってるんだ」
晶の手が冷たくなっていくような気がして、陽一は焦った。悲しませたいわけじゃない。
「晶。陽一郎から晶に、いや、晶じゃなくて、うぐいす姫に伝言があるんだ」
「え?」
晶がぱっと手を離すと、後ずさりしながら耳を塞いだ。




