チェンジ
こわいな、この人……。
立花直人は、火事の現場検証に立ち合っている上官、沼田亨警視を見て思った。
第一印象はよかった。
優しく笑う人で、警視総監の息子なのに穏やかだし、偉そうにしていない。
母親似なのだろうか、男性にしてはふんわりとした雰囲気で色白でかなりの美形でもある。
年は、明らかに自分より年下で、30代前半に思われた。
沼田警視が統括するのは、UAFという、殺人や強盗以外でおさまりきれない奇妙な事件を取り締まる、新しくできた部署らしい。
詳しくは教えて教えてもらえなかった。
噂では、公安組織ではないか、ともいわれている。
本庁からわざわざこんな田舎にやってくるとは、正直驚いたが、確かにこの事件は尋常ではない。
立花は、地方警察署の捜査一課の刑事である。比較的のどかなこの地域で、火事もめったに起きないのに、今回、初めて神社の鳥居が三基も放火され倒されるという前代未聞の事件が起きた。
しかも、神社の本殿は何もなく、鳥居だけが壊されているのだ。
今朝から、昼にかけて、三ケ所も被害が出た。
現在時刻は、正午過ぎ、日曜日で休日だった立花は、朝から呼び出され、朝食を食べる暇などなく、放火された鳥居三ケ所を本庁からやって来たお偉いさんに案内しいるところであった。
ここの神社の鳥居はこれまでと違い石で作られている。
どうすれば、石柱を粉々にすることができるのか。
不思議である。
そこへわざわざ東京から、現場に飛んできた上官。
「お休みの日にすみませんね」
沼田警視が穏やかな顔で言った。
いやいや、お休みなのはあなたもですよね、と思いながら、いえ、とんでもないです、と短く答えた。
立花は、職業柄、人を観察する癖があった。
現場検証をしている沼田は冷静で、人の話をよく聞いている。
口を挟むことなく、まくしたてて話す人の声も耳を傾けている。
しかし、時折、目の奥に光る冷たさと黙り込む冷酷そうな唇が一瞬、かすっていく。
そして、その時、驚いたのは、沼田の目が緑色に光ったことだ。
色白で華奢。薄茶色の髪の毛。もしかしたら、外国の血が入っているのかもしれない。
それなら頷ける。
光のあたり具合で目が緑に変わるのは、一瞬で、目の錯覚かと思ったが、何度もそれが見られたので、錯覚ではない。
緑色の目が美しいかと思うが、その逆で、緑に変わるとき、その場が凍りつくような冷気が漂い、ぞっと鳥肌がたった。
得たいが知れない、とはこういうときに使うのかもしれない。
こわいな、と思うのはそれが理由だった。
「立花くん」
「はい」
沼田がくるりとこちらを向いた。
笑顔でにこにこしている。
「この辺りは、神社は多いのですか?」
「は、はい。それはもうあちこちにあります」
「そうですよね。神社は、地域の人々にとって、なくてはならない生活のシンボルともいえますもんね」
まあ、神様を信じない人もいるが、たいていの人は、苦しいときの神頼みなので、身近な存在であるだろう。
「それにしても、立花くんは背が高いですね。何か武道を?」
「あ、はい。一応大学では剣道を」
「それは頼もしいね」
にっこり笑う。
立花は、身長が185センチと日本人にしては長身だ。沼田は小柄で、10センチは低いだろう。
「ここではこれ以上収穫はなさそうです。お腹も空いたし、お昼でも行こうかな。どこか案内してくれますか?」
その時、立花のお腹が派手にぐーっと鳴った。
沼田がクスッと笑う。
「立花くんが食べたいものでいいですよ」
「すみません…」
恥ずかしくてお腹を押さえたが、さらにぐーっと鳴って立花は頭をかいた。
「だったら、この近くで、神社のそばにある飯屋を探してみますね」
スマホを取り出して、神社の検索をかけた。
駐車できて、数分で行ける食堂を見つける。
中華の店のようだ。
提案すると、沼田がそこでいいよ、と承諾した。
現場ではまだ、消防と警察が念入りに現場検証をしている。
何か異変があったら連絡してほしいと頼んで、二人はそこを後にした。
昼過ぎなので、込み合っているかと思ったが、運が良かったのか、それとももともとお客が少ないのか、すんなり駐車できて座敷に座ることができた。
立花は中華麺を沼田は唐揚げ定食を頼んだ。
食事の間、沼田はあまり話さない人だとわかった。
立花も口数は少ない方だが、情報があまりにも少なすぎる。
少しでも何か得るものがほしいと思い、あえて、自分から話しかけてみた。
「あの、都会の方でもこんな事件はあるんですか?」
「え?」
「いや、神社の鳥居が壊されるなんて、あんまり聞いたことがなくて」
「そうだね。僕も初めてだ」
「そうなんですね。どういう捜査をしていったら、いいですかね」
「きみはどう思う? 犯人は何を考えていると思う?」
沼田は意外にも話に乗ってくれた。
「そうですね。普通なら、罰が当たるのがこわくてできないことを平気でやっているところを見ると、神様を信じていないか、もしくは、憎んでいるとか。恨み?」
「神様を恨むってよっぽどだよね」
「そうっすね……」
立花は、うっかりと簡単に自分の考えを言ったことを少し後悔した。
相手のことを調べるにはまだ、何もわかっていないと思った。
沼田は唐揚げを頬張りながら、これ、美味しいよと言った。
立花が、チャーシューを食べ終えて、レンゲで残りの汁を飲んでいた時、食堂の入り口をお客が勢いよく開けて叫んだ。
「家事だ! 山から煙が上がってる!」
近所の住民だろうか、血相を変えて外を指さした。
食べ終えていた沼田が目を細めた。
「さ、行こうか」
まさか、嘘だろ、と立花は思った。
4基めの鳥居を壊した奴がいるのか?
この短時間で?
だったら、悠長に昼飯なんて食べている暇なんてなかった。
目の前の上司は、相変わらずにこにこしていた。
車を駐車させてもらったまま、徒歩数分で行ける神社へと2人は向かった。




