消える
◇◇◇
女を先に倒すぞと言ったもののどうやって戦えばいいのか。
陽一は、正勝の隣へ行くと茅子に向けて大太刀をかまえた。
「戦い方は分かるか?」
「いいえ、全然っ」
陽一がはっきり答える。
茅子の切れた腕は元に戻ったが、薙刀は片方だけになっている。
「相手の目から決して目を逸らすな。その三輪守は形のあるものすべてを斬ることができる。なぜか、お主に反応しているようだ。自信を持て」
相手の目を見る。茅子の目はまた人間ではなく爬虫類の目に変わっていた。茅子の足が動く。攻撃がくる。陽一は大太刀を両手で握り斜め上から振り下ろした。茅子が避けたのを見て、正勝が動いた。間合いに入り、左下から右上に振り上げた。茅子の左わき腹をかすめそのまま振り向きざまに一文字に斬り込んだ。が、茅子はすでに後退してしまっている。
陽一は大太刀を扱うのに苦労していた。すると、背後から蛇が大口を開けて正勝へ襲い掛かってきた。陽一は、咄嗟に大太刀を蛇の尾に振り下ろした。尾が切れて蛇が悶えると陽一の方へ首をもたげた。月の騎士が陽一の手をつかみ一瞬で別の場所へ移動した。
佐野は両手を握り締め、何か手立てはないかと相手を睨みつけていた。すると、俊介が月から戻り、佐野がアッと声を出した。
「俊介っ、戻ったか! 菜々は無事かっ」
俊介は、佐野を制すると、茅子に向かって手を出した。
「姫さまから預かった。これがお前たちの欲しがっている宝玉だ」
「え……?」
正勝が目を見開く。茅子は、俊介の目の前に瞬間移動すると、さっと石を奪った。
「本物なの? どうしてさっさと出さないの? かくしていた理由は?」
「知らぬ」
俊介が答える。茅子が、大蛇に向かって静止するよう手を上げた。茅子の目はいまだ爬虫類の目のまま、じっと石を凝視している。
「地球のものじゃないのは確かだわ。でも、これがレイたちの探している石かどうかは分からない」
茅子はそう言うと手の中に石を吸収した。
「あっ。何をするのだっ」
正勝が驚くと、茅子がにやりと笑う。
「無限のエネルギー体である宝玉の力、味見くらいしても減ったりしないでしょ」
俊介は、呆気に取られて見ていた。疑いもせずに吸収するとはずいぶん浅はかな考えの持ち主に見える。茅子の手に吸い込まれるとすぐに変化が現れた。茅子の顔つきが険しくなり彼女の息が急に荒くなった。筋肉が急に発達したように体が硬くなり、細い肉体が大きく膨らむ。茅子はもがきながら大蛇を見た。
「た……たすけ……」
その言葉を最後に茅子の体が破裂してしまった。先程見た火球が一気に四方八方に飛び散っていく。
そのひとつが、陽一の持つ大太刀に吸い込まれるようにして消えた。火球は佐野にも入っていき、陽一にも火球が飛んできた。が、目の前でぴたっと止まる。自分の中に入るのかと思ったが、なぜか火球は消えてしまった。
「力が戻った!」
佐野が突然叫んで、大蛇の首に飛びつく。ものすごい力で首を絞めていく。
正勝がハッとして刀を大蛇の首に突き刺した。すると、大蛇が、左右に首を大きく振って二人は投げ出された。
正勝は、瞬間移動で着地し、佐野は投げ飛ばされても平気そうで、地面に転がると楽しそうな表情で起き上がり、再び大蛇に突進していった。
陽一は呆気に取られていたが、息を吸い込み大太刀を構えなおした。
宝玉が何なのか全然理解できないが、今はこの大蛇を倒すしかない。
大蛇は、佐野の怪力で苦しそうにもがいている。10メートルはあるかと思う胴体が激しく動きまわり、あたりに生えている木や草、トカゲも巻き込まれてめちゃくちゃにしていく。
月の騎士たちと正勝は宙に浮くと、佐野の暴れる様を眺めていた。佐野が大蛇の残っている尾をつかむと、思い切り地上へ叩きつける。
一瞬、蛇がぐったりとするが目を覚ます前にもう一度同じように叩きつけた。
佐野の様子を見ていた正勝が、陽一のそばまでやって来て言った。
「陽一、とどめを刺してやれ」
「は、はいっ」
「殿下っ、大蛇の頭を抑えてくだされっ」
正勝が言うと、佐野がにこっと笑顔になる。一瞬、動かなくなった大蛇の頭部まで飛ぶと、佐野の腕も回りきらない大きな鎌首をぎゅうっと両腕を使って締め付けていった。
蛇はそれだけで失神するのではないか? とも思ったが、近づいた陽一に、佐野が目配せしてくる。かなり余裕がありそうだ。陽一は柄を握り締めた。佐野が大蛇の首を地面に押し付ける。蛇の目だけが動いて、こちらを見た。
陽一はごくりと唾を呑んで、思い切り大太刀を振り上げた。
「うううう……っ。うわあああ……っ」
声にならない叫びを上げて、思い切り大太刀を大蛇の首に振り下ろした。大蛇が大口を開けて佐野を払おうと首を持ち上げたが、大太刀が入り、首が落ちた。ドンと蛇の頭が地面に落ちる。蛇の全身の力が抜けて、ぴくりとも動かなくなった。トカゲの大群も瞬時に消える。
陽一は、物を斬った感触にぞっとして手を離そうとしたが、すぐに握りなおした。
前に、この刀で晶を刺した。今度は、大蛇だ。大蛇だって生きている。元は、人間の井川だったのだ。生きている物を殺めた責任を放棄しちゃいけない。
今この手で、この蛇を倒したんだ。
陽一は、大太刀を握り締めたまま、ハアハアと大きく肩で息を吐いた。
正当防衛。自分たちが殺されそうになったから、蛇を殺した。それでいいのだろうか。
「よくやった、陽一くんっ」
佐野の声にハッとした。見ると、佐野がにっこりと笑っている。
戦うのが好きなのだろうか。汗一つかいていない。
「はあ……」
陽一が息をつくと、俊介がそばに来て陽一の肩を叩いた。
「大丈夫か?」
「あ、うん。だ、大丈夫……だと思う」
へらっと笑うと、俊介が優しく微笑んだ。
「姫が、お主を心配していた」
「あ、晶の声が聞こえたんだ。晶のおかげだな。あの、さっきのピンク色のへんてこな石、あれは何ですか?」
「あれは……」
俊介が説明しようとすると、佐野が突然、大声を張り上げた。
「菜々を迎えに行かねばならんっ。俊介、菜々をどこへ連れて行った!」
「月に……」
「案内しろっ」
がしっと佐野が俊介を羽交い絞めにする。俊介が体を引いたが、佐野の力だろうか二人が消えた。
「あ……」
説明を聞く前に俊介が消えてしまう。陽一は息を吐くと、正勝の方を見た。正勝はなぜか神妙な顔でいる。
「あ、あの、正勝さん?」
陽一が声をかけると、正勝が顔を上げた。その時、斬り離した蛇の胴体が動いた。
「殿下、お下がりくださいっ」
月の騎士たちが身構える。死んだと思った蛇が動いたので、陽一も思わず大太刀をかまえた。
その場にいた全員が固唾を呑んで見ている中、ぐねぐねと蠢く蛇の胴体が徐々に変化し始めた。正勝は身を乗り出すようにしてそれを見ている。
みるみるうちに蛇の体が縮小し、湯気のような靄が立ち込めて辺りが白くなる。その靄の奥に人影が現れた。
井川が人間に戻ったのだろうか。陽一は心臓が痛いほど鳴っていた。もう、戦いなんてしたくない。
そう思っていると、男が靄の中から進み出てきた。全員が後ずさりする。陽一は目の前に立つ男を見て口を開けた。現れたのは井川とは全くの別人で、若い青年だった。
彼は、鋭い目で一同を睨みつけた。
「おい、大蛇を斬ったのは誰だ……」
青年が言った。陽一は呟いた。
「ええええ……。嘘だろ……?」
現れた青年。しかも、かなりの美形だ。いつの時代から来たのか、和装の直垂姿をしている。年は二十代前半くらいか。
一度見たら忘れられないくらい、きりっとした面立ち。背丈はモデル並に高く、足が長い。日本人離れした体型に薄茶色の髪の毛。
正勝や俊介、その他大勢も男前の部類だが(月には男前しかいないのか?)、この男の美貌は別格だった。
青年は目の前にいる正勝を見た。
「お前か?」
正勝は顔をこわばらせた。
「殿下に向かって無礼な」
騎士たちが、正勝をかばうように前に出る。大蛇が変化した男だ。何をするか分からない。皆、緊張していた。青年はふん、と鼻で笑った。
「俺は、薙。大蛇を斬ったのは誰だと聞いているんだ」
ぞんざいな口調に誰も声を出せないでいる。陽一は決心して前に出た。
「お、俺だよ!」
薙と名乗る青年は陽一をじっと見ると、突然、膝を付いた。陽一はびくっとして、何かされるのだろうかと身構えると、青年、薙は地面を見据えるようにして言った。
「大蛇の化身の束縛より俺を解放してくれたこと感謝する。これからはお前に仕えるとしよう。何なりと言え」
仕えると言う割には偉そうな態度だが、陽一はぽかんと口を開けた。
「……へ?」
薙が顔をしかめる。陽一は慌てて首を振った。
「い、いいよ。そんなのいらないよっ」
「なんだと?」
薙が怖い顔をして立ち上がった。
「俺をいらないだと?」
「ならば、俺が月へ連れて行ってもよいか?」
正勝が前に出て言った。
「薙と申したな。そなた、俺に仕える気はないか? それなりの地位につけてやるぞ」
「断る。俺はこの男の命令しか聞けないんだ」
薙はそう言ったが、陽一をじろじろと見てため息をついた。
「しかし、この軟弱そうなガキが本当に蛇を斬ったのか? 信じられん」
陽一はむっとする。
何だろ、この人すごくむかつくんだけど。
「よし、ならば仕方ない」
薙がぽんと手を叩いた。
「お前に戦い方を教えてやろう」
「え? だから、いいよ、そんなの」
「まあ、いいじゃねえか。弱い男を鍛えるのは楽しそうだ」
か、勝手に決めないでくれ……!
陽一が嘆くと、正勝が周りにいた騎士たちを見て、突如、人払いをしろと命じた。
「皆、しばらくの間、陽一と二人だけにしてくれ」
「しかし、殿下。この男は危険でございます」
「すまないが、俺は二人だけで話がしたいのだ」
正勝の命令に月の騎士たちは不安そうにお互いの顔を見たが、頭を下げると、皆一瞬で消えた。




