地球
一方、地球では――。
薙の刀が、陽一の頭上へと振り下ろされた。
陽一は、渾身の力でそれを受け止める。
薙は、両刃の剣本体だ。
陽一は、薙から預かった両刃の剣をだいぶ扱えるようになっていた。
受け止めた剣が震えるほど薙の力は強く、陽一は腹に力を入れて押し返した。
晶と会えなくなり、薙が宣言した通り、毎日のように鍛練するのが日課となっていた。
「うん。なかなか、様になってきたな」
そばで見ていた佐之尊が言って、横から飛びかかってきた。
陽一は、薙の刀を振り払うと、佐之尊な脇腹へ横蹴りを返した。
佐之尊は、片腕で陽一の蹴りを防いだ。
以前までは、佐之尊の腕力に負けて、足を痛めたが力を流すコツを覚えて怪我をすることも少なくなった。
晶と会えなくなって、2年が過ぎた。
16歳だった陽一も18歳となり、来年は大学生か就職かという年だが、彼は進学をするつもりはない。
佐之尊と薙のトレーニングに明け暮れていた。
二人は人間ではない。
月から来たのか。
薙の正体は詳しくは知らないが、彼は様々な情報をつかむ力を持っていた。
チャネリングというらしい。
薙のおかげで、陽一は月のこと、そして、地球の真実を少しずつ教えてもらっていた。
「休憩をしよう」
薙が手を下ろし、陽一も肩の力を抜いた。
全身から汗が流れる。力をコントロールすることも覚えたが、体の筋肉もかなりついた。
季節は秋も深まり、夜はかなり寒くなった。
朝は涼しいが激しく動くと汗が出る。
ガブガブと水飲んでから、流れる汗を拭いた。
一方、薙と佐之尊は、汗もかかず平然としている。この二人は本当に人間じゃないな、と思う。
ふと見ると、薙が神妙な顔をしているのに気づいた。
「どうしたんだ? 薙」
「陽一、覚えているか? 俺とはじめてあった日に言ったこと」
「神器の話だな」
陽一が答えると、佐之尊がうなずいた。
「もちろん俺も覚えているぞ。陽一くん」
あれから、いろんな話しを聞いた。
真実を知れば知るほど、この地球で生きることが窮屈に思えてくる。
何しろ、この地球は、宇宙種族に支配されているのだから。
最初は信じられなかった。
いや、一年たっても陽一は受け入れられなかった。 しかし、現に自分の力と佐之尊の存在、薙と共に過ごすうち、信じるようになった。
絡まった糸がほどけるように、真実を受け入れると、そちらの方が楽になるのだ。
地球はいまや安心して暮らせる場所ではない。
全てが仕組まれていることだった。
「月で起きた戦の話は前に説明した。晶の母に勾玉を。佐之尊は俺、両刃の剣。夜琥弥は青銅の鏡に力を封じた」
「なあ、その力の源って、三人の力なのか?」
前から疑問に思っていた。
なんだか、腑に落ちないのだ。
戦いの最中に力を封じたら、その分、力はなくなる。宇宙種族に月を奪われそうなときに、全力で戦いたいと思うのだが。
陽一の質問に薙と佐之尊が顔を見合わせた。
「ようやく、気づいたか。これから話すのは、今まで伝えなかった話だ。正勝が言っていただろう。赤子の話を」
陽一はあっと思い出した。
言っていた。
正勝は、自分の元に赤子がいて、その赤子の力は三つの神器に封じられていると言ったのだ。
すっかり忘れていた。
「正勝はあれ以来、地球へは来ていない。あやつは俺の力を欲しがっていた。俺の力が欲しい理由はひとつしかない」
宇宙種族が月を支配しようと攻めてきたとき、晶たちのお母さんは、一番上のお兄さんを守るために、その人を赤子にして、隠したと言っていた。
「もしかして、そのお兄さんの力が3種の神器なのか?」
「そうだ」
陽一の力の源は、勾玉からもらっている。もし、赤子のお兄さんに返してしまったら、自分はどうなるのだろう。
ふと、不安がよぎった。
佐之尊がめざとく陽一の心を読んだかのようにニヤリと笑った。
「これは、俺の想像だが。陽一くんの吸収した勾玉はもう、奪われないと思う」
「え?」
薙もうなずいている。
「ああ。俺たちだって、同じソースから生まれた。俺たちにも意志がある。俺は、赤子とやらの体に戻るつもりはない。陽一が取り込んだ勾玉は、もうお前自身なんだよ。陽一のものだ」
薙の言葉を聞いて、陽一は安堵した。
そうだ。
今日までずっと、真実を教わってきた。
自分が思ったことは現実化する。
うぐいす姫が授けてくれたこの力は俺に必要なんだ。
俺自身なんだから。
かたく決めたのだ。
ところが、話をしている薙の表情は相変わらずかたい。
「レアンは地球を離れた」
薙が言った。
これについても三人でよく話し合った。
レアンこそが、この地球を支配している宇宙人だ。
レアンが離れたのは、地球を解放したのではなく、地球を見放したと見るべきである。
つまり、地球を破壊する方向に転換した可能性が高いというのだ。
どういう形で地球を破壊しようというのか。
人口削減も加速し始めたいま……。
「あ、いたいた!」
その時、3人の元へ陽一の友達の朋樹が笑顔でやって来た。
「ここだと思ったんだ」
朋樹は、薙の言葉でいえば目覚めている数少ない人間だ。まわりから変な人と呼ばれている。
おそらく、陽一もだが。
地球でいま起きていることがおかしい、と感じる人たちはまわりと溶け込むのがむずかしいようだった。
勘の鋭い少年なので、薙と佐之尊が人間ではないことも見抜いている。
本当なら、気味悪がって近寄らないはずなのに、自分も月に行きたいから、修行させてほしいと薙に頼んでいる。
「おう、朋樹」
陽一が手を上げた。
「また、お参りにきたのか?」
「うん。赤猪子さんに会いたいし」
朋樹は、勉強していろんなことを知りたいらしい。だから、大学へ進学する道を選んだ。
そのため、週に一度は神社にやってくる。
薙と佐之尊は、赤猪子の住む神社で寝泊まりしている。
神社は大木が多く、人もあまり入ってこない。
ここは、絶好の修行の場でもあった。
「薙さん、佐野さんもおはようございます」
「朋樹くん、神だったら、俺に手を合わせたらいいぞ、なぜなら、俺は神だからだ」
佐之尊の冗談を真に受けて、朋樹は、あわてて手を合わせる。
「やめてとけ、朋樹」
薙が珍しく朋樹に話しかけた。
「は、はい!」
「こやつは神ではなく、宇宙種族だぞ。だいたい、人間はいつから宇宙種族を神と呼ぶようになったのだ?」
「は?」
いま、何かすごいこと言わなかったか?
陽一が問いかけようとしたその時、さっきまで晴れていた青空が急に真っ暗になり、黒い雲が一面を覆った。
雲行きが怪しいと思った矢先、どーんと突然、森の社近くに雷が落ちた。
陽一はとっさに朋樹の腕をつかんだ。
「わあっ」
朋樹がびっくりして陽一にしがみつく。
薙は、雷の落ちた辺りへ飛んでいった。
陽一は朋樹の体を支えたまま、佐之尊と一緒に後を追った。
雷の落ちた辺りは、さらに森の奥深くで、数本の木から炎が上がり、木も倒れている。
そして、黒い大きな岩が落ちていた。
「隕石?」
朋樹が、陽一から離れて、近寄ろうとした。
「近づくな!」
薙の声に朋樹が立ち止まる。
黒い物体はぐねぐねと動いていた。
「それは隕石じゃない。結合するぞ」
佐之尊が叫ぶと、黒い物体が徐々に形を変えて人形になった。
「人間?」
陽一が呟いた。
まだ、小さな子どもだった。
黒髪の日本人のようで、色が白い。
顔かたちの整った子どもだが、無表情だ。
子どもは着物を着ていて、年は10歳前後に見えた。
薙は、険しい顔で子どもを見ていた。
子どもは陽一たちには目もくれず、ひとつの物体だけ見つめている。
それは、この神社の入り口にある鳥居だった。
子どもは鳥居のそばに寄ると、両手を広げて鳥居の足元に抱きついた。
何をするのか見ていると、鳥居をバキッと折ったのだ。
「えっ!!」
目の前で起きていることが信じられず、あっという間に鳥居の足元を二本とも倒してしまった。
この神社の鳥居は木で作られた赤い鳥居だ。
呆気にとられる自分たちの前で鳥居を倒したあと、どうやったのかあっという間に火をつけて燃やしてしまった。
人間のできることではない。
陽一も朋樹も呆然とした。
「な、なんてことを……」
朋樹がへなへなとその場に崩れ落ちる。
「罰が当たるよ。大変だ……」
朋樹が呟いた。
その隣で、佐之尊が首を振った。
「あ、兄上……?」
「えっ?」
薙が目を見張る。
「まさか、こやつが。あっ、お前、待てっ」
子どもは、薙の声も佐之尊も無視して、あっという間に飛び去ってしまった。
「な、なんだったんだ。今のは……」
陽一は、焼け焦げになった鳥居の残骸を見た。
あまりの早さで追いつけなかったが、鳥居は跡形もなく消滅している。
「これを燃やすのが目的?」
「陽一くん、ここにいたら人が来る。離れよう」
珍しく佐之尊のまともな言葉に一同はうなずいた。
いや、それよりもあの子どもを追いかけるのが先では。
ここは、佐之尊たちが暮らしている場所でもある。
とりあえず、人がいない落ち着いて話せる場所。
すると、朋樹が言った。
「ぼくんち来る?」
ということで、朋樹の家に瞬間移動することにした。




