思惑
陽一は恐る恐る振り向いた。
やはり思った通り、井川が立っていた。そして、男の側に自分の力を奪った女、茅子がいた。
井川からは、以前とは比べものにならないくらい強いパワーが感じられた。
「あら、あなた生きていたの?」
茅子が目をぱちぱちさせた。
「信じられないわ」
「お前、その体どうやって治した」
二人が近づいて来る。
陽一は後ずさりした。先ほどくじいた足首が痛んだ。
「茅子、こいつの力を奪ったんじゃなかったのか」
「わたしが失敗するはずないわ」
茅子が口を尖らせたが、不機嫌そうに顔を歪めた。
「他にも力を持っているの?」
そう言った瞬間、茅子が陽一の真横に立っていた。陽一は首をつかまれて息ができなくなる。
「や……やめろ……っ」
茅子が片手で陽一の首をつかんで持ち上げた。足が宙を浮く。
正勝はまだ戻ってこないのだろうか。それよりも、誰か気づいてくれ……!
陽一は意識が遠のきそうになった。その時、
――陽一? 陽一、我の声が聞こえるか?
晶の声がした。
――晶!
晶は、呼びかけに反応した陽一の声をしっかり聞いていた。
「ああ……」
安堵のあまり座り込む。
陽一が生きている! だが、その命も危険にさらされているのだ。今すぐ助けに行かねば。晶は我慢できず地球へ移動しようとした。
「晶さまっ」
舞が、晶の腕にしがみついた。
「舞、引き止めるな、我はもう我慢がならぬ」
「お兄様がきっと、陽一さまを助けて下さるはずですっ」
俊介たちは、まだ陽一に気づいていないのだろうか。晶の体が震えている。
舞は、必死で我慢している晶の姿を見てつらかった。
「わたくし……、わたくしが行って参りますっ」
武力を得意としない舞が行ってもどうにもならない。むしろ足手まといになるかもしれない。けれど、陽一をかばうことはできる。
舞の言葉に晶がハッとした。
「舞……。すまぬ、お主を苦しめていた」
「晶さま……。お兄様たちを信じましょう」
舞の言う通りじゃ……。頷きながら、こんな時に何もできないと、晶は唇を噛みしめた。
――陽一、俊介たちが駆けつけるはずじゃ、今少しこらえてくれ」
晶はそれしか言えなかった。陽一からの反応がないまま、手を合わせて祈った。
◇◇◇
――俊介さんがここに?
うつろになりながらも、晶の声は届いていた。
腕がぶらんぶらんになった状態で、感覚のない指を動かす。次第に意識が飛びそうになる中、陽一は願った。俺に力があれば。
――力が欲しい。何もできない自分が悔しい。
「佐野の女が逃げた場所はここで間違いない」
井川が言うと、茅子が陽一をつかんでいた手を離した。どさっと陽一が地面に倒れる。
茅子は、陽一には見向きもせず鳥居の方へ顔を向けた。すると、茅子の目が光りフラッシュ音がしたかと思うとバチンと結界が解けた。
「……え?」
何が起きたのか分からなかった。陽一を見下ろす茅子の目は、爬虫類のように縦長の瞳孔をしていた。倒れている陽一の体をじっくりと眺めはじめた。
「おかしいわ。この子、人間……」
茅子が何か言おうとした時、
「陽一っ」
と、正勝が目の前に現れた。共にたくさんの月の騎士たちが佩刀していた刀を抜いて、茅子たちに向かって行った。
茅子の目は素早く元に戻り、井川を見た。井川が自分の腕をスパッと切り落とした。すると、井川の右手首から無数の卵が転がり出てきた。卵はすぐに孵るとトカゲになり、地面を灰色に覆いつくした。トカゲは全身に鋭いとげに覆われている。
明らかに狂暴そうなトカゲたちは小動物ほどの大きさになり、月の騎士たちに飛びかかっていった。
月の騎士たちはトカゲが吐き出す毒物をよけながら斬っていったが、あまりの数で追いつかない。その上、トカゲの皮膚の表面は硬く刀では刃が立たないようだった。
一方、茅子は低い姿勢でしゃがみ込むと正勝に向かって思い切り飛びかかった。正勝が両手で抑え込もうとしたが、止められずに正勝は何百メートル向こうの林にまで飛ばされた。
「正勝……さん……」
陽一が膝を突いて起き上がると、周りはトカゲの大群に取り囲まれている。動いたら飛びかかってきそうだ。すると、今度は井川の体がぐにゃりと崩れ、人間の二倍ほどはある巨大な蛇に変化した。
「……なっ⁉」
大蛇は三角形の尖った頭をしていて、陽一の体をすくうとぐるぐると体に巻きついた。瞬間移動ですぐに戻って来た正勝は大蛇を見て目を見開いた。
「こ奴……、もしや……」
く、苦しい……。陽一は自分の体がミシミシと音を立てているのを聞いてぞっとした。し、死にたくないっ。
蛇の鱗は硬く刀など太刀打ちできないように思えた。正勝が叫んだ。
「赤猪子殿ならば、その大蛇、斬れるかもしれぬっ」
ば、ばあちゃん、そんなに強いの?




