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決心




 地球へ戻った佐之尊は、倒れている茅子、そして大蛇を見てあっと口を押さえた。


「でかしたぞ! 陽一くんっ」


 佐之尊の大声に、陽一が振り向いた。知った顔を見て思わず笑顔がこぼれた。


「佐野さんっ」

「ケガはないか?」


 多少擦り傷などはあったが、大きな傷ではない。


「うん、大丈夫。ばあちゃんの大太刀が大蛇を倒したんだ」

「赤猪子殿かっ。さすがだ!」


 佐之尊が感心して、陽一のそばにいる薙に気付いた。


「誰だ?」


 佐之尊が眉をひそめると、薙が近づいてきて手のひらを佐之尊に向けた。


「あんたに返してやるよ」

「へ?」


 とん、と佐之尊の手を胸に当てて軽く叩くと、彼の体は後ろに数歩よろめいた。


「尊に何するの!」


 唯が青ざめて抱き付く。


「大げさな」


 薙が肩をすくめた。


「力を戻してやったんだ」


 その時、佐之尊が大きく目を見開いて声を張り上げた。


「力が戻った!」


 両手を上げて喜ぶ佐之尊と大はしゃぎする恋人の唯が抱き合っている。


「日頃の行いがいいからだわ!」

「唯は優しいなあ」


 大の男がデレデレしているが、よほど唯の事が好きなのだろう。似合いのカップルだ。

 薙は、陽一の方をちら、と向いて首を横に振った。


「お前に黒い石の力は必要ない」

「そんな…」


 薙は、ふっと顔をそむけると、落ちていた大太刀三輪守みわのかみを手に取った。それを陽一に突きつける。


「持て」


 強引に渡されて手に取ると、三輪守がじんわりと手に吸いつくような気がした。

 驚いて顔を上げると、薙が頷いた。


「この大太刀は皇族にしか扱う事は出来ない」

「えーっ、なのにどうして、陽一くんは使えたのぉ?」


 と唯。


「だったら俺にも使えるんだな。俺にも触らせてくれ、陽一くん」


 佐之尊が手に取ったが、彼は不思議そうに首を傾げただけだった。


「おかしいな。何も感じん」

「当然だ、あんたはもう皇族じゃない。地上でいうただの神だ」

「神も皇族も同じものだろ」


 薙は答えず肩をすくめただけだった。


「陽一、巫女を元の姿に戻してやれ」


 薙に言われたがどうすればいいか分からない。


「お前が命じればいいだけさ」


 陽一はごくりと唾を呑んで、大太刀を見つめた。

 ぐっと大太刀の柄を握りしめ、念じるように心をこめた。


「赤猪子さん、元の姿に戻ってください」


 陽一がそう言うと、三輪守が熱くなった。びっくりして手を離すと、大太刀は変形しはじめ、ゆっくりと人の姿に戻った。すると、袴姿の凛とした、いつもの赤猪子に変化した。

 彼女はゆっくりと手をついて起き上がり、辺りを見渡して茫然とした。


「赤猪子さん」

「陽一殿…」


 赤猪子は倒れている大蛇を見て小さく息を止めた。そして、陽一を見る。


「倒したのか?」

「うん、ばあちゃんのおかげだよ」


 赤猪子は首を傾げながらも、眉をひそめただけだった。

 そして薙に気づいた。


「何者じゃ…」

「俺は薙だ。大蛇に力を封じられていたが、お主のおかげで解放された」

「薙? 聞いたことないの」


 赤猪子でも知らないことがあるのだ。


引田部ひきたべの巫女よ」


 薙の言葉に赤猪子の顔がこわばった。


「巫女に頼みがある。俺は、大蛇を倒した陽一に仕えることにした。こいつはまだまだ未熟なゆえ、鍛える約束もしたんだ。その間、巫女の社に住まわせて欲しい」


 赤猪子は今まで見たこともないほど動揺して見えた。


「ばあちゃん? 大丈夫?」


 赤猪子はごくりと唾を呑んで、ゆっくりと息を吐いた。


「陽一殿はよいのか?」

「いいも何もこいつ勝手に決めるんだもん。俺の意見は聞いてくれないんだ」


 すでに正勝との約束を忘れかけている陽一だったが、薙は澄ました顔でそれ以上は言わなかった。


「分かった」


 赤猪子が頷くと、薙はにやっと笑った。


「感謝致す。そうだ、感謝ついでに陽一にいいことを教えてやろう」

「え?」

「月の時間と地上の時間は同じではないぞ」


 薙の言葉に胸がざわり、と騒いだ。


「ど、どういう事?」


 急に不安で胸がドキドキする。


「お前が一つ年を取ったとしても、月の者は違う時間を過ごしているという事だ」


 陽一が赤猪子を見ると、彼女もまた渋い顔をしていた。


「姫にも言えなんだが、そ奴の言うとおりじゃ。陽一殿が年を取っても姫は年を取らぬ。月と地上では流れている時が違う」

「じゃあ、もし、俺がじいちゃんになっても……」

「姫はまだ、成人前の若い女性かもしれぬな」


 陽一は目の前が真っ暗になりそうだった。


「そこで俺の出番だな」


 薙が偉そうに言う。陽一は、初めて薙が救世主のように見えた。


「な、薙なら俺を月へ連れて行ってくれるの?」

「お前次第だ」

「あ、ありがとう!」

「ただし、俺はお前を鍛えるだけだ。俺は月へは行かぬ!」


 どうしてそんなに月に行きたくないんだろう。


 陽一は思ったが、そんなことよりも、年を取る前に自分を鍛えて月へ行かなきゃと思った。


「薙さん、お願いしますっ」


 頭を下げると、薙がにっと笑った。


「あー、人を鍛えるってわくわくするな」


 本当にうれしそうに笑った。


 その心の真相を探るよりも、陽一の心は晶の事で一杯だった。


 晶のためなら、何だってする。

 晶! 待ってろ、俺、絶対に月に行くから。


 陽一は、気持ち新たに空を見た。

 空には白い月が浮かんでいた。


「晶…」



拙作をお読みくださりありがとうございます。


こちらの作品は、2024年よりカクヨム様にて推敲しなおして、再度連載を始めました。

まだ、なろう様の方の部分の方がかなり進んでいるのですが、もし、ご興味がありましたら、カクヨム様にて読んでいただけると幸いです。

ありがとうございました。

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