早計である
陽一は目を覚ました。目に映るのは、真っ暗な闇。
「目覚めたか……」
声のする方を見ると、ここまで自分を連れて来てくれた男が、ほっとした顔で息をついた。すると、夜久弥がゆっくりと背中を支えながら体を起こしてくれた。
傷だらけの体は治っていた。
「陽一くん、大丈夫かい? 痛むところはない?」
「……ありがとうございます」
陽一は泣いていた目をこすった。
みんなの顔を見ることができなかった。
うつむいて唇を噛みしめてから、ハッとして陽一郎を探した。
少し離れた場所で陽一郎がうなだれた様子で座っていた。陽一は、思わず陽一郎に飛びかかっていた。胸倉をつかみ、思い切り顔を殴った。
「陽一くんっ」
夜久弥が慌てて陽一の体を羽交い絞めにした。
「君、いきなり何をするんだっ」
「こいつが、こいつが全部……」
悪いんだ、という言葉は言えなかった。
分かっている。陽一郎が悪いわけじゃない事くらい理解している。
でも、きっと俺なら、自分なら殴ってほしいと思った。
殴ることができるのは、自分しかいないと思った。
陽一は、ずるずると地面にしゃがみ込んだ。
「あきらさまに伝えてくれるか」
「え?」
陽一郎が、陽一に言った。
「あなたを愛したこと、後悔はしていません、と」
「あんた……」
陽一は、そのあとの言葉を失った。
陽一郎の気持ちが何となく流れ込んでくるような気がした。
数日の間だが、夫婦のように暮らした日々。優しい声、うぐいす姫の笑った顔。すごく好きだった。嫁にもらいたかった。彼女の子どもが欲しかった。
そして、花。
うぐいす姫は、花のことも労わってくれた。うぐいす姫がいたからこそ、花に優しくしてあげることができた。
うぐいす姫は不思議な力で、花と陽一郎に幸せを与えてくれていたのだ。
「陽一、あきらさまに伝えてくれ、俺は、あなたが好きだった、と」
「分かったよ……」
「ありがとう」
陽一郎は目を閉じた。次第に陽一郎の姿が薄れていく。自分に入っていくのだろうかと思ったが、そうではなかった。
陽一は焦って夜久弥を見た。夜久弥が首を振る。
「彼は行くべき場所を見つけた。もう、手の届かない場所へ行ったんだ」
陽一郎の姿が完全に消えてしまった時、鬼が目を覚ました。目をこすってこちらへ来ると、小さい手で陽一の手を握りしめた。
「行ってしまったね」
「もしかして一緒に見てたのか?」
「うん。夢を見ていた。懐かしい、昔の夢」
鬼が笑う。
そうか。鬼もうぐいす姫の片割れだもんな。陽一は泣くまいと上を見上げて鼻をすすった。
「陽一」
「ん?」
陽一はかがんで体を寄せると、鬼が耳元で囁いた。
ごにょごにょと誰にも聞こえないように云う。
――宝玉のことは誰にも云うなよ。
「え?」
宝玉は過去の話じゃないのだろうか。
鬼が首を振った。
そういえば、自分はあの茅子って女に殺されかけたんだっけ、だから、ここにいるのだ。
思いだすと同時に、地上の事が気にかかる。
「俺、帰らなきゃ」
急いで言うと、正勝が頷いた。
「あ、あの、すみませんが、あなたは……」
「俺は、晶の従兄で正勝と申す。月からそなたの様子を見に参った」
「えっ?」
陽一がぎょっと目を見開いた。思わず晶のことを尋ねようとしたが、制止される。
「待て、先に地上へ参ろう。おそらくそなたの仲間が心配しておるだろう」
「正勝が君を助けてくれたんだよ」
夜久弥が説明してくれた。
「あ、ありがとうございました」
陽一が頭を下げると、正勝は硬い表情で頷いた。
「礼を云うのは早計である」
「へ?」
――地上では、神もどきが暴れておる。
正勝の言葉に、陽一はひくひくと頬を引きつらせた。
そうけいって何……?




