あの方の名前
その夜、目覚めた鬼はそばにいる陽一郎の姿を見て、小躍りした。うれしさのあまり、時間をかけて陽一郎をいたぶり、目玉をしゃぶり、ようやく喰いつくした頃、明け方だった。
残された右手は朝には再生されており、最初、目覚めた時、陽一郎は自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
鬼は朝にはうぐいす姫に戻っており、再生された陽一郎を手厚く介抱してくれたが、再生されたばかりの陽一郎はおびえるばかりだった。
幾日が過ぎただろう。もう、姫は人の姿には戻れず、鬼だけが残った。
鬼は、陽一郎を離そうとしなかった。常にそばに置いて夜には喰った。朝方目覚めた陽一郎は、鬼が苦しんでいるのを見た。
喉をかきむしり、うめき声を上げて、おびえては夜具の中に隠れ、次第に元気もなくなっていった。
そんな鬼を見ているうちにふと思った。
この鬼の名は、なんと言うのだろう。
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――おい……。あんた。俺にっ、何が言いてえんだよっ。
陽一は泣きながら、陽一郎に向かって叫んだ。実体であれば、陽一郎の胸倉をつかんでボカスカ叩いてやりたかった。
――お前じゃねえかっ。みんな、お前が悪いんじゃねえかっ。
陽一は地面に突っ伏して泣きたかった。
晶があの時、俺に殺せと言った。あの時の胸の痛みを思い出す。あの日、晶は何を思って俺に殺してくれと言ったのか。
俺は傷ついた。どうして、こんな残酷なことを言うのか。そして、晶を大噓つきだと思った。
もう、これ以上、嘘をついて欲しくない。
――あんたらは嘘ばかりついている。この世界は嘘の塊じゃねえかよっ。
「嘘か……」
陽一郎が呟いた。
――新太郎って言う男も、あんたらはサイコキラーを野放しにしてたんだ。もっと早くみんなで止めるべきだったのにっ。
陽一郎はその時だけ表情を変えて言い返そうとしたが、諦めたように首を振った。
「あの方の名前を……」
――あぁっ?
「うぐいす姫様のお名前を知りたい」
――なんだよっ。
陽一は腹が立って仕方がなかった。今はそういう話をしているんじゃない。
「教えてくれ……。あの方の名前を……。一度でいいから、名前を呼びたいと思っていた」
――晶だよっ。
陽一郎がはじかれたように顔を上げた。
「あ、あきら様?」
――ああ、そうだよっ。
「あきらさま……」
陽一郎はそう呟くと、目からはらはらと涙をこぼして、そのまましゃべらなくなってしまった。




