出現
その頃、俊介は葵と唯、佐之尊を連れて月へと移動していた。
無意識に月を選び、しかも、晶が待つ後宮に立っている。
しまった、と思ったが後の祭りだった。
「お兄様っ」
仰天した舞の声に我に帰った。
「ここは……?」
俊介は自分で移動しながら驚いた様子だった。
「わらわが仕込んだ人型と同調したか……」
瑠稚婀が渋い顔で自分を見ている。そして、涙に濡れた晶を見て失態に気づいた。
「姫……」
「俊介、大事ないか?」
晶が心配そうに駆け寄ってくる。青ざめた顔を見て、陽一を守れなかったことをどのように説明しようか、頭を悩ませた。
「申し訳ありません。俺たちだけこんなところに逃げて来てしまって…」
「そんなことはないぞ…」
晶は不安でいっぱいだったが、笑顔を作った。
「お主らが無事でよかった」
俊介は頭を下げた。
×××××
残された陽一は、正勝を見た。
正勝は黙って俯いている。
「正勝さんっ」
陽一の問いに、正勝は意を決したように目を上げた。その時、斬り離した蛇の尾が蠢いた。
「殿下、お下がりくだされっ」
月の兵たちが身構える。
死んだと思った蛇が動いたので、陽一も何が起こるのだろうと身構えた。
固唾を呑んで見守る中、ぐねぐねと蠢いた蛇の尾が徐々に変化し始めた。正勝は身を乗り出すようにしてそれを見ている。
すると、蛇の尾が人の形になり、男の姿になった。
男はスッと立ち上がった。
陽一は唖然と目の前に立つ男を見た。
突如現れた若い青年は、鋭い目で一同を睨みつけた。
「大蛇を斬ったのは誰だ……」
低い声で青年が言った。陽一は呟いた。
「嘘だろ…? 勘弁してくれよ」
現れた青年。しかも、かなりの美形だ。直垂姿をしている。年は二十代前半くらいか。
一度見たら忘れられないくらい、きりっとした面立ち。背丈はモデル並に高く、足が長い。日本人離れした体型に薄茶色の髪の毛。
正勝や俊介も男前の部類だが(月には男前しかいないのか?)、この男の美貌は別格だ。
青年は目の前にいる正勝を見た。
「お前か?」
正勝は顔をこわばらせた。
「殿下に向かって無礼な」
正勝の連れてきた兵たちが守るように取り囲んだ。
大蛇の尾から出てきた男だ。何をするか分からない。みんな、緊張していた。
青年はふん、と鼻で笑った。
「俺は、薙。大蛇を斬ったのは誰だと聞いているんだ」
ぞんざいな口調に誰も声を出せないでいる。陽一は前に進み出た。
「お、俺だよ!」
薙と名乗る青年は陽一をじっと見ると、突然膝を付いた。
陽一は何かされるのだろうかと身構えると、青年、薙は地面を見据えるようにして言った。
「束縛より俺を助けてくれたこと感謝する。これからはお前に仕えるとしよう。何なりと言え」
仕えると言う割には偉そうな態度だが、陽一はぽかんと口を開けた。
「へ?」
薙が顔をしかめる。陽一は慌てて首を振った。
「い、いらないよっ」
「なんだと?」
薙が憮然とした顔で立ち上がった。
「俺をいらないだと?」
「ならば、俺が月へ連れて行ってもよいか?」
正勝が前に出て言った。
「薙と申したな、そなた、俺に仕える気はないか? それなりの地位につけてやるぞ」
薙はちらりと正勝を見た。
「断る。俺はこの男の命令しか聞けないんだ」
薙はそう言ったが、陽一をじろじろと見てため息をついた。
「しかし、この軟弱そうなガキが本当に蛇を斬ったのか? 信じられん」
陽一はむっとする。
何だろ、この人すごくむかつくんだけど。
「よし、ならば仕方ない」
薙がぽんと手を叩いた。
「お前に戦い方を教えてやろう」
「え? いいよ、そんなの」
「まあ、いいじゃねえか。弱い男を鍛えるのは楽しそうだ」
か、勝手に決めないでくれ…!
陽一が嘆くと、正勝が周りにいた兵たちを見て、突如、人払いをしろと命じた。
「皆、しばらくの間、陽一と二人だけにしてくれ」
「しかし、殿下。この男は危険でございます」
「俺の言うことを聞け」
正勝の命令に兵たちは不安そうにお互いの顔を見たが、頭を下げると皆一瞬で消えた。
薙と陽一だけになると、正勝は大きく息をついた。
「陽一、俺がここに来た目的を話そう」
今? と思ったが、黙って頷く。
「俺は地球にあるといわれている剣を探しに来た」
「剣?」
「ああ。剣の名はナギ」
「薙…」
「大蛇の尾に隠されていると聞く」
それを聞いた薙はにやりと笑った。
「俺の事だな」
正勝は、薙を見て頭を下げた。
「頼む。そなたを探してわざわざ地球へ来たのだ。俺と一緒に月へ来てくれぬか」
「先ほども言ったがそれはできないな。俺はこいつを鍛えると決めたから」
陽一はハラハラしながら二人のやり取りを見ていた。
「あ、あの、間違いじゃないですか? だって、この人剣じゃないですよ」
そう言うと、薙の頬がぴくりと動いた。
「聞き捨てならん! これを見ろっ」
言うなり、彼が右手を突きだすと剣が現れた。人の腕くらいの長さで両刃の剣だった。
陽一が目を丸くすると、それに気を良くした薙は、側にあった岩をすぱっと切った。
すげ、岩が切れた…。
薙は、スッと剣を消すと、偉そうに腕を組みなおした。
正勝は悔しそうにそれを眺めて、陽一に頼んだ。
「頼む、陽一、こ奴に月に行くよう説得してくれ」
「俺は行かねえと言ったろ」
正勝と同じくらい頑固そうだ。正勝はがっくりと肩を落とすと、小さく呟いた。
「陽一、ここだけの話をする。誰にも言わないで聞いてくれ」
内緒話しは苦手なんだけど…。
陽一は神妙に頷いた。
「赤子がおってな」
「赤子…ですか?」
「うん。まあ…、誰の子かは聞くな。赤子は本来なら物凄い力を持って生まれるはずだった。ところが、赤子にはあるはずの力が欠けていて、その力の一つは地球に消えたと言われている」
「へええ…」
よく分かんないけど、それがどう繋がるのだろう。
首を傾げると、正勝はさらに息を吐いた。
「そのうちのひとつがこ奴なのだ」
「ええっ」
薙はそっぽを向いて、我関せずという顔だ。
「あの、今、ひとつって言いましたよね」
「そうだ。力は三つある。その三つの力を俺は探している。一つは薙の剣、二つ目は玉、三つ目は鏡だ」
「剣と玉と鏡…」
「詳しく言うと、瑪瑙の玉と青銅の鏡だ」
どこかで聞いたことがあるような、ないような。
何だか歴史の話に出てきそうだ。
「その三つがそろえば赤ちゃんはどうなるんですか?」
「本当の力を取り戻すことができる。今は話すことも歩くことも目も耳も聞こえぬ」
「それは…」
何もできない赤ちゃんの事を思うとかわいそうだった。
「あの、俺でよかったら手伝い……」
「おい!」
薙が声を荒げた。
「お前、俺の許可もなしに勝手な事をしゃべるんじゃねえ」
「ええっ」
陽一は呆気に取られて薙を見た。
「許可も何もあんたには関係ないじゃないか」
「あるに決まってる! 俺の話をしてるんだろ。手伝う気はないっ」
「正勝さん」
陽一は、薙に聞こえないように囁いた。
「俺が説得します」
「助かる」
正勝はほっと息を吐いて言った。
「三つの力は赤子と会えば自然と共鳴する」
「じゃあ、赤ちゃんに会いに行けば何か起きるんですね」
「そうだ」
へええ、そんなすごい赤ちゃんがいるなら会ってみたいな。
「……これで俺の役目は終わった。月へ帰ることにしよう」
正勝はどっと疲れたような顔をしていた。
「あ、あの」
「ん?」
「晶によろしく伝えて下さい」
「もちろんだ」
正勝は、あっという間に消えてしまった。
「はああ…」
陽一はため息をついた。ちらりと後ろを見ると、薙がふんと鼻で笑った。
このパターン。もう、嫌な予感しかない。
「お前、名前は?」
「陽一ですけど」
「陽一か。住まいはどこだ」
「教えたくないです」
「そうか」
薙は平然としていた。
「まあ、俺は飯を食わなくても生きていけるからな」
「そうですか。便利ですね」
「お前」
「陽一です」
「陽一、さっきあの男が言っていた神器の話だが」
「神器?」
「三つの力の話だ。お前が持っているのがその一つだぞ。おそらく」
「へ?」
陽一はぽかんと口を開ける。
そんなもの持っていない……、と言いかけて、はたと気づく。
「もしかして、うぐいす姫からもらった勾玉?」
「そうだ。その力のおかげで俺を復活させることができたのだ」
薙が神妙な顔でじっと見つめて言った。
「人の子よ。これからが試練の時だな」
陽一はごくりと唾を呑んで、答えることができなかった。




