大太刀
赤猪子が意識を失い倒れ込む。
同時に茅子の手が元に戻り、その手には赤猪子の薙刀が握られていた。
「まさか、赤猪子殿が奪われた…?」
正勝が茫然と呟く。
俊介は刀を抜くと、茅子に向き直った。構えの姿勢から攻撃を仕掛けた。
茅子は薙刀の切っ先を俊介の首元に突いてくる。俊介はそれをかわすので必死だ。
一瞬、脇腹を狙われ、すんでの所で後ろに飛び退った。
茅子はそれも逃がさず俊介の懐に入ると、彼の腕をつかもうとした。俊介はつかまれまいとして地面に倒れ込んだ。
佐野が落ちていた刀を拾い、茅子に飛びかかった。
「俺の力を返せっ」
佐野の攻撃も早かったが、茅子は優雅に攻撃を交わしながら、すばやく佐野の脛に一撃を加えた。佐野が膝を突く。
「尊っ」
側で見守っていた唯が駆け寄り、佐野を腕に抱いた。
「尊っ、死んじゃやだっ」
ワーッと泣きだす。
「こ、これくらい何ともないぞ…っ」
佐野が起き上がり、唯の顔を覗き込む。
「大丈夫だからな、唯、泣くな」
「うん」
唯は佐野の首に腕をまきつけた。
「殿下、油断は禁物ですぞっ」
俊介が叫ぶと、茅子は、佐野と唯に向かって薙刀を大きく振り回した。寸前のところで唯が体をひねり、二人は地面に倒れ込んだ。
陽一はそれらを見ながら、何もできないことが悔しくてたまらなかった。
何とかしなければみんなが殺されてしまうっ。
「俊介、皆を安全な場所へ移動させよっ」
「え?」
突然、正勝が叫んだ。
「しかし、正勝殿…っ」
「いいから、俺の言うとおりにしろっ」
俊介は、佐野と唯、そして、震えている葵の腕を取った。
赤猪子は倒れたままだ。
「早くしろっ」
正勝の声を聞く前に俊介は消えた。
「これ以上、奴に力を奪われてはならぬっ」
正勝はそう言うと、息を吐いて念じるように唱えた。
「我が命ずる。三輪守よ、我が手に参れ!」
しかし、何も変化はない。
正勝は悔しそうに赤猪子を睨んだ。
「なぜだ、なぜ、俺の言う事が聞けぬ!」
いらだつ正勝を前に、陽一にはわけが分からなかった。
「三輪守って何だ…?」
呟くと、赤猪子の体がぴくっと動いた。正勝が目を見張る。そして、茫然とした顔で陽一を見た。
「まさか、お主…」
その時、陽一の体がみしみしと軋んだ。蛇の胴体がさらに喰い込んでいる。陽一は苦しさに呻いた。
――陽一、もう一度、三輪守と言うのじゃ。
晶の声がした。
「み、三輪守?」
息も絶え絶え声を出す。だいぶ、意識も朦朧としてきた。
――そうじゃ、敵を倒すには三輪守しかできぬ。
「分からないけど…」
陽一は声を振り絞った。体の骨が砕ける寸前だ。
「み…三輪守、俺の元に……来いっ」
陽一が呟いた。
すると、倒れている赤猪子の体が宙に浮き、目の前で長さ150センチくらいの大太刀へと変化した。
大太刀が陽一の元へ飛んでくる。
正勝が叫んだ。
「尾を狙えっ」
尻尾? ど、どうやって?
「泣き言は後だ。考えよっ」
正勝に言われ、陽一は必死で右腕を蛇の胴体から抜いた。腕を精いっぱい伸ばす。大太刀に手が届くところで、大蛇が牙を剥いて攻撃してきた。
「うわっ」
すんでの所で手を引っ込めたが、危うかった。大蛇がさらに攻撃しようと動きを見せた時、大太刀が手に飛び込んできた。
柄をしっかりと握りしめる。
蛇の胴体に突き刺すと、ずぶりとのめり込んだ。大蛇がひるんで、陽一の体が自由になった。
地面に落ちる。急に呼吸ができるようになって、大きく息を吸い込んだ。
「今だっ、やれっ」
正勝の声がした。
「うわーっ」
陽一は叫び声を上げて大蛇の尻尾に向かって大太刀を振り下ろした。大蛇の尾から血が噴き出し、すっぱりと切れた。
茅子が悲鳴を上げて頭を押さえた。
陽一は恐ろしさのあまり、大太刀から手を離した。大太刀が大きな音を立てて地面に落ちる。
蛇を切った感触と恐怖に体が震えた。
倒れた大蛇はそのまま倒れ、ぴくぴくと体が動いている。
「死んだ…の?」
「いや、これくらいでは死なぬ」
正勝は駆け寄ると、持っていた刀を蛇の首に突き立てた。血しぶきが上がり大蛇が動かなくなる。
「あっ」
陽一は顔をそむけた。
「殺さなくても…」
正勝は大蛇を睨みつけていた。
その時、大蛇の体に異変が起こった。正勝が後ずさりする。
大蛇の体は光始め、火の球が方々へ飛び散った。そのひとつが大太刀に向かい吸い込まれるようにして消えた。
陽一の中にも光が飛んできたが、目の前でぴたっと止まった。自分の中に入るのかと思ったが、なぜか光は消えてしまった。
大蛇は、奪った力を失ったせいか、やせ細りぐにゃりと横たわっている。そばでは茅子が悲しげに目を伏せていた。その背後に正勝が立った。
陽一は鳥肌が立った。
「やめて下さいっ」
走って正勝の腕にしがみつく。
「何をする!」
容赦ない言葉に陽一は無我夢中で叫んだ。
「これ以上、人が死ぬのを見るのは嫌なんです」
「離せ、俺はこのために地上へ参ったのだ」
「え?」
正勝は、茅子の首に刀を突き付けた。
「言え、剣はどこだ。隠しても無駄ぞ」
しかし、茅子の顔はぼんやりとして言葉が通じているか分からない。
正勝の刀が首筋に強く当たり、血が流れ出す。
「お願いです。やめて下さいっ」
陽一は正勝の腕を必死でつかみ、刀をどけさせた。
茅子が倒れ込む。
「なぜ、こんな事を?」
陽一の問いに、正勝は悔しそうにこぶしを握ると、目を伏せた。




