想い
晶は、呼びかけに反応した陽一の声をしっかり聞いていた。
「ああ…」
安堵のあまり座り込む。
陽一が生きている! だが、その命も危険にさらされているのだ。
今すぐにでも助けに行きたい。しかし、それも間に合わないほど切羽詰まった状況だった。
「陽一、我の言葉をよく聞いてくれ」
――そなたは守られておる。内にある力に願いを込めるのじゃ。
それしか言えなかった。
陽一からの反応はないまま、晶は手を合わせて祈った。
――内にある力?
うつろになりながらも、陽一は晶の声をしっかり聞いていた。
腕がぶらんぶらんになった状態で、感覚のない指を動かす。次第に意識が飛びそうになる中、陽一は願った。
――力が欲しい。
潜在する力。それが俺にあるなら……。
ぴくぴくと指を動かしこぶしを握る。手が熱くなってきた。
ぐっと力が入る。
だらんとしていた筋肉に力がこもり、茅子の指が離れた。
「あああっ」
茅子が腕をつかんで悲鳴を上げる。
「茅子っ」
井川が駆け寄った。地面に膝をついてうずくまる茅子の手は折れていた。
「何があったっ」
一瞬目を離したすきに、倒れていたはずの陽一が消えている。
「くそっ、どこへ行った」
井川が必死で探している間、遥か上空に浮かんでいた。
力が漲っている。体の中が熱い。
自分自身もこの力に抑え込まれそうになっていた。
体が燃えるようだ。
暴れ出したい衝動に、晶の声がした。
――落ち着くのじゃ、陽一。我は常に見守っている。
晶の声を聞いて、陽一は深く息を吐いた。彼女の声がこんなにも心地いいなんて。
晶に会いたい!
彼女に会うまでは、何があろうとここで負けるわけにはいかない。
陽一は自分を落ち着けると地上へ降り立った。
空から降りてきた陽一を見て、井川がすごい目で睨みつけた。そして、憤怒の形相で飛びかかって来た。すさまじい力を相手から感じる。陽一はぐっと腰を落とし、井川の攻撃を避けた。しかし、井川は素早く背後から陽一の体をつかんだ。と思った時、井川の体がぐにゃりと崩れ、巨大な蛇に変化した。
「なっ」
胴体を蛇に巻き付かれる。すぐに息ができなくなって苦しい。
大蛇と言えるほど大きな蛇は、陽一の体の骨をきしませ絡みついて来る。
くっそうっ。
陽一は唸った。
「陽一っ」
その時、空から正勝が現れた。大蛇を見て目を見開く。
「こ奴…、もしや…」
呟いてから地上へ降り立つと、その後に兵士たちがばらばらと降りてきた。
それぞれが太刀を抜いて大蛇に斬りかかる。
しかし、鋼のような体には太刀打ちできず兵士たちが飛ばされた。
く、苦しい…。
陽一は息苦しくなってきた。
「赤猪子殿ならば斬れるかもしれぬっ」
正勝が言った。
ばあちゃん、そんなに強いの?
陽一は薄れる意識の中、呟いた。
月で様子を窺っていた晶は我慢できず立ち上がった。
「晶さま」
舞が両手をついた。
「舞、引き止めるな、我はもう我慢がならぬ」
晶の頬を涙が伝う。
「お兄様はきっと陽一さまを助けて下さるはずですわ」
俊介も赤猪子もまだ、陽一に気づいていないのだろうか。
舞は不安のあまり、自分が地上へ行って知らせたい衝動に駆られた。
「わたくしめが参りましょうか」
舞の言葉にハッとした。
「すまぬ、お主まで苦しめていた」
「晶さま…」
舞が晶の手を握った。
「陽一さまはきっと切り抜けられるはずでございます」
舞の云う通りじゃ…。今の陽一ならば、三輪守を操ることができるはず…。
舞の言葉に頷きながら、晶は唇を噛みしめた。
一方、地上では正勝が、赤猪子を探すため鳥居の結界を破ろうと必死になっていた。
大蛇がこれだけ暴れているのだから気づいていないはずはないのに、なかなか赤猪子たちは姿を現さない。
何をしているのだ、と苛々していると、ピンと結界が外れた。
「あ」
と、鳥居の向こう側で見上げるほど大柄な男、佐野があんぐりと口を開けていた。そして、背後には葵と赤猪子がいて、男を押しのけると正勝の方へ走って来た。
「正勝殿っ」
俊介までもいる。正勝は目を吊り上げた。
「大勢おりながら何をしておったのだっ」
思わず怒鳴ると、赤猪子がじろりと大男を睨んで言った。
「殿下が余計な事をしたばかりにわしらも苦戦していたのです」
「話は後だ。陽一が危ない。三輪守、援護してくれ」
「承知」
赤猪子は、大蛇に絡まれる陽一の姿を見て悲鳴を上げた。
「なんたることっ」
赤猪子は言うなり力を開放する。たちまち年若い乙女と代わり、薙刀を持つと大蛇に向かって行った。
大きく刀を振りおろす。しかし、鱗には傷一つつかなかった。
「陽一殿、耐えられるかっ?」
陽一は歯を食いしばり必死で両腕を使って自分を守ろうとしていたが、蛇の体はさらに強く自分を苦しめる。
陽一は力を使おうとした。しかし、どうすればいいか分からない。
その時、腕を押さえてうずくまっていた茅子が唸り声を上げながら立ち上がった。
「許さないから…」
血走った目で陽一を睨むと、側にいた赤猪子の腕をつかんだ。赤猪子が悲鳴を上げる。
「ばあちゃん…っ」




