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地上へ




 陽一郎は意気消沈していた。

 陽一は茫然としている陽一郎のそばに寄って肩に手を乗せた。


「大丈夫か?」


 陽一郎は目を吊り上げると、陽一の服をつかんだ。


「過去が変わっていた。お前、何かしたのかっ」

「はあ? あんた、全然分かってねえなっ」

「俺のうぐいす姫が月へ還ってしまった。もう俺たちは出会えない」


 陽一は怒りを抑えようと、息を吸い込んだ。


「気づいてやれよ」

「姫さま…」


 陽一郎が膝をついて、嗚咽を漏らす。

 正勝と夜琥弥は何があったのか知らないため戸惑っている。陽一は肩で大きく息を吐くと、陽一郎の両肩をつかんだ。


「俺が月へ行って伝える。お前の気持ちも全部ひっくるめて、うぐいす姫に伝えてやる」

「無駄だっ。俺のうぐいす姫はもういない…」

「あんたは覚えているだろ?」

「え?」

「初めて会った時のこと、一緒に過ごした時間、忘れていないんだろ? だったらずっと覚えていろよ。俺に教えてくれたのはあんたなのに…」


 陽一郎はうなだれた。


 数日の間だが、夫婦のように暮らした日々。

 優しい声、うぐいす姫の笑った顔。

 すごく好きだった。嫁にもらいたかった。彼女の子どもが欲しかった。


 そして、花。

 うぐいす姫は花のことも労わってくれた。

 うぐいす姫がいたからこそ、花に優しくしてあげることができた。


 陽一郎の目から涙がこぼれた。

 うぐいす姫は不思議な力で花と陽一郎に幸せを与えてくれていたのだ。


「陽一、姫さまに伝えてくれ、俺はあなたが好きだったと」

「分かった」

「ありがとう」


 陽一郎が目を閉じると次第にその姿が薄れはじめた。陽一は、自分の中に入っていくのだろうかと思ったがそうではなかった。

 陽一は焦って夜琥弥を見た。夜琥弥が首を振る。


「彼は自分で行くべき場所を見つけた。もう僕には手の届かない場所へ行くんだ」


 陽一郎の姿が完全に消えてしまった時、鬼が目を覚ました。目をこすってこちらへ来ると、陽一の手を握りしめた。


「行っちゃった」

「見てたのか?」

「うん。夢を見ていた。懐かしい昔の夢」


 そうか、こいつもうぐいす姫の片割れだもんな。


「陽一」


 鬼が耳元で囁いた。

 ごにょごにょと誰にも聞こえないように云った。


 ――勾玉のことは、誰にも云うなよ。


「え?」


 勾玉は過去の話じゃないのだろうか。

 そういえば自分は茅子に殺されかけたんだっけ。だからここにいるのだ。

 思いだすと同時に地上の事が気になった。


「俺、帰らなきゃ」


 正勝が頷いて、陽一はその存在を思い出す。


「あ、あの、すみませんがあなたは…」

「俺は晶の従兄で正勝と申す。月からそなたの様子を見に参った」

「えっ?」


 陽一はぎょっとして、思わず晶のことを尋ねようとしたがすぐに制止された。


「待て、先に地上へ参ろう。そなたの仲間が心配しておる」

「正勝が君を助けてくれたんだよ」


 夜琥弥が説明してくれた。


「あ、ありがとうございました」


 陽一が頭を下げると、正勝は硬い表情で頷いた。


「礼を云うのは、まだ早計である」

「へ?」


 ――地上で神が暴れておる。


 正勝の言葉に陽一は目をぐるりと回した。


 またか…。


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