かたおもい
もう一度、うぐいす姫に会いたい。
あれほど、姿を見せてはならないと翁に忠告をしておきながら、自分が会いたくて恋焦がれている。
陽一郎が翁に頼むと、彼は快く承知してくれた。
「姫も、陽一郎さまに会いたいと申しておりました」
「真でございますか」
陽一郎の声は弾んだ。
翁の暮らす屋敷は山奥にあったが、獣道を通らないといけない場所にあった。陽一郎の屋敷から山頂へ向かって直線と単純ではあるが、迷ってしまうとなかなか山から出られない。
山の恐ろしさを知っている者たちなら、誰も行かない場所にあった。
翁の後をついてうぐいす姫の暮らす屋敷の前に出ると、小さな門にたたずむ人がいた。
「うぐいす姫……」
うぐいす姫は、白繻子の表地に藤の模様の小袖姿で、陽一郎は呆けたように見つめた。姫は静かにお辞儀をすると、陽一郎を出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
「お、お久しぶりでございます。うぐいす姫」
「陽一郎さま、今日はゆっくりして行ってくださいませ」
「は、はい……」
それしか言えない。会えただけで天にも昇る心地だった。
屋敷に案内され、ご馳走を頂く。これをうぐいす姫が作ったのかと思うと、食べるのが勿体ないくらいだ。そう言うと、うぐいす姫はクスクスと笑った。
「からかってらっしゃるのね」
透き通るような素肌にぱっちりした目。年は、まだ十五を過ぎたくらいか、陽一郎の年より、ずっと年下に見える。しかし、大人びた口調としぐさには色気があった。
女性の年を聞くわけにいかず、陽一郎は自分の事を話した。
陽一郎は今年で二十歳になる。
「まだ、結婚はされていないのですか?」
翁に聞かれ、陽一郎は頭を掻いた。
「はい。わたしは二男だし、兄者もまだ結婚していないんです」
「兄上さまはどなたかお相手がいらっしゃるのですか」
うぐいす姫の問いに、陽一郎は少し暗い顔になった。
「はい……」
兄には生まれた時から決められた嫁がいたが、そんなのお構いなしに他の女に手を出している。兄の話を自分からしてしまったことを後悔した。
うぐいす姫はすぐに陽一郎の顔色に気づき、話題を変えた。
「陽一郎さま、わたくしの宝物を見てくださる?」
「もちろん、喜んで」
陽一郎の返事に、うぐいす姫は立ち上がるとどこかへ行き、すぐに戻って来た。手に何かを携えている。そっと近寄られると、いい匂いがした。
うぐいす姫の手のひらには、今まで見たこともない縞模様の様々な色の混ざった小さな石を持っていた。
陽一郎は息を呑んだ。
「これは……」
「わたくしが生まれた時に握っていた石だそうです」
値がつけられないほどの物だと分かる。うぐいす姫の手の中で脈打っているように見えた。
「大事にしているのですね」
「ええ。きっと、母上さまの形見だと思いますの」
翁の話によると、うぐいす姫は山に捨てられていたとのことだった。
「こんな大事な物を見せて下さり、ありがとうございます」
陽一郎がお礼を言うと、うぐいす姫は頬を染めた。酒をすすめられ、一口飲んだ。気がつけば、うぐいす姫と二人きりになっていた。翁が気を利かせてくれたのかもしれない。
陽一郎は息ができなくなるほど緊張したが、笑っているうぐいす姫を見ていると、このまま時が止まってしまえばよいのにと思った。
この人のそばを離れたくない。
恋焦がれる気持ちが膨れ上がっていく。うぐいす姫はそのことを知らない。
陽一郎は自分のあさましい気持ちを後ろめたく思った。
「どうされました?」
「もう、帰ります」
「え……?」
うぐいす姫が一瞬、寂しそうな顔をした。
「残念ですわ。お送りいたします」
引き止めてもらえず落胆する。翁にお礼を言って屋敷を後にした。振り返ると、うぐいす姫の姿は小さくなるまでそこにいた。
陽一郎は、うぐいす姫の元へ走って行きたい思いに駆られた。しかし、そんなことはできない。決して許される事ではなかった。




