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うぐいす姫 ~鬼と呼ばれた姫~  作者: 春野セイ


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むかしばなし


…

……

…………

………………………

………………………………………………

…………………………………………………………



 兄者《あにじゃ》がまた、女子《おなご》を連れ込んでいる。


 陽一郎は山から戻り、納屋に入って荷を下ろしていると、屋敷の方から女の悲痛な叫び声が聞こえて顔をしかめた。


 一気に気分が悪くなる。

 何もせずふらふらしてばかりで、女にしか目がない。そう思うが、陽一郎はいつものように無表情になると、うつむいてもくもくと片づけを始めた。


 陽一郎の屋敷は古くから土地を多く所有していて、村を統括していた。そして、長男である兄は両親よりも権力を持っていた。

 力のない農夫たちは兄の云うことはなんでも聞いた。二男である陽一郎も同様で下僕のような扱いを受けている。

 どんなに兄を汚らわしく思っても大きくは云えない。もし、盾突いたりしたら明日、命はないだろう。


 陽一郎は、女がいなくなるまで納屋で作業をすることにした。

 今日は久しぶりにイノシシが捕獲できた。

 川の水で泥などはきれいに洗い落してきたので、頭を切り落とし、皮を剥いでから内臓などを取るため、納屋に吊るした。


 陽一郎はもくもくと作業をこなしていった。一気に解体し終えた頃には汗だくになっていた。

 陽一郎は汗を拭くと、大窯に溜めておいた雨水で体を洗うため、小袖の上半身を脱いだ。手ぬぐいに水を浸し、全身に浴びた血と汗を流していく。


「臭い」


 男の声に振り向くと、いつの間にか兄が立っていた。


「すまんな兄者」

「今夜はイノシシか」


 兄はそう云い捨てると屋敷へと戻って行った。陽一郎はため息をついた。それからしばらく無言で猪肉を切り分けていると、陽一郎殿と背後からしわがれた男の声に振り向くと、翁が立っていた。彼は山奥に住んでいる老人だ。


「これをどうぞ」


 陽一郎は、翁から野菜を受け取り、切り取ったばかりの猪肉《ししにく》を翁に渡した。


「おお、これは新鮮な猪肉だ。いつもありがとうございます。陽一郎殿」

「こちらこそ、新鮮な野菜をたくさんありがとうございます。あの……」


 陽一郎は、納屋の外に誰もいないか確認をすると、翁にこっそりと尋ねた。


「うぐいす姫様はいかがお過ごしですか? 最近、暑い日が続いておりますので体を壊していないかなと思って」


 翁はほほ笑むと、息災でございます、と答えた。


「そうですか。それはよかった」


 陽一郎は、たった一度だけ、うぐいす姫の姿を見たことがあった。一度、翁の屋敷に呼ばれ、夕餉を馳走された時にお世話をしてもらったのだ。

 初めて姿を見た時、こんな美しい人が地上にいるのかと驚いた。兄に話したら、その日に夜這いされる恐れがあるため、人に漏らしたことはない。


 翁は陽一郎の気持ちをよく知っているのだろう。嫌がらずにうぐいす姫の様子を教えてくれる。彼女の話題をする時が、陽一郎にとって至福の時だった。


「姫さまには不思議なお力がある」

「え?」

「あなたのように姫さまのお姿を見るだけで心が和み、嫌な気持ちも消えて至福を得られる。ありがたい事です」

「あの、俺にはよく分からないのですが……」

「前におっしゃられたでしょう。村で争いごとが絶えず困っていると」

「はい」


 確かに陽一郎はぼやいたことがあった。兄が女を奪うと、その陰で男たちが苛々を募らせ、やがて諍いに発展する。問題は分かっているのに止めることができない。翁にぼやいてしまった事を思い出し、陽一郎は自分を恥じた。


「その節はお恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした」

「いやいや」


 翁は優しく微笑んだ。


「そこでわしは考えたのだが、姫さまのお力を借りるのはどうかと思ってな」

「は?」


 陽一郎は耳を疑った。翁は今、何と云った?


「まさか、村の者に姫さまを会わせるのですか?」

「お声だけ」

「声?」

「さすがに、お姿をお見せするのは気が引けての」


 翁は頭を掻いた。


「だいぶ苦しんでおった若者だったが、声だけでも心が和んだと云って喜んでおった」

「翁」


 陽一郎は、翁の方へぐっと体を寄せた。


「二度とそのような事はなさいませぬよう。俺から切にお願いいたします」

「なぜですか?」


 翁には分かってもらえないようだった。


「うぐいす姫は普通のお方ではありません。村の者たちに知れたら、御身《おんみ》が危ない」

「そうであろうか。この村の若者はあなたのように頼もしい者もおる」

「翁、姫を守るためです。お願いいたします」

「陽一郎さまがそれほどまで云うのであれば、承知いたしました」


 翁は頷いた。陽一郎は、翁が理解してくれたと思い、安堵した。

 しかし、その後、うぐいす姫の存在が村全体に広まって、一度、姿を見てみたいと申す輩が出てきた。


 幸いにも、山奥に住む翁の住まいは誰にも知られていない。姫の声を聞いたと云う若者は、たまたま山で会った時にお声だけ聞いた、と云うものだった。

 陽一郎の心は晴れることはなく、日に日にうぐいす姫への想いを募らせるばかりだった。




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