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金色の乙女




 その日は朝から曇っていて、どんよりした空気をまとっていた。


 花は雨が降りそうだな、と云って、いつもより早く家を出て川へ洗濯に行った。陽一郎は山菜を採りに山へ行ったが、山の中で兄たちの集団を見つけると胸騒ぎがした。


 関わりたくないが気になって追いかけてみる。すると、彼らは社へと向かっていった。鳥居を抜けて、ずかずか中へ入って行く。


 ここには確か巫女が一人で暮らしていると聞いていた。

 嫌な気持ちを抱えたまま後を追うと、案の定、兄たちが巫女を襲っているのを見た。耳を塞ぎたくなるような悲鳴を聞いて、陽一郎は助けに行くべきか迷った。

 その時、急に空が暗くなり雨の気配がした。

 あっという間に土砂降りの雨が降り出した。気がつけば、悲鳴が止んでいた。

 陽一郎はおそるおそる社に入ると、土砂降りの中、地面に横たわる男たちと、空中に金色に光る長い髪の女が浮かんでいた。その下で、赤い袴姿の少女が守られるようにうずくまっている。


 陽一郎はとっさに体を低くした。恐ろしさのあまり体がぶるぶる震えた。

 兄たちを睨みつけていたのは、金色の鬼だった。


「鬼だ…!」

 

 男たちは恐ろしさに、震えていた。

 鬼は男たちを睨むと、地面へ降り立った。

 雨はさらに激しく降りだし、兄たちは泥だらけになったが、鬼は濡れた様子はない。

 鬼が手を上げて振り下ろした時、這いつくばる一人の男の腕がかまいたちにやられたようにすっぱりと切れた。

 悲鳴が上がる。それを見た男が一人、二人と逃げ始めた。

 一人だけ残ったのは、兄だった。

 兄は、鬼を睨みつけている。


「主、名を名乗れ」


 兄は他人に命令をされた事はない。目を吊り上げると、大声を張り上げて鬼に向かって飛びかかった。しかし、体に触れることもできず跳ね飛ばされる。


「名を名乗れ」


 しかし、兄はまだ諦めなかった。立ち上がり刀を抜くと、鬼に向かって走った。


「姫さまっ」


 巫女が叫んだ。


「案ずるな、こんな輩、我の力で一捻りじゃ」


 鬼が薄笑いを浮かべる。

 

 兄が殺される。

 

 陽一郎は瞬時に悟った。思わず駆け出して前に飛び出すと、手を上げた鬼が、あっと声を上げた。


「主は…っ」

「お許しください」


 陽一郎はとっさに頭をついた。近くで見ると、鬼の顏は恐ろしい面相をしていた。体が恐怖に震えた。


「この者はわたくしの兄でございます。無礼を働いたこと代わりにお詫びいたします。どうぞ、お許しくださいませ」


 雨が体中を叩きつける。

 急に辺りが静かになり、顔を上げると社には巫女の姿も鬼の姿もなかった。


「消えた…」


 兄がそばで気が抜けたように、地面を見つめていた。


「兄者、大丈夫か?」


 駆け寄って肩を叩く。


「陽一郎か、助かったよ。ありがとう」


 兄が吐息をついて云った。


「殺されるかと思った」


 そうだろう。鬼の殺気はすさまじかった。


「兄者、戻ろう。雨がますます強くなってきた」

「……そうだな」


 兄の新太郎しんたろうが、珍しく弱々しい声を出した。


「兄者、ケガはしていないか?」

「うん、大丈夫のようだ。それより、見たか?」


 兄とこんなに近くで長く話をしたのは久しぶりだった。自分とは似ても似つかぬほど、端正な顔でどの女も虜にする男。男からも言い寄られると聞く。


 本当に血が繋がっているのか疑わしいくらいだが、似ている部分がひとつあった。それは目だ。二人とも二重のくっきりとした目をしていた。

 

 陽一郎は、新太郎と同じ瞳で頷いた。


「金色の鬼…のように見えた」

「ああ、そうだ」

「何があったのだ?」


 陽一郎が聞いたが、新太郎は答えなかった。その代わりに、


「あの鬼、殺してやる」


 と、物騒な声で答えた。


 陽一郎は、この時は鬼を気の毒に思った。

 久しぶりに実家へ戻り、兄を屋敷へ送り自分は家に戻った。

 花が慌てて駆け寄ってくる。


「お帰りなさいませ」

「ただいま」

「旦那さま、お荷物は?」

「え?」


 陽一郎は何も持っていないことに云われてから気付いた。兄を介抱したため、社に置いて来てしまったようだ。


「忘れて来てしまったよ」

「雨がひどかったですからね」


 花が納得したように云う。今はだいぶ小雨になっていた。


「明日、取りに行ってくるから」

「へえ」


 花は、夕餉のしたくに取りかかるため中へ入った。


「花」


 陽一郎は、花を追いかけて行って後ろから抱きしめた。


「どうしただ? 旦那さま」


 花がびっくりした顔で振り向く。


「少しだけ、こうしていいだろうか」


 花は不思議そうにしていた。


 鬼の姿が目に焼き付いて離れなかった。

 あの鬼は自分を殺しに来るだろうか。この幸せがなくなるのだろうか。


 強く抱きしめて花の感触を覚えておこうと思った。



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