黄泉の国
◇◇◇
晶……あきら……。アキラ……。
「……陽一?」
自分を呼ぶ声が聞こえた。弱々しい声に、晶の心臓が冷えた。
「陽一っ」
「晶さま?」
久しぶりに後宮へ遊びに来ていた舞が驚いて晶を見た。隣には、流稚杏もいる。
三人はテーブルを囲み、紅茶を飲みながら地球にいた頃の話をしていた時だった。
「姫」
「お主も何か感じたか」
流稚杏が頷いた。
「今すぐ地上へ下りる」
「晶さま、何があったのですか?」
「陽一の身に何かあったようじゃ。助けに行かねば」
晶が目を閉じた。集中して移動しようとすると、
「なりませぬ」
と、静かに男の声が響いた。三人の女たちはびくっとした。見ると、俊介が部屋の入り口に立っていた。
「お兄さま」
舞が驚いた顔で兄を見た。俊介が中に入って来て、立ちはだかった。
「帝の命令でございます。姫はまだ、地上へ下りることはなりません」
「しかし、俊介っ。陽一の一大事ぞ」
晶が焦って言った。その目には涙が浮かんでいた。
「我は……、我はもう我慢ならぬ」
「姫」
俊介が静かに言う。
「俺が地上へ参ります。陽一の無事を確かめて来ます」
「そんな……」
晶が悲しげに目を伏せた。
「では」
俊介が消える前に、流稚杏がさっと手を振り、白い小さな紙切れが俊介の背中に張り付いた。同時に消え去る。
「人形を仕込んだ。俊介殿を通じて、我々にも分かるようにした」
「流稚杏さま……」
舞が目を見張る。
「すまぬ……」
晶は自分の無力さに唇を噛んだ。
陽一の元へと戻った正勝と葵は、倒れている陽一を発見した。
「陽一殿っ」
葵が駆け寄る。抱き起こそうとするのを正勝が止めた。
「触れるなっ」
「でも……」
正勝はしゃがみ込んで、陽一の手首に触れた。脈拍がかなり早く、低体温の上に呼吸が浅い。
「まずい……」
正勝はできるだけ陽一を動かさないように抱き抱えた。
「正勝殿?」
葵が不安そうに見つめる中、正勝は無言で消えた。
「正勝殿っ」
葵が叫んだが、彼はどこかへ行ってしまった。
「そんな……」
取り残された葵は身をすくめ、おろおろとあたりを見渡した。こんなところに一人きりにされるなんて……。
正勝が護衛につくと言い張ったため、舎人一人すら付き添っていない。葵は実質一人きりだ。
どこへ行けばいいのだろう。
どこか安全な場所へ戻らなくては、と振り向くと、地面に何か光る物を見つけた。
「何かしら……?」
そっと近づいてみた。光っていたのは、櫛だった。銀と淡い色を含む梅の絵柄の鼈甲櫛だ。
「これは……」
無意識に手に取る。
「あ……」
瞬間、葵は体の自由を奪われた。目は見えるし周りの音も聞こえるが、自分の意思では瞬き一つできない。
――安心して。
女の声がした。葵は慄いた。敵はまだいたのか。
――敵じゃないわよ、もうっ。
体を奪った何者かが葵の体を使って、ぷくっと口を膨らませた。
――月から来た可愛いお姫様、感謝するわ。
女は何をさせるのか。手には櫛を持ったまま、ゆっくりと両手を動かして大きく伸びをする。
「ああ、やっと動ける。息苦しかった」
女はそう言うと、目をきらっと光らせた。
「尊さまの元へ行くわよン」
へ?
葵の体がふわりと浮かぶ。自分ではできない動きをこの女は自由に操った。空高く浮かぶと、ものすごい勢いで山に向かって飛んだ。
どこへ行くの? 葵は自分自身の中でぶるぶると震えた。
女は答えてはくれなかった。




