再会
葵の気配が消えてほっとした陽一は、自分の張った結界がうまく破れませんように、とハラハラしながらも相手を見据えた。
一人は、井川英雄。もう一人は見たこともない美女だ。
二十代前半くらいで、色白の痩せた女の人だ。こちらを見てほほ笑んでいるが、目がちっとも笑っていない。
結界は、外からは見えず中で衝撃が起きても壊れないようになっている――はずだ。戦って傷つけあうのは嫌だ。話し合いをしなくてはいけない。
「あ、あのっ。佐野さんから事情は聞いています。俺はあなたと争う気は全くありません。佐野さんがご迷惑をかけたかもしれませんが、許してもらえませんか」
井川は怪訝そうに眉をひそめた。言葉が通じていないのだろうか。不安に思うと、女がしゃべった。
「いきなりごめんなさいね。笹岡陽一くん」
「え? 俺の名前……」
「佐之尊はいいのよ。佐之尊から女を奪ったのは、あなたに会いたかったからよ」
「え?」
「茅子、お前の目的はこの小僧かもしれないが、俺は佐之尊を許した覚えはない」
「というわけで、英雄は佐之尊を探していて、わたしはあなたを探していたの」
茅子と呼ばれた女の話を聞いて、陽一は、目的は自分だったのだと気づいた。
「佐野さんの探している女性はどこにいるんですか?」
「女の心配よりもあなた、自分のことを心配した方がいいわよ」
「ハンターなのか? あんたたち……」
あれ以来、沙耶たちがどうなったのか、全く知らない。この三か月一度もハンターは現れなかったのに、なぜ今頃になって。
「レイたちはあなたを利用してうぐいす姫をとらえようとしたけど失敗した。けれど、あなたに石を渡してしまったのは誤算だったそうよ。あなた、石を上手に扱ってくれるから困っているらしいの。だから返してもらうわ」
陽一はドキッとした。
石の力のことを知っている。陽一は後ずさりしながら、どうにかして逃げなくては、と思った。雪もいつの間にかやんでいた。
話をして、少しでも時間を稼ごう。
「どうしてそんなに教えてくれるんですか?」
「は?」
「レイって誰ですか?」
井川が黙ったまま自分の方へ近づいてくる。
もう話す気はないのだろうか。実践などしたことはないのに、攻撃を仕掛けてくるだろうか。
相手から目を逸らすことだけはしないように、じりじりと下がった。その時、井川が腰を低くして陽一を見据えると、思い切り飛びかかって来た。
嘘だろ?
あっと言う間にタックルされて、地面に背中を打ちつけた。同時に首を打って、嫌な音がした。
やばい。顔をしかめて起き上がろうとしたが、痛くて呻いた。
「殺しちゃだめよ」
茅子が言ってにやりとする。
陽一は、少しでも抵抗しようとこぶしを握った。手に力が集まる。腹にまたがっている井川の顔に目がけて力を放出した。普通の人なら吹っ飛ぶくらいの威力のはずだが、彼は目を開けたまま顔には傷一つない。
井川が手を振り上げた。陽一は思わず両腕で顔を守り、無我夢中で体をひねった。井川のこぶしが地面にのめり込む。陽一は、四つん這いになりその場から逃げだしたが、背中に飛び乗られ抑え込まれた。地面に顔を押しつけられ、息もできない。
目の前に茅子のブーツのかかとが見えた。女がしゃがみ込んで陽一の顔を覗き込んだ。
「あなたの力、もらうわね、ちょっと痛いけど泣かないでね」
茅子の声は嬉しそうだ。陽一は、口を噛みしめると力を込めて吠えた。
「くっそおっ」
グーッと思い切り力を出すと、井川の体を浮かせて跳ね飛ばした。あっと驚いた茅子の顔が見えた。陽一は、すかさず茅子に向かって飛びかかった。その時、茅子のポケットから、からん、と何かが落ちた。
それが何なのか確認などできず、茅子をブロック塀に押し付けた。
茅子に睨まれたが、ここでひるむわけにいかない。
「何をするのっ」
茅子の体全身を塀の中へのめり込ませた。身動きの取れないようにしようとすると、ドンっと横から腰を蹴られた。
「がはっ」
陽一は、再び地面へと逆戻りする。
「容赦ならんガキだ」
井川に顔を殴られる。何度も打ちつけられて、目がかすむ。
茅子は塀から楽々と抜け出てきた。無傷の女の顔はちっとも笑っておらず、怒り心頭という感じだ。茅子は手首をさすり、
「私に触れるなんて……」
と、呟いた声と同時に、感じたことのない衝撃を背中に受けた。
陽一は悲鳴を上げたが声にならなかった。背中で何かされている。だが、何が起きているのか分からない。
目の前が朦朧としてきた。体の中にあった何かが取り出されている気がする。
「黒い石だわ」
茅子が呟くと、陽一は意識を失い、がくっと頭が垂れた。結界が解ける。陽一は意識を失いかけた。
「モリオンよ。必要ないから売ってしまいましょ。天然だから高く値が付くわ」
「持っても平気なのか」
「平気よ。この少年のおかげで浄化されているわ」
陽一は指先ひとつ動かせなかった。
晶……。
「何か言った?」
「早くここを去ろう。人に見られる」
茅子は頷くと井川に抱きついた。二人の姿が消える。
晶……。
陽一は目を閉じたまま、晶の顔を思い描いた。
このまま、会えずに死ぬのか。そんなの嫌だ。
晶……。晶……。
何度も彼女の名前を呼んだ。




