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黄泉の国




 正勝は、黄泉の国へ来ていた。


 闇が広がる中に潜む生き物の姿は安易に見つけることはできない。そこに、小さい手足を持つ少女が現れた。頭に角がある。正勝は、陽一を抱く手に力を込めた。


「鬼」


 晶と同じ姿をした鬼はクスクス笑った。


「陽一だ。会いに来てくれたんだね」

「鬼よ、夜琥弥さまを呼んでくれぬか」


 鬼は、一瞬、考える顔をした。


「いいけど、陽一と遊ばせてくれるんでしょ」

「見て分からぬか?」


 鬼は眠っている陽一を見て、口に手を当てた。


「ここに来る人間は生きていないもん」

「早く呼べ」


 睨まれて、鬼は身をすくめた。


「分かった」


 鬼は消えると、少しして背後から声がした。


「誰? 僕に用事?」


 正勝が振り向くと、呆気にとられた夜琥弥がいた。


「驚いた。正勝じゃないか」

「お久しぶりでございます」


 正勝が頭を下げた。


「どうしたの? それに…」


 腕にいる陽一を見て顔をしかめる。


「まさか、死んでいないよね」

「仮死状態です」


 夜琥弥が信じられない、と首を振った。近づいて陽一の手に触れる。


「中身がない」

「ここに来ているはずです」

「そんな、まさかっ」


 夜琥弥は知らなかったようだ。すると、鬼が言った。


「さっき会った」

「えっ? どこで?」

「言わない」


 鬼は意地悪を言って、舌を出す。キャッキャと笑うと、夜琥弥にしがみついた。


「ねえ、抱っこして」


 夜琥弥が抱きあげる。


「アキラ、教えてくれ。陽一はどこにいる?」


 鬼の名はアキラと名付けられていた。夜琥弥の首に腕をまわして抱きしめると、耳元で囁いた。


「陽一郎のいるところ」

「え?」


 夜琥弥が眉をひそめた。黄泉の国はとてつもなく広く、全てを把握しているわけじゃない。しかし、鬼は一日中歩き回っている。どこに何があるのかも彼女は把握していた。


「陽一郎もいるのか」

「うん」


 鬼は、夜琥弥の腕から飛び降りた。


「案内してあげる」


 鬼がにやりとした。


 夜琥弥が頷いて正勝と二人は鬼の後を追いかけた。

 暗闇を躓くことなく走る鬼。やがて、ぼんやりと明るい光が見えて、そこに数名の人がいた。


 何か作業しているらしい。ここでは何かすることを制御しているわけではなかった。皆、働くことでどこかへ繋がる道を作っている。

 その中にぽつんと何もせず座っている男と、少し離れた場所で同じ顔をした少年が、途方に暮れた顏でたたずんでいた。

 陽一郎と陽一であった。


 夜琥弥が近づくと、陽一が気づいて駆け寄って来た。


「夜琥弥さんっ」

「陽一くん、よかった」

「俺、どうしてここにいるんだろう」


 不安げに周りを見渡す。

 無理もない、ここは死んだことを理解できないものたちが来るところだ。

 それに、なぜ陽一郎がいるのか、それも不思議だった。


「それにあいつ…」


 陽一は気づいていた。


「陽一郎だよな」


 陽一はおびえているように見えた。真実を知りたくないのが本音だろう。


 陽一郎はすっと立つとこちらへ寄って来た。陽一と対面する。

 よく似た顔立ちだったが、陽一郎は痩せていた。

 まじめそうな少年は、陽一の顔をじっと見ていた。


「君は、わたしの生まれ変わりだそうだね」

「お、おう」

「だったら、君は思い出すべきなんだ」


 夜琥弥が間に入った。


「陽一郎くん。君と陽一くんは別の人間だ。過去の事はもういいじゃないか」


 陽一郎はちらりと目だけ夜琥弥に向けた。


「いいえ」


 淡々と答える姿を見て、陽一は、本当にこの男が自分の生まれる前の姿なのだろうか、と思った。


 冷たい印象がある。


「わたしは君がうらやましい」


 陽一郎はそう言って黙り込むと、目をすっと上げた。


「だからこそ、君は真実を知るべきだ」


 真実。


「し、知ってるよ。うぐいす姫が鬼だって呼ばれたことも、人間食った事だって知ってるさ。晶だって苦しんだんだ。もう、すんだ事をほじくり返すんじゃねえよ」


 言い返したが、陽一郎はむっつりと怒った顔をしている。


「すんだ事? 君は何も知らずにのうのうと生きてきた。でも、見るんだ」


 目の前に横たわった自分がいる。今にも死にかけていた。


 そして、見たこともない男が自分の体を抱いていた。


「あ、あの、誰っスか?」

「俺の事はいい。それよりも早くこの体に戻れ、危険な状態だ」


 男が言ったが、陽一郎がそれを阻んだ。


「そうはさせない」


 そう言って、陽一の手をつかんだ。


「な、何するんだよっ」

「一緒に来るんだ」


 何をさせるのか。

 焦って夜琥弥を見ると、彼は首を振った。


「ここでは自由を与えている。制約がないため、僕には止めることができない」

「そんなっ」


 そんなのありかよ、と陽一は思った。その瞬間、陽一はがくりと意識を失った。


 陽一郎が、大昔の過去へ連れて行ってしまった。


 魂だけになった陽一が地面に倒れこむ。


「おいっ」


 正勝が声を荒げた。


「貴様には生きていてもらわねばならぬっ」


 正勝の様子を見て、夜琥弥は驚いていた。いつも冷静沈着の正勝がこんなに焦った姿を見たのは初めてだった。


「大丈夫だよ、たぶん」


 夜琥弥がそっと肩に触れると、正勝が顔を上げた。


「え?」

「むしろ、今のうちに陽一くんの体を実体に戻そう。その方が体温も戻るはずだから」


 夜琥弥がそう言うのなら間違いないだろう。正勝は頷いて陽一を寝かせた。

 実体と魂だけの陽一を並べて、夜琥弥が呪文を唱えた。魂が陽一の体に入る。頬に赤みがさしたのを見て、正勝がほっとした顔になった。


「助かりました」

「でも、心はない。陽一くんは陽一郎くんの過去に連れていかれてしまった」

「夜琥弥さまはご存知なのですか?」


 正勝が夜琥弥に尋ねる。


「何を?」


 夜琥弥は首を振った。


「いいや。僕だって真実は知らないよ。この、鬼ですら、知らないだろう」



 鬼は、いつの間にかスヤスヤと眠っていた。



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