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月夜見(月の異名)


 


 月の使者たちが還り、その場に残った舞は、おろおろしながら、兄を見つめた。



「お兄様、晶さまは大丈夫でしょうか。お顔の色が優れませぬが」

「我は大丈夫じゃ」


 突然、晶が目を覚まし、もぞもぞと俊介の腕から逃れようとしたが、支える俊介の力が上だった。


「もう、よい。おろせ」


 晶は目を吊り上げたが、俊介は黙って首を振った。


「姫はお休みになられた方がよい」


 俊介も言い出したら聞かない。晶は好きにさせた。


「どうする、瞬間移動で部屋に戻るか」


 俊介が妹に言うと、舞は首を振った。


「晶さまのことを思えばそうしたいのですが、わたくし、すごく気になることがあるのです」

「…陽一郎だな」


 兄が鋭く言った。


「近くにいるのか」

「いるぞ」


 晶が答えた。


「陽一はこのマンションにいる」


 舞は心配そうに兄を見上げた。


「確認した方がよさそうだ」


 三人は屋上から下りることにした。ハンターの気配はない。

 鍵を解除してドアを開けると、階段のところにしゃがみ込んで、うたた寝をする陽一を見つけた。

 三人は唖然とした。


「な、なんでこんなところに…」


 舞が茫然と呟いた。


「陽一さま、起きてくださいっ」


 舞が寝ている陽一の肩をゆすると、彼は顔をこすって目を覚ました。


「あれ? 舞ちゃん…」

「こんなところで寝ていると暑さで倒れてしまいますよ」

「平気だよ、それより!」


 彼はびっくりするほど元気いっぱいに顔をほころばせた。


「また会えた!」


 がばっと立ち上がり、満面の笑みで舞の手を握る。

 それを見て晶は胸が張り裂けそうになった。

 自分は眼中にないらしい。


「これは一体…」


 俊介がわけが分からないという顔をしている。


 ――陽一は、舞をうぐいす姫だと思っておる。お主も話を合わせるのだ。


 晶がすかさずテレパシーを送ると、


「は?」


 と俊介が眉をひそめたが、晶は目を合わせなかった。


「姫…」


 ――我を姫と呼ぶのを禁ずる。


 俊介は口をつぐみ、この状況を把握するのに数秒を要した。


「あ、あの、陽一さま、もう夜も遅いですし、お帰りになった方がよろしいかと思います」

「え? あ、もうこんな時間、やべえ、母さんにどやされる。あれ?」


 陽一はようやく俊介に抱きかかえられている晶に気付いた。


「こいつどうかしたの? 歩けないのか」

「歩けるぞ」


 晶はそう言って俊介の腕からするりと抜け出した。

 飛び下りた時に少しふらついたが、晶は何とか踏ん張った。

 俊介が差し出す手を晶は制した。

 気にした様子もない陽一は、舞に言った。


「舞ちゃん、明日暇かな。よかったら映画行こうよ。俺、おごるから」

「で、でも…」


 舞は困ったように晶の方を見た。

 晶はプイと顔をそむけた。


「許す。行って来い」

「なんで、こいつの許可がいるんだよ」


 陽一が口を尖らせる。

 そのうち、様子を窺っていた俊介から、ただならぬ殺気が漂い始めた。


 晶は素知らぬ顔で階段を降り始めた。


「舞、夜道は危険じゃ、陽一を送ってやれ」

「な、ななんでわたくしが」

「とんでもない。舞ちゃんの方が危険だよ」


 陽一は慌てて言った。


「俺、すぐに帰るから。住んでいるマンションはここなんだよね、明日の昼過ぎ、一時に待ち合わせしようよ」

「分かりました」


 舞がしおらしく答えたのを見て、陽一はもう一度、舞の手を強く握ると帰って行った。




 陽一の姿が見えなくなり、晶はすたすたと部屋に向かった。

 俊介と舞はその後を追う。


 部屋のソファに座ると、舞がすぐに飲み物を用意した。

 俊介は立ったまま頭を押さえた。


「説明していただけますか?」

「見たままじゃ、奴こそが陽一郎の生まれ変わり。名を陽一と申す」

「陽一…?」


 俊介が顔をしかめている。

 晶は渡されたオレンジジュースを少しだけ飲んだ。


「名前が一字抜けただけで、アホに生まれたんじゃ」


 そう説明する晶の姿は、なんとなく寂しそうに見えた。

 舞は、晶の隣に座った。


「晶さま、早めに誤解を解いた方がいいと思います。陽一さまはすぐに理解してくださいます」

「つまり、あの者は舞をうぐいす姫だと思っているのだな」


 俊介の目が吊り上がった。


「はい」


 舞がおどおどと肩をすくめた。


「案ずるな。なんとかする」

「また、陽一郎さまのおそばから消えるのですか?」


 舞が小さく呟いた。

 これまで晶は何度も陽一郎を諦めて姿を消してきた。


「せっかく陽一さまが見つけてくださったのに。終わりですか?」


 晶は何も答えなかった。


 終わりなど永遠に来ない。

 陽一郎は18歳の誕生日を迎えると、うぐいす姫の記憶を失い、残りの人生を取り戻すことができる。

 これまで何度も陽一郎が幸せになるのを見届けてきた。彼が幸せになるのであれば、うぐいす姫のことなど忘れてしまった方がよいのだ。


 だが、何度転生しても、彼はうぐいす姫を求める。

 どこかで、断ち切らねばならぬのか。

 その時がとうとう、やって来たのだろうか。


 晶は目を閉じた。


「これが終わったら、月に還る」

「えっ?」


 舞がぎょっと目を見開いた。


「今、なんとおっしゃったのですか?」

「陽一郎の記憶が消えたら、月に還ると申したのじゃ」

「本当ですか? 姫さま」


 俊介も信じられない、という顔をしていた。


「我がここにいれば、ハンターにも追われるし舞にも危険が及ぶかもしれぬ。そうなる前に全てを始末して、我は月に還るとしよう」

「今すぐでもいいんですよ。殿下はいつでも姫さまを待っておられます」


 俊介は膝を突いて懇願した。

 晶は首を振った。


「我が月に還ったとして、陽一郎の記憶はどうなる。彼は記憶を失っても、うぐいす姫を探す目的ももって再び生まれてくる。しかし、今回、我がそれを絶ち切れば、彼は二度とうぐいす姫を想うまい」

「いいのですか?」


 舞が泣きそうな顔をしていた。


「どうしてお主が泣くのだ」

「だって…」


 舞がぐずぐずと鼻をすすった。


「晶さまはずっと、陽一郎さまを見続けて参りました。お声をかけたかったろうし、顔を見てお話ししたいと思ったことも何度もあったはずです。ですが、晶さまは、常に見守る姿勢を崩しませんでした。ずっと、陽一郎さまのためを思って、自分の想いを隠してこられた。最後に一度、本心を打ち明けてお互いが幸せになってもいいのではないのですか?」

「我は鬼じゃ」

「いいえ。違います」

「もうよい。舞、明日、陽一と会うのだろう」

「え?」

「我も一緒に行く」

「本当ですか?」


 舞は涙を拭いて、うれしそうに笑った。


「どうなさるのですか?」


 俊介が尋ねると、晶は小さく微笑んだ。


「縁を断ち切るのじゃ。案ずるな、記憶を消したりなどはしない」


 晶の言葉を聞いて、舞は不安に駆られた。


「ああ、晶さま、どうかご自分を大切にしてくださいませ」

「我は常に自分が大事じゃ」


 にやりと晶は笑った。



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