逸る心
◇◇◇
二人の少女が見えなくなって、陽一は、しばらく公園で立ち尽くしていた。
本当にいたんだ。
ハッと我に返り、キャップを目深にかぶると自転車をのろのろ押して公園を出た。
信じられない。舞ちゃん、かわいい女の子だった。
色が白くて金色に近い髪の色をしていた。外国人との混血なのかな。つぶらな瞳がたまらなく綺麗だった。
隣にいた少年みたいな子はあまり見ていない。ちんまりして頭も小さくて、手足も小さかった気がする。
態度だけはやたら尊大で、なんとなく嫌な感じだったが。
舞ちゃんは、また、連絡をくれると言っていた。
陽一は自転車にまたがるとどこへ向かうともなく漕ぎだした。頭はまだ麻痺したみたいにぼんやりしている。
会いたい。もっと話しをしたかったのに。
あの小さい子、あきらとか言ったかな、あの子のせいだ。
陽一はむっと顔をしかめると、あの子には会いたくない、と思った。
うぐいす姫の何を知っている、とあの子は聞いてきた。
何も知らない。ただ、運命の相手というだけだ。
家に着いた時、午後六時を過ぎていた。その時間になっても空は明るい。
自転車を車庫に入れて家に入った。
リビングに入ると、母が夕食の準備をしていた。
「ただいま」
「お帰り、あんた、財布を忘れていたでしょ」
母がテーブルに置いてあった財布を渡してくれた。陽一は目を見張った。
「これ、どこにあった?」
「お風呂場よ。あんた、ポケットに入れてたんでしょ」
夜、洋服を脱ぐときに適当に置いたのだろう。また、母の小言が始まった。
陽一は食器を並べるのを手伝いながら適当にあいづちを打った。
「ねえ、母さん、うぐいす姫って知ってる?」
話が終わったのを見計らい、陽一が聞くと、母はぴたっと口を閉じて眉をひそめた。
「あんたが子どもの頃、うるさいくらい言っていた姫の話?」
「あ、覚えてる?」
「覚えてるも何も、あいつ、鬼だよって言っていたじゃない」
「鬼?」
「そうよ、うぐいす姫は本当は鬼の子なんだって言ったのを最後に、あんたはその話をしなくなったのよ。よほど怖かったのね」
陽一は食器を置いて、顔をしかめた。
「覚えてねえ……」
母はそれきり何も言わなかった。
食事中も陽一は鬼のことを考えたが、何も覚えていなかった。
うぐいす姫が鬼? 意味わかんねえ。
食事をすませ部屋に入り、そのままベランダに出て空を眺めた。
「あ、今日は満月じゃねえか」
陽一は満月が苦手だった。
丸い月を見ると胸がざわざわする。息苦しくてため息が出るし、力が抜ける気がするのだ。
早々と部屋に戻ろうと思うと、月のまわりをゆらゆらと黒い影がまとっているのが見えた。
「え?」
陽一は目を細めてじっと見つめた。
月が変じゃねえ?
ドキドキと胸が高鳴りだした。
ベランダにいた陽一は身をひるがえして、すぐさま玄関へと走っていた。
夜は危ないから出るな、と母から言われていたが、そうは言っていられなかった。
今日はうぐいす姫に会えた日だ。なんかあるんじゃねえか。
大きな月から一筋の光りが、ある一点に向かって落ちている。
何か起きている。でも、誰も気づいていない。自分しか知らない。
興味心がむくむくと沸き起こり、陽一は走った。
月明かりが射す方向は綺麗なマンションだった。
自分の家から近い。
ハアハア言いながらマンションを見上げると、まだ屋上に光りが集まっている。
気持ちが逸る。
中に入ろうとしたが入り口はオートロックだった。しかし、マンションの住人がちょうど下りてきて、ドアが開いたと同時にすり抜けた。
呼び止められるかと思ったが、誰も止めなかった。
エレベーターで屋上まで上がる。外へ出るためのドアが見えた。
陽一はドキドキとしながらドアノブに手をかけた。しかし、ドアはびくともしない。
「開かないっ」
当然だった。屋上は立ち入り禁止になっていた。
陽一はがっくりと肩を落とした。




