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月人男(月を擬人化していう称)



 

 マンションの屋上で晶は月を見上げた。


 金色の満月だ。

 満月は心を和ませる。

 力が満ちているのが分かる。


 昼間、不愉快な思いをした分、ここで全部消してしまいたい。

 晶は深く息を吐いた。


婀姫羅あきら


 本当の名を呼ぶのは彼女の兄、慶之介けいのすけだ。見かけは若者だが、年ははっきりしない。

 月から来る使者は兄と複数の部下たちだ。

 兄は末っ子の晶をかわいがっており、一秒でも早く月へ連れて帰りたいと願っていた。

 月に一度、満月の夜に兄は現れる。


「髪の毛をどうした」


 戸惑いながらも、妹の頭を優しく撫でる。


「切ったのじゃ、暑いからの」


 晶は淡々と答えた。慶之介は吐息をついた。


「暑いと云う理由だけであの長い髪を切ってしまうのか」

「我の勝手であろう」


 晶の勝手は一つ二つどころではない。

 月へ還って来いと何度言っても彼女は頑として戻ろうとしなかった。体の中にくすぶる鬼が消えるまで、晶は戻るつもりはない。

 

 なぜ、うぐいす姫が鬼と呼ばれるようになったのか。

 それを知るのは、晶ともう一人。

 そのもう一人とは陽一郎である。

 彼は真実を知っていた。


 しかし、晶は口を開かないし、陽一郎と接触をしないため、鬼の謎は解けていない。


 慶之介は深くため息をついた。

 うぐいす姫を地上へ下ろしたのは月の人たちの誤りだった。


 遠い昔、月で戦いがあった。

 晶の母親は晶を守るため地上へと送り、鶯の卵に託した。

 鶯の卵から生まれたうぐいす姫は大切に育てられたが、育ての親が亡くなり一人ぼっちになった。

 ようやくうぐいす姫を探し当て月へ戻そうとしたが、時はすでに遅くうぐいす姫は死んでしまった。


 だが、その後、晶は転生を繰り返している。


 晶は皇族の中でもひときわ力の強い母親を持つ、一人娘だった。

 母親は違うが、慶之介にとって、大切な義妹である。

 晶の計り知れない力と彼女の魅力は月の住人たちの誰よりも強い。



 晶が長いまつげを瞬かせて、慶之介を仰いだ。


「兄上、始めよう」

「承知した」


 晶が手を差し出す。

 慶之介は晶の手をそっと握り、力を使って封じ込めた。

 晶の力を抑え込めるのは、慶之介か部下の俊介しゅんすけくらいである。


 俊介と云うのは、舞の血筋にあたる者で、一番信頼している部下の一人だ。


 晶が脱力した。意識がなくなった拍子に、晶の中に潜む鬼がカッと目を見開いた。


 晶の頭に角が生え、鋭い歯が牙を剥き爪が伸びた。

 唸り声を上げる鬼を封じたまま、慶之介は鬼の口に手を当てた。

 黒い煙のようなものが口から出てくる。

 月明かりに照らされるとそれは浄化された。

 鬼はうめきながらも、口から黒い煙を吐き出した。

 そして、最後に鬼が吠えた。


 がくり、とうなだれ晶の姿に戻る。

 それからすぐに晶が目を覚ました。




 目を覚ました晶の元へ舞が駆け寄った。


「晶さま」

「大丈夫じゃ」


 舞が晶を抱き起したその時、


「兄上っ」


 と、晶が声を張り上げた。


 晶が右手で振り払うと、飛びかかって来た男が弾き飛ばされた。


「ハンターだ。姫を守れ!」


 月の使者が太刀を抜く。

 黒服にサングラス姿のハンターは鋭い爪を晶に向けていた。


「鬼の首を取れっ」


 空から声がしてもう一人、大柄な男が飛びかかった。


 ハンターは全身が狩りをする姿となっている。歯は鋭く力は人の数十倍はあり、切られると皮膚が裂ける。


「姫さまっ」


 俊介が、晶を抱きかかえてその場を離れた。

 鬼に変身をした後の晶は体力を奪われていた。


 俊介の肩をつかむ手が震えていた。

 慶之介の部下がいっせいにハンターに切りかかった。大柄な男は手ごわく、部下の刀を折り、手傷を負わせた。


「なぜここにハンターがいるのだっ」


 慶之介が叫んだ。

 ハンターには月の光を追う能力はない。浄化にハンターが邪魔に入ったのは初めてだ。


「もしや、陽一郎さまがいるのではっ」


 舞が叫んだ。


三輪守みわのかみをっ」


 慶之介が大太刀の名を呼んだ。瞬時に、大太刀が現れる。

 190センチの長身の慶之介が持つ大太刀は、長さ150センチ以上もある。

 彼が大太刀をふるった瞬間、ハンターの姿が真っ二つになり消えた。

 ハンターが消えたのを確認すると、慶之介は大太刀を使者に持たせた。


「婀姫羅は無事か?」

「ご無事です」


 俊介に抱きかかえられた晶は、目を閉じて静かに呼吸をしている。

 慶之介は安堵した。


「このまま連れて帰りたいが、無理なのだろうな」

「姫さまは、殿下以上に頑固ですから」


 俊介が笑う。甘いマスクの彼はつわものにしておくにはもったいない容姿をしていた。

 長身の上にたくましい体を持ち、低い声は月の女性を虜にする。


 しかし、俊介は常に慶之介の警護にまわり、うぐいす姫のためなら何でもする意思があった。

 晶にはまだ言っていないのだが、慶之介はいずれ、俊介と晶を結婚させるつもりでいた。

 舞に知られたら、一秒後に晶に伝わるため黙っている。


「陽一郎がいると申したな」

「はい。今日、陽一郎さまとお会いになられました」

「二人の間に一体、何があったのか」

「分かりませぬ」


 舞は悲しげに答えた。


「ハンターにあの若者を取られぬよう、俊介もこちらで晶を守るのだ」

「御意に」


 俊介が頭を下げたのを見て、慶之介は、つきへと還った。



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