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うぐいす姫 ~鬼と呼ばれた姫~  作者: 春野セイ


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暑い夏


◇◇◇



 今年の夏はとくに暑い。

 夏は暑いものだと相場は決まっているが、年々暑さが厳しくなっている。分かっているのに、ついつい言ってしまうものだ。


 晶《あきら》はだらしなくソファの上で足を投げ出し、扇子で自分の顔を仰ぎながら、舞《まい》に向かってぼやいた。


「舞、暑いぞ、なんとかならんのか」


 エコ設定などもってのほか。エアコンをつけていても部屋の中は暑い。

 晶は扇子を放り出すと、少し前にショートに短くした前髪をいじった。

 大きなぱっちりした目、鼻筋の通った愛らしい少女である。足はほっそりしていて、身長は155センチと小柄だが、まだ十六歳だし、これから伸びるはずだと信じている。


「おい、舞《まい》、聞いているのか」

「聞いていますよ」


 キッチンで洗い物をしながら舞が返事をした。

 彼女も晶と同じく十六歳の少女だが、晶とは正反対で清楚な少女だ。

 まっすぐに伸びた背中までの長い髪は金髪。舞の肌は透けるように白く、二重の目はくっきりとして薄い唇の形も整った美少女である。身長は160センチあり、彼女もまた、これからもっと伸びる予定である(と本人は思っている)。


 片づけを終えた舞は、冷凍庫からミニカップのアイスクリームを出して晶に渡した。


「どうぞ」

「うむ」


 晶は受け取って蓋を開けた。

 チョコチップの入ったクッキーアイスクリームに晶の顔が輝いた。

 彼女はアイスクリームが大好きだった。

 スプーンですくって口に入れる。甘いアイスクリームが舌の上で溶けた。


「んまい……」

「晶さま、今日は陽一郎さまに会いに行かないのですか? 今宵は満月ですよ。そろそろ会ってお話しなさった方がいいと思いますけど」

「ん? 誰だ、陽一郎って」

「また、とぼけたりして」


 舞は自分もアイスを手に取ると向かいのソファに座った。一緒にアイスクリームを食べ始める。


「晶さまの運命の相手です。今年の夏で十六歳ですわ」

「そうだったかな」


 晶は一生懸命アイスを食べている。

 天真爛漫なその姿はあどけなく、同じ年の舞は思わず笑ってしまった。


「なんだ? 何を笑っている」

「晶さま、かわいい」


 舞の言葉に、晶は顔をしかめた。


「何がかわいいだ。ふざけたことを申すな」

「あああ、どうして髪を切ったのです? すごく似合っていたのに」

「長い髪は暑い」


 晶は先日まで髪を伸ばしていたのだが、暑い暑いと言って、ばっさりとショートカットにしてしまった。それが舞には残念でならない。


「髪の毛などすぐに伸びる」

「まあ、そうですけど」


 舞も最後の一口まで食べてしまった。


「ごちそうさまです。それにしても今日も本当に暑いですわね。陽一郎さま、大丈夫かしら」


 舞が意味ありげに言って晶を見た。


「どういうことだ?」

「だって、あの方、少しおっちょこちょいでしょ。この暑さで体が参ってしまうのではないかしら」


 晶は少し考えた。

 この時代に転生してから、とりあえず毎日、陽一郎の様子をこっそりと観察している。しかし、今世《こんせい》の陽一郎は今までと少し違った。


 過去の陽一郎は、皆、かしこくてはきはきと物を言う頼もしい少年だった。しかし、今の陽一郎はなんというかその……はっきり言うとアホなのだ。


「あれは本当に陽一郎の生まれ変わりだろうか……」


 自転車で移動をする陽一郎はすでにまっ黒に日焼けして、夏休みに入ってからは、毎日、友達と遊びまわっている。

 晶もそんな元気な陽一郎を見るのがほんの少し楽しみで、今日は何をするのかなと思うだけで心が弾んだ。

 しかし、今日はまだ会いに行っていない。

 会うといっても、彼に気づかれないようにこっそりと覗くだけなのだが。


「追っかけって言うんだそうですよ」

「ふんっ」


 晶は屑かごにアイスのパックを捨てると、キッチンへ行って手を洗った。


「どこへ行かれるのです?」

「散歩っ」


 晶が言うと、舞はあたふたと立ち上がり、あとを追いかけた。


「晶さま、日焼けするから日傘をお持ちください」

「うむ」


 黒い日傘を用意して二人は外へと出る。

 出た瞬間からセミの大合唱が聞こえた。太陽はカンカン照りで舞はげんなりしたが、晶はさっさと歩き始めた。


 黒い日傘を差した少女たちは割りと目立ったが、通りにほとんど人はなかった。

 さるすべりの花が住宅の庭のあちこちに見える。


 アスファルトのすき間からはハルジオンが咲いていて、ずっと日照り続きのためか花はしおれかけていた。

 晶は立ち止るとハルジオンに手をかざした。すると、少しだけ頭を上げて葉に力が宿る。晶は周りを見渡したが、影になるような建物はない。


「雨を降らすことまではできぬ」


 晶が小さく呟いた。


 晶は、陽一郎のけはいをたどり公園の方へ足を向けた。

 二人は公園に入ったが、この暑さのせいだろう、ほとんど人がおらず閑散《かんさん》としていた。

 水飲み場まで来て呟いた。


「おらぬの」


 陽一郎の気配はここで消えていた。


「晶さま」


 舞が背後から声をかけた。


「ん?」

「これ」


 舞が持っていたのは、見覚えのある黒いキャップ帽だった。



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