記憶
◇◇◇
陽一と出会った時から、うぐいす姫は決めていた。
これで終わりにする。ハンターとの諍いも陽一郎との関係も。
そして、自分は――。
どこへ行くのだろう。
うぐいす姫は、一瞬だが遠い目をした。
これから我はどこへ行くのか。魂は永遠を彷徨い、二度と兄や舞にも会えないかもしれない。けれど、それでもよかった。我は間違ってはいない。
うぐいす姫は御簾の向こうへ陽一を寝かせるとすぐに踵を返し、赤猪子の元へ走った。社へ入る結界は破られてはいない。うぐいす姫は安堵した。
「おばば」
赤猪子は結界の向こうを見据えたままだ。破られてはいないが、こちらからはハンターたちの姿がはっきりと見えた。
暗闇に潜む男と女たちは皆、真っ黒のサングラスをしている。なぜか、あのサングラスは暗闇の中でもはっきりと見えているらしい。
ハンターからすると、うぐいす姫は月のように明るく見えているようなのだ。ハンターはいつでも襲いかかれるように腰を低くして睨んでいる。
「これほどまでに奴らが集結しているのは初めて見る」
うぐいす姫が小さく吐息をつくと、赤猪子がにやりと笑った。
「腕が鳴りますわ」
「おばば、我はハンターを一人も殺すつもりはない。奴らの穢れを吸うつもりじゃ」
「そうおっしゃると思っていました」
「手助けしてくれるのであろう」
「そのお体、鬼に譲るおつもりで?」
赤猪子が尋ねたが、うぐいす姫は答えなかった。
「わしを呼んだ理由はよく分かっております。ですが、わしにも意思はありますぞ。姫を消すような真似は絶対にさせませぬ」
うぐいす姫は、赤猪子のそばに寄ると、そっと彼女の肩に手を乗せた。
「姫?」
赤猪子が振り向いて目を見開く。
「我が命じる。三輪守、陽一を守れ」
赤猪子の体が大太刀へと変化する。がたん、と音を立てて床へと落ちた。うぐいす姫は大太刀を宙に浮かせ、陽一の眠る奥の部屋へと見送った。
大太刀の姿がなくなると、結界の方へ顔を向けた。手を上げて振り下ろし、結界を解く。遮る壁が消えて、信じられないという顔のハンターたちが後ずさりした。
しかし、一人だけ前へ出てくる男がいた。
「鬼め、容赦せんぞ」
暗闇に浮かぶ白い肌、黒いサングラスをして、鼻筋の通った端正な顔の男。
薄情そうな唇の端を上げてにやりと笑い、うぐいす姫に近づく。
声に聞き覚えがあった。
陽一郎の兄の意識を植え付けられた男、新太郎であった。
新太郎の姿を見たうぐいす姫は、一瞬、目を大きく見開いたが納得したように頷いた。
「そうか、お主の記憶まで……。にしても、ずいぶん早くこの場所が分かったの。どのようにして知ったのか」
「お前が知る必要はない」
新太郎はゆっくりと社の方へ近づいて来る。
これからこの男と話をしなくてはならない。息を吐いて顔を上げた時、うぐいす姫の顔は笑っていなかった。
そして、突然、境内を降りて彼らに近づくと、膝を折ってその場に安座した。新太郎が足を止めて眉をひそめる。
「鬼、何のつもりだ」
「我と取引をせぬか?」
「取引?」
新太郎が目配せをすると、ハンターたちがうぐいす姫の周りを取り囲んだ。それでも、うぐいす姫は新太郎だけを見つめた。
「我を殺しても、お主らの憎しみは消えることはなく、行き場のない怒りを抱いたままであろう。我は死者を出したくない。取引とはお主らの穢れを全て呑んでやる」
新太郎は目を見張ったが、すぐに顔を引き締めると腰に帯びていた刀を抜いて、うぐいす姫の首筋に当てた。
「取引と言ったな。お前は何を望んでいるのだ」
「我の望みは鬼を消すこと」
「何?」
「我はまだ、鬼と晶との境目におる。今なら晶として死ぬことができる。鬼に魂を奪われて死ぬのは嫌なのじゃ」
新太郎は少し考えて刀を鞘へ戻した。
他のハンターたちからざわめきが起こった。新太郎が手を上げると、皆が静かになる。
「……いいだろう。鬼の望み、叶えてやる」
「かたじけない。さあ、我が暴れぬよう手足を縛ってくれ」
両手を差し出すと、新太郎は周りのハンターに目配せした。ハンターの一人が例の黒水晶を取り出した。それを見たうぐいす姫は顔をしかめた。
黒水晶からは異様な力を感じる。見ているだけで気分が悪くなる。
ハンターが黒水晶をうぐいす姫の膝の上に置くと、たちまち光る輪が現れ、首元、胸と腰、両足首まで皮膚を食い込むほど縛りつけた。
しかし、手首だけは穢れを吸うために自由に動けるようにしている。
「よい。さあ、誰から始めよう」
身動きの取れなくなったうぐいす姫に、年かさのいったハンターの男がよろよろと近づいた。
「うぐいす姫さま……」
過去に村人だった記憶を植え付けられたハンターは穢れを吸ってほしいがためにひざまずいた。
「わしからお願いします。この世で生きる苦しみを全て取り除いてくだされ」
「主の手を貸しなされ」
うぐいす姫が手を差し出すと、男が皺だらけの手を乗せた。うぐいす姫は手のひらから穢れを吸収した。男の顔が安らかになると、ふわっと体が傾いだ。
「あっ」
新太郎が慌てて駆け寄ると、男は眠っていた。
「案ずるな、この者はもうハンターとなることはない。我のことも覚えておらぬ」
ハンターたちのざわめきが起こると同時、彼らは一斉にうぐいす姫に手を差し出した。うぐいす姫の赤い瞳がほんの少し光った。




