いくじなし
◇◇◇
うるさい。うるさいっ。何だ、この不快な音は。
静けさを破る音は耳元で鳴っているようだ。陽一は目を閉じていたが、どこかで鳴るその音に苛々した。
「もう、やめろっ」
横になっていた陽一は思い切り手を振り上げると、ばりっと何かが破れる音と、ぷつん、と糸が切れる感覚に目を覚ました。
「な、何だっ?」
不思議な感覚にハッとして目が覚める。
いつの間にか古ぼけた御簾のある部屋で寝かされていた。しかし、その御簾は斜めに斬られていて、ちぎれかけた簾がどさっと畳の上に落ちた。
「な、なんだここ……」
その時、窓の外からガシャガシャとガラスをたたく音に気付いた。回廊から腰高障子のガラスを必死でたたく沙耶が見えた。
「さやちゃん……?」
陽一は起き上がってから額を押さえた。さっきの不快な音は沙耶が叩いていたガラスなのだと知る。
それにしても、やけに頭がクリアになっている気がする。しかし、なぜか胸が痛く重苦しい気持ちで、気分はあまり良くなかった。
のっそり起き上がり障子を開けた。沙耶が驚いた顔をした。
「さやちゃん、どうしてここに?」
沙耶は陽一の質問には答えなかった。その代わり恐る恐る手を出して、
「嘘……。さっきまで結界が張ってあったのに……」
と呟いて、土足で中に入ってきた。
「さやちゃん、靴を脱がなきゃ」
「平気よ。鬼の棲みかだもの」
陽一はムッとした。ハンターだからって何をしてもいいわけじゃない。
しかし、沙耶の様子を見ていると、そんな細かい事を言える感じではなかった。
「あなたを呼びに来たのよ」
「さやちゃん。もうやめようよ」
「今宵は新月よ。急がなきゃ」
「え?」
沙耶はそう言いながら、サングラスをかけた。
「あなたもかけて」
陽一は、ここへ来てサングラスをかけた事を思い出した。
ポケットのサングラスを取り出して眺めているうちに胸騒ぎがした。
「もしかして、俺がここにいるって知ったのは、これのせい?」
「ええ。悪いけど、GPSが仕込まれているわ」
「なんでそんな事……」
陽一が絶句する。
サングラスを持っているだけで、居場所が知れてしまうのだ。
「うぐいす姫と接点があるのは、あなたしかいないもの」
悪びれもせず沙耶は言う。
「早く、新太郎さんたちは本殿の裏にいるわ。わたしたちも合流しましょう」
沙耶が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
「嫌だよ、俺はもう関係ない。早く家に帰らせてくれ」
「何を言っているの。あなたは言ったじゃない。どうやったらうぐいす姫を殺すことができるのかって。約束したでしょ」
確かに自分は言った。あの時は、うぐいす姫が憎くて仕方なかった。
だが、今は違う。殺したいと思うほど憎めない。うぐいす姫は、鬼の姿をしていたが、殺す理由がない。
殺したくない。
「俺の事は放っておいて。俺は運命の相手じゃないし……」
「まだ、そんなことを言っているのっ?」
沙耶は叫んでから、陽一の背後に落ちている大太刀に気付いた。
「あれは?」
陽一の目には、その刀から異様な気配を感じられた。二人は刀に近づいた。陽一郎が触ろうとすると、どこからか声がした。
――触らない方がいい。
ハッとする。
夜久弥の声だと気付く。陽一は辺りを見渡したが姿は見えない。沙耶には聞こえないのだろう。眉をひそめて陽一を見ている。
「陽一くん?」
「いや、何でもないよ。この刀は不気味だ」
「これは大太刀よ。あなたが使わないのなら、わたしが使うわ」
「えっ?」
止める前に沙耶が大太刀を手に取った。
重くないのだろうか、と心配したが、沙耶は軽々と持つと、踵を返して走りだした。
「ど、どこへ行くんだよっ」
「みんなの所よ。あなたみたいな意気地なしはもう必要ないわっ」
女の子に言われた事がショックだった。
陽一は唇を噛むと、苦々しい顔で沙耶を追いかけた。




