月夜烏(月の明るい晩に浮かれて鳴き出す烏)
二人が去ってからも、陽一はしばらくその場に立っていた。
本当だったんだ。
我に返り、帽子を目深にかぶると自転車をのろのろ押して公園を出た。
舞ちゃん、かわいかったなあ。
色が白くて金色に近い髪の色をしていた。外国人との混血なのかな。つぶらな瞳がたまらなく綺麗だった。
隣にいた子はあまり見ていない。頭も小さくて全体的にちんまりしていた気がする。
態度だけはやたら威張っていたが。
舞ちゃんは連絡をくれると言っていた。
陽一は自転車にまたがってどこへ向かうともなく漕ぎだした。
頭は麻痺したみたいにぼんやりしている。
会いたい。
もっと話しをしたかったのに。
あの小さい子、あきらとか言ったかなあの子のせいだ。
陽一はむっと顔をしかめると、あの子には会いたくないと思った。
うぐいす姫の何を知っている、とあの子は聞いた。
何も知らない。
ただ、運命の相手というだけだ。
だから何なんだ。
家に着いた時、午後六時を過ぎていた。その時間になっても空は明るい。
自転車を車庫に入れて家に入った。
リビングに入るとキッチンで母が夕食の準備をしていた。
「ただいま」
「お帰り、あんた、財布を忘れていたでしょ」
母が財布を渡してくる。陽一は目を見張った。
「これ、どこにあった?」
「お風呂場よ、あんた、ポケットに入れたんでしょ」
夜、洋服を脱ぐときに適当に置いたのだろう。また、母の小言が始まった。
陽一は食器を並べるのを手伝いながら適当に相槌を打った。
「ねえ、母さん、うぐいす姫って知ってる?」
話が終わったのを見計らい陽一が聞くと、母は口をぴたっと閉じて、眉をひそめた。
「子供の頃、うるさかったあの話?」
「あ、覚えてる?」
「覚えてるも何も、鬼だよあいつって言ってたじゃない」
「鬼?」
「そうよ。うぐいす姫は本当は鬼だったって。それを最後にあんたはその話をしなくなったのよ。よほど怖かったのね」
陽一は食器をそっと置いて顔をしかめた。
「覚えてねえ」
母はそれきり何も言わなかった。
食事中も静かだった陽一はずっと鬼のことを考えたが、何も思い出せなかった。
うぐいす姫が鬼? 意味わかんねえ。
食事を終えて部屋に上がり、ベランダに出て空を眺めた。
「あ、今日は満月じゃねえか」
陽一は満月が苦手だった。