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ベネ・メレンティに祝福を  作者: 美浜忠吉
アブソルトジャスティア軍事学校の毎日
19/21

Lesson11

○


 とにかく気を取り直したプロクスは簡易訓練場の左方で、重くて使いづらい三メートルの真鍮で出来た槍をやっとこさ両手で持って石突きを地面に突き立てながら支えていた。


 そんなプロクスとは正反対に簡易訓練場の右方で、スマラグダは右手で天に向かって持ち上げ、くるくると楽しそうにプロクスと同じ槍を回転させていた。


「よし、まずはプロクスとスマラグダ二人が決闘だ! ルールは武器を手放すか壊すか、それか動けなくなる怪我を負ったらそこで終了だ!」

「は、はい!」

「分かりました!」


「用意はいいな!?」


 アウステロンの声に、プロクスは槍をどうにか両手で持ち上げ矛先をスマラグダの顔に向けた。


 スマラグダもプロクスに倣って彼の顔に矛先を向けていたが、両手で槍を持っている姿は気軽である。


「……始めえええ!!!」


 その合図と共に模擬決闘が開催され、プロクスは両手で握る槍を必死に持ち上げてスマラグダへ駆けようとした。


「うらあああああ……重いいいいいい!」


 だが槍が重たすぎるあまりにプロクスの足は思った以上に進まずゆっくりと、本当にゆっくりとスマラグダの元へ進んでいた。


 プロクスの足の速度に合わせて、スマラグダも鼻歌混じりに槍を右手に持ち直してクルクル回しながら彼に近付いていた。


○


「うわー、あいつ槍の使い方分かってないなあー」


 その様子を場外で見ていたプロクスに絡むトリオの軽い少年――ウィリデは、プロクスが槍を持ってのたのた歩く姿を目の当たりにして憐れむ。


「え、そうなのウィリデ?」


 それに応えるのはトリオの軽く見えるが堅実な少女――アドリビアで、彼女は槍には詳しくなかったのでどうしてプロクスの槍の使い方が悪いのか理解出来ないでいた。


「いやさあ、槍ってのは本当に重いんだよ。さっき先生も言ってたろ、六十キロってさー」

「えっ、そんな重いもんなの!?」

「ああ。実際に俺が持ってきている槍だって、

実は四十キロ近くあるんだぜ?」

「マジでえ、すっごいわねえ」


 アドリビアは特に驚いているような感じには見えずにウィリデは呆れてしまう。


「……まあともかくだよ、筋力が伴わないうちは槍を回転させたりして

勢い付けて分散させるしかないんだって」

「ああー、だからあんたはアホみたいに槍を回転させてたってわけねえ?」

「アホって言うな!」


○


 やっとこさプロクスがスマラグダの元に辿り着くころには、汗だくで息を相当切らしていた。


「ぜえ――はあ――っ!」

「あ、プロクス君たらやっと来ましたね!」


 プロクスと同じ速度で近付いていたスマラグダの額には、汗一つなく爽やかな笑顔をしていた。


「くぅ……ぜ、全然疲れてないじゃないか……」

「そうですね、プロクス君の鍛え方が足りなさすぎるんですっ!」


 そう言ってスマラグダは槍を回して遊ぶのをやめ、槍の真ん中を右手でしっかりと握るとプロクスの脳天目掛けて軽く振り下ろした。


「おわあっ!?」


 スマラグダが軽く振り下ろした槍を、プロクスは自分の持っていた槍を頭上へと強引に持ち上げ、両手で槍を横に倒して防ぐ。


 それでも六十キログラムの真鍮の槍と槍がぶつかった衝撃でプロクスの体中にびりびりと響き渡り、痺れる感覚に陥ってしまう。


「し、しし痺れるー!」

「うーん、槍ってなんだか振り下ろすだけだとあまりつまらないですね、ねっプロクス君!」


 スマラグダはプロクスに屈託のない笑顔を向けていた。


「い、いや確かにつまらないけどさささ――なななんか、

こう使い方が違いすぎててて――」

「うーん、やっぱり普通に突いた方がいいのかな?」


 次にスマラグダは槍を軽々持ち上げ、柄の真ん中を両手で握り締めた。

 それから石突きを天に向ける為に槍を半回転させた。


「おわわわ――ななな何をする気だだだ――?」

「はいっ、突きの練習をちょっと実践してみようかと!」


 そう言ってプロクスから少し距離を置いたスマラグダは石突きの先を彼の腹部に向け、これまた軽く突き出した。


「えい!」


 スマラグダの突きを防ぐためには槍を腹部に持っていくか、または投げ捨てて避けるしかプロクスには出来ない。

 つまりルールに屈したくなかった彼が取った行動はただ一つ、スマラグダの突きを黙って受け入れるのみ。


「げふっ――!」


 スマラグダの軽い筈の突きの威力はとんでもなく、腹部を突かれたプロクスは三メートル後方へ吹き飛んで這いつくばってしまう。


「なるほどーっ、これが槍の威力なんですね!」

「うげえ……は、腹が……」


 みねうちとはいえ初めて槍を正しく突いた事でスマラグダは目をキラキラと輝かせる。


 だがプロクスはスマラグダと対照的で、地面へと惨めに這いつくばって突かれた腹部を両手で押えながら絶望していた。


「うーむ……これ以上はあまりにも惨くて見てられん!

この勝負スマラグダの勝ち!!!」


 そのアウステロンの言葉と共に、場外からスマラグダを褒め称える声と、プロクスを貶しまくる声が混じり混じりで聞こえていた。


「も……もう二度と槍なんて使うものか……!」

「だ、大丈夫ですかプロクス君?」

「おわあっ!?」


 槍を地面に置いたスマラグダが地面で這いつくばって槍を手放しているプロクスの体を軽々お姫様抱っこした。

 すると生徒達のいる場外へと揺れない様に優しく運び始める。


「もう大丈夫ですからね」

「お、降ろしてスマラグダ!」


 あまりの恥ずかしさに、プロクスは顔を両手で覆い隠していた。


「えっ、どうしてです?」

「ほ、他の奴らの視線が痛すぎて俺が死んじゃう!」


 スマラグダが気付く頃にはプロクスをお姫様抱っこする姿を見てにやける者、小馬鹿にしている者、何故か怒っている者等、様々な視線がプロクスにだけ向けられていた。


 だがスマラグダはその視線を自分が受けているものだと勘違いしてしまう。


「あっ……わ、わた――わたわたわた――――!」


 スマラグダはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせながら、お姫様抱っこしているプロクスを場外のさらに向こうへと、力任せにそのまま放り投げてしまった。


「うわあああああああ!!!」


 とんでもない勢いで自分の体が吹っ飛んでいる事で、プロクスは気が気ではなかった。


「――――うげえっ!!」


 そんなプロクスが到達したのは、簡易訓練場から二十メートル離れた砂の地面であり、着地してもなおごろごろと体は転げ、気付けば三十メートル先で彼はボロ雑巾の様になりながら止まった。


「あーらら」

「さ、さっすがあたしの親友ね……多分あいつ槍ぐらいの重量あるのに、

まさかあそこまでぶん投げるなんてね……」

「おー、こわっ!」


 その様子を見ていた誰もが、スマラグダの怪力を目の当たりにして恐れていた事であろう。


○


 簡易訓練場で模擬決闘の準備をアウステロンとファキアが整えている間、スマラグダはボロ雑巾へと化したプロクスの元へと移動する。

 その後肩にプロクスを抱え、ゆっくりと第四教室の生徒達がいる簡易訓練場前へと歩き始めていた。


「さあ、次はオレと貴様でフルーレ勝負だ!」

「よろしくお願いします!」


 簡易訓練場の左方にアウステロンが立ち、右方にはファキアが立つ。

 二人の手元に持つフルーレの尖端には、間違えて相手を突き刺さないよう丸くてやや硬質なゴムで出来た栓が付けられていた。


 アウステロンはフルーレを右手で装備することで、筋骨隆々とした筋肉とフルーレの細長い刀身の見た目が相当なギャップを生み出す。


 一方、ファキアは左手にフルーレを装備することで、その細い刀身が細身である彼女のルックスを尚美しく輝かせていた。


「準備はいいか!?」

「いつでも大丈夫です!」

「それでは構え――!」


 二人はフルーレの尖端をお互いの顔に向けて構える。


「――始め!!」


 アウステロンの掛け声に、二人は瞬時に間合いを詰めた。

 それでも二人はお互いに警戒していたものだから、その間合いは充分に遠い。


○


 二人のフルーレによる模擬決闘が始まって間合いを詰めた頃、肩にボロボロのプロクスを抱えたスマラグダが二人の元へと戻ってきていた。


「ふあー……もう始まってますね」

「そ、そうだな……」

「それにしてもすごい気迫ですね、

見てるこっちもなんだか楽しくなっちゃいそうです」

「そうだな……だけど俺はもう今日は何も考えられない……」


 ボロボロのプロクスは、すっかりと放心していた。


「あ、あのープロクス君?」

「……もうそっとしといてくれー!」


 プロクスはそのまま第四教室のある教舎の方へと駆け出して行った。


「ああ! ……行っちゃった」


 プロクスの後を追いかけようかとスマラグダは考えたが、ファキアの試合を前にして思いとどまってしまう。


 ――ううん、まずはファキアの戦いを見守らなくちゃ!

 そう思い、今はただ二人の模擬決闘を見守り続けていた。


○


「どうした! 先に来ないのか!?」


 ――先生の動きがなかなか読めない……流石ね。

 ファキアはフルーレに関する身のこなしには相当な自信があった。

 それでもアウステロンの動きが読めずに様子を伺ってしまう。


「そちらが来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ!」


 せっかちな性格のアウステロンは、様子を見続けるファキアに痺れを切らして有無を言わさず先に仕掛けた。


 ――来る!

 ファキアがそう思った瞬間、アウステロンが彼女の左脇腹目掛けて突き出した。


 筋骨隆々とした重たい見た目とは裏腹に、アウステロンの身のこなしは素早く華麗であった。


 それでもファキアの素早さは天下一品であり、左脇腹に突いてきた剣先をサッと右方向へ二歩分躱(かわ)した。


「うむ、速いな!」

「先生もなかなか――そのウェイトでここまで捌けるなんて考えられません」


 右へと躱したファキアはすかさずアウステロンの右肩目掛けて突きを入れる。


「ふんっ!」


 だがその途中に彼の持つフルーレで力強く払われた。


「くっ――す、すごい力だわ」

「ガッハッハッハ! だんだんコレのコツも掴めてきたぞ!」


 アウステロンは豪快に笑いながら、何度も何度もファキアのあちこち目掛けて突き始める。


 それをファキアは躱したり払ったりしてどうにか避け続けていたが、それに伴ってだんだんと疲労も溜まり動きが鈍くなってきてしまう。


 ――まずいな、これ以上長引かせたら逆に不利になるかもしれない……と来たらここは攻めるしかない!

 もうこれ以上牽制をしてもどうしようもないと考えたファキアは、全ての神経を攻撃のみに注いだ。


「むむっ!?」

「デヤヤヤヤヤヤー!!」


 突き、突き、突き。あまりにも早いファキアの連続の突きが、アウステロンの体全体を襲い掛かる。


 初めに左脇腹、次に左肩、次に右肩、次に左胸、次に右胸、そして最後に右脇腹と、とにかく連続でファキアは突きまくった。

 だがアウステロンはその突き全てを何食わぬ顔で正確に払いのけ、全て払いのけた後に満面の笑顔をファキアに向けた。


「ガーッハッハッハッハッハッ! いやあ面白い! 久しぶりに面白いぞ!!」


 ――嘘でしょ、あれだけの連続突きを全て払ったというのに、疲れ一つ無いなんて……信じられないわ。

 連続攻撃ですっかりと息を切らしたファキアはそう思いながら、疲労しきったせいで虚ろとした瞳になる。


 そんな瞳で息一つ切らさないアウステロンの顔を眺めると、ファキアの精神状態はどんどん逼迫され、仕舞いには地面を見つめて倒れそうになってしまう。


「どうした、もう疲労しきって突く事もできんか!」

「ハア……ハア……」


 ――ああ、あたしもうダメかもしれない。

 相手の格が違いすぎる、そう思うとファキアの戦意がすっぽりと奪われてしまう。


 そのあまりにも熱い模擬決闘を場外で見ていた生徒達は、二人から伝わる強烈な気迫にのまれ、ただ夢中になって静かに見守り続ける事しか出来なかった。


「――頑張ってファキア! あなたならまだいけるよ!」

「……え?」


 そんな中、ファキアを大きな声で応援する彼女の無二の親友――スマラグダがそこにいた。


 スマラグダがファキアを応援する声を聞いて、他の生徒達も目が覚めたようにざわつき始める。


「――スマラグダの言う通りだ! 頑張れファキアー!」

「あんだけ正確な突きが出来るんだ! お前ならやれるって!」

「そうよファキア! いくら先生が強くったって、

あんたの得意武器で負けるのは癪っしょー!」

「とにかくファイトだファキアー!」


 生徒達全員が必死にファキアを応援する声を聞いて、アウステロンはさぞ嬉しそうに笑う。


「ガハハハハハ! この声援が聞こえているだろうファキア!」

「……ええ、みんながあたしに――期待してくれてる!」

「だったらお前がやる事はたったの一つだろうが!」

「……先生を、あたしの全力を持って倒すだけです!」

「さあ来いファキア! 貴様の全力を俺にぶつけてみろ!」

「言われなくても――やってやるわ!」


 うるさすぎる程に生徒達の声援が混じる中、汗だくのファキアは活き活きとした目で顔を上げた。


「ハアアアアアアアア!!!!」


 疲労しきったファキアは、最早気力だけを振り絞って何度も何度もアウステロンの体全体を突き始める。


 頭、両肩、両胸、両脇腹、両腕とランダムに突きまくるが、やはりアウステロンは全てを難なく払いのけた。


「ガハハハハ! もう仕舞いか!」

「まだよ……まだまだああああ!」


 どれだけ疲労しようとも、足が覚束なくてふらふらし始めようとも、ファキアは一切突きをやめることはなかった。

 それは彼女を応援する生徒達の声が、彼女の気力を幾らでも湧かせていたから。


「はあ……はあ……!」

「うむ、流石にオレも疲れが溜まってきたぞ」


 そう言いながらもアウステロンは息を切らす事はなかったが、額にはじわじわと汗が浮き出ている。


「これで……トドメだああああ!!」

「むむっ!?」


 ファキアが突いたのはアウステロンの左肩だったが――腰を瞬時に下ろして軌道を無理やり下側に逸らし、アウステロンの左脇腹を貫こうとする。


「フェイントだと!」

「おらあああああああ……!!!」


 アウステロンはどうにかその突きを逸らそうとしたが、左肩の突きを払う為にフルーレを左肩に向けて構えていた為、反応できずにいた。


「あ……」

「むむむっ!?」


 だがファキアの全力の左脇腹を目掛けた突きは途中で速度を落としてしまう。

 何故ならファキアの体はとうに限界を超え、スイッチが落ちる様に気絶してしまったから。


 気絶したファキアの体は、そのままアウステロンの分厚い胸筋にもたれ掛かり、アウステロンは左腕でファキアが地面に倒れないように強く支えた。


 その様子を目の当たりにした生徒達は、突然の出来事にしーんと静まり返ってしまう。


「限界が来たようだな、誰かファキアを医務室へ運んでやれ!」


 アウステロンの呼びかけにすぐ反応したのはスマラグダだった。


「私、急いで連れていきます!」

「貴様はダメだ! 他の奴らに任せろ!」

「ど、どうしてですか!」

「貴様はこれからオレと真剣勝負をするのだ! 異論は認めん!」

「そ、そんな……」


 だんだんと場外にいる生徒達がざわめく中、ウィリデとアドリビアがスマラグダの元へやってきた。


「安心しなって、スマラグダー」

「あたい達が責任もってファキアを運んどくからあんたはこいつの敵を取ってやりなよお」


 それだけ聞くと、スマラグダはキッと顔を引き締めてアウステロンの顔を睨み付ける。


「二人とも……どうかファキアのこと、よろしくお願いします」

「あっはは、ただの授業なのに大げさだなー」

「こいつ頑張りすぎて気絶してるだけだからあ、そんな深刻に考えなさんなってえ」

「先生、失礼しますねー」

「頼んだぞ!」


 軽口を叩きながらも、二人はアウステロンの胸にもたれかかるファキアを彼から慎重に受け止め、二人掛かりで両肩を抱えながら医務室へと運んでいく。


「うはー、気絶してると重いもんだなー」

「バーカ、女の子に向かって重いとか言ってんじゃないわよお」

「あだっ!」


 ウィリデはアドリビアから空いている手で頭をどつかれながらもしぶしぶ運んでいた。

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