Lesson10
次の日、マナ・ルーネの行った深夜の隠ぺい工作によって、地面がボロボロになった訓練場はすっかりと元通り、いつもの様に授業が進んでいた。
「おーしっ、今日は貴様らに基礎中の基礎である“武器”の種類の――突きに特化した武器について語り合おうではないか!」
教卓に両手をついた筋骨隆々のごつい男が、第四教室の生徒達に爆弾の様な大声で叫んだ。
「アウステロンせんせーい、声が大きすぎでーす」
いつもプロクスに楽しそうに絡む三人組の中で一番調子良さそうな男子生徒――ウィリデが軽い感じでそう言った。
「おう!? すまんかったなー声がバカみてえにデカくてよ!」
「ひいー!」
ごつくて暑苦しい男――アウステロンに睨まれたウィリデは、しゅんと体を縮こませてしまう。
「なんだお前! 何をそんなにビビる必要があるんだ!!」
アウステロンはズカズカとウィリデの元に近付いた。
「こ、こっちにこないでくださいよーっ!」
「いいから教卓のほうへ来い!!」
「うわああああ、誰か助けてくれよー!?」
だが教室にいる誰もが、ウィリデから目を逸らしていた。
そうして無理矢理ウィリデの腕を引っ張っりながら教卓の前に移動し、彼をそこに立たせた。
「少し待ってろ!」
「はっ、はいいい!」
するとアウステロンは教卓を片手で持ち上げて教室の片隅に運ぶと、黒板に立てかけてあった三メートルの真鍮の槍をウィリデの隣に持ってきた。
「お前たしか槍が持ち武器だったろう!」
「あ……はいそうですが」
「では使い方を実践しろ!」
「は、はいいい!?」
「早くしろ! 時間がもったいないだろうが!」
「わ、わかりましたー!」
アウステロンの差し出す槍をウィリデが掴むと、慣れた手付きで両手で柄を握り、尖端を斜め上に向けて構えた。
「よしそこでストップだ!」
「うへえ!?」
ウィリデがカッコよさげなポーズを決めたところで、アウステロンはその槍の尖端を指さした。
そのずっしりとした重量がウィリデの体にのしかかる。
「こ、腰がやばいっす先生ー!」
「まずはこの尖端だがなんというか――分かる者は手を上げろ!」
アウステロンはウィリデを無視して質問を生徒達に投げかける。
その質問に、トリオの中で軽くても一番堅実そうな女子生徒――アドリビアが緩ーく手を上げた。
「はーい、矛でーす」
「そうだ、矛だ! じゃあこの一番後ろの奴はなんだ?」
そう言ってアウステロンは槍の最後端部分を指さす。
「石突きですかねー、たしか」
「その通りだ! 槍を地面に突き立てる奴だな!」
二人のやり取りに、ウィリデ以外の生徒達から感嘆の声が聞こえる。
「おいウィリデ! 今から槍を使って実際に突いてみせろ!」
「えっ! ま、マジすか!?」
「大丈夫だ! だが教室を傷付けたらオレは許さんぞ!」
「む、無茶苦茶だーっ……」
「がんばれウィリデー!」
「あんたならやれるってー!」
それでも教室のみんなは面白半分にウィリデを嗾けていた。
それで調子に乗り始めたウィリデはだらしなく顔を緩めながらも決心する。
「し、仕方ないなあ――みんな、俺の美しさに惚れんなよー!」
「よしやる気は充分だな! さあ突け!」
「へーい!」
アウステロンが自分から離れたのを確認してから、両手で柄の真ん中を強く握り締めた。
「では実演しまーす!」
それからウィリデは槍を両手で器用に回転させる。
回転させた槍を左右斜め上にぶんぶん移動させることで、それを見ていたアウステロンとプロクス以外の全員が感嘆の唸り声を上げていた。
「へえー」
「やるじゃんウィリデの奴」
「やだ――ちょっとかっこいいかも?」
そんな生徒達の声を聞いて、ウィリデは更に調子に乗って演舞を続ける。
今度は回転している槍を頭上に投げるとその場で後ろ宙返りして、再び回転している槍を両手で掴み、回転している勢いを利用して右横側に持っていく。
そして最後に前面に向かって勢いよく突き出した。
「やあああっ!」
ウィリデの突きはひょろい見かけよりもずっと強く、突いた矛先からじわりと風圧による風が巻き起こっていた。
演舞をし終えたウィリデは石突きを床に突き立てた。
自分の体を突き立てた槍の柄にもたれ掛からせ、眉をキリッとあげながら余裕の表情でピースした。
「いえーいっ!」
「ヒューッ!」
「いつもよりダンチかっけーぞウィリデー!」
「ちょっぴり見直したわー!」
ウィリデの華麗な演舞を見て、アウステロンとプロクス以外のその場にいる全員が愉快にざわついていた。
そんな中、実演をし終えたのを確認してアウステロンがウィリデの元へ近付き――彼の頭をボカッと殴った。
「痛った!」
「バカもん! ただ突くだけでいいといったろうが!」
怒鳴られているウィリデを見て、ざわめいていた者全員がシーンと静まり返る。
「そ、そんなのつまんないじゃないすかー……」
ウィリデは殴られた頭を擦りながらボヤいていた。
「やかましいわ! とにかく槍はこう使うのだ!」
「おわわっ!?」
ウィリデがもたれかかる槍を強引に奪ったアウステロンは、槍の柄の上下を両手でしっかりと握りしめた。
「そこにいると巻き込まれるぞ、あっちに行ってろ!」
「は、はーい……」
仕方なくウィリデは、トボトボと自分の席に戻っていった。
するとアウステロンは握る両腕にかなりの力を込め、誰もいない教室の壁に向かって突き出した。
「――ふんぬっ!!」
凄まじい掛け声と共にアウステロンが槍を前面に突き出すと、そこから物凄い風圧が生まれて教室全体を突風が巻き起こる。
「うわあああ!?」
「な、なんて風なの!?」
「こ、ここ一番後ろなのになんて風圧なんしょ!」
あまりの突きの強さに、生徒全員がざわつき始める。
「す、すっげえー……」
そのあまりの強さの突きを見たウィリデは、ぽかんと口をだらしなく開けてしまう。
「流石……金剛のアウステロン。一級兵士なわけだわ……」
「すっごい暑苦しいけど逞しくて素敵かも!」
その突きを目の当たりにした誰もが、アウステロンを褒め称えずにはいられなかった。
「さ、流石ですねアウステロン先生……! 俺も熱くなってきましたよ!」
計り知れない威力の突きを目の前で見ては、流石のプロクスでも興奮せざるを得なかった。
「ガハハハ!! こんなもんは貴様らの努力次第でなんとでもなる!」
「うーん、逞しいですね」
「ガハハハ! それじゃあ最後に槍についてのまとめだ! 槍は長くて攻撃範囲も広いゆえ近接戦闘をしなくて済むから便利だ! だがその分重くて反動をもろに受けやすい! だから槍で突く時はよく相手の動きを見て使うのだな!」
それを聞いて、教室の全員が快活に返事した。
「さあ、次はフルーレだが誰か使える奴はいるか!?」
「はい、あたし使えます!」
そこで手を上げたのは、昨日散々プロクスに当たり散らかしていた少女――ファキアであった。
「ほお、それじゃあ前に来い!」
「はい!」
ファキアはアウステロンに従う様に、黒板の前へと歩き始める。
その間にアウステロンは黒板の端に立て掛けてあった麻袋の中から真鍮製フルーレを取り出して、黒板の前にやって来たファキアに手渡す。
「次はお前の技を見たいから、好きに使え!」
「分かりました――」
教室中がしーんと静まり返る中、ファキアはスエードベストのポッケから十枚の赤い楕円形の花弁を取り出して、天井に向かって全てばら撒いた。
その後すぐに左手で握ったフルーレの剣先を天井に向け、自分の目と鼻の先で固定して瞑想した。
その間にも十枚の花弁はヒラヒラとファキアの頭上から舞い落ちてきており、その花弁が彼女の目前に到達した途端、カッと目を見開く。
「ハッヤッ、テヤッ――!」
ファキアが目開いた途端、彼女はヒラヒラとしていた十枚の花弁をまるで機械の如く俊敏かつ正確に全てを狙い突き、フルーレの刀身に全ての花弁を刺していた。
「ふう……少し的がブレちゃったか」
九枚は正確に真ん中を貫いていたが、最後の一枚だけが花弁の右端に突き刺さっていた事でファキアは不満そうに顔をしかめる。
――まあ、自分の持ち武器じゃないからこんなもんかね。
そう考えると、不思議とファキアの顔も綻んできてしまう。
それでも、そのあまりにも正確なフルーレ捌きを目の当たりにした生徒全員がポッカリと口を開けて静まり返っていた。
その沈黙を打ち崩すかのようにアウステロンはパチパチと大きな音を立てながら拍手をした事で、生徒全員が一挙にざわめいた。
「おおおおおー! か、かっけえええええ!」
「す、すごいじゃんファキア! 久々に感動したわー!」
「オ、オレもフルーレ使いだけど……あんな正確なフルーレ捌きはできないぜ……」
「私も今度フルーレの使い方教えてー!」
「あ、うん。まあ別にいいけど――」
ファキアもその声に応えて、精一杯の不器用な笑顔を生徒達に向けていた。
「わーい、ありがとファキアー!」
「なんだ、ファキアはやっぱり笑うと可愛いじゃんか!」
「ああ、そうだな。ちょっと意外だったわ」
教室にいる生徒の全員が全員、今までぶっきらぼうで無愛想だと思っていたファキアの事をすっかりと見直していた。
「ちょっ、そんなあたしを褒めないで!」
あまりの照れ臭さにファキアは顔を左右にぶんぶん振っていた。
しばらくしてファキアが落ち着くと、アウステロンが見計らったかの様に声を掛ける。
「ガハハハハ、流石だなファキア! ここまで正確な突き、オレは初めて見たぞ!」
「――はい、ここに入る前にもたくさん修行してましたから!」
「そうかそうか! オレは本当に嬉しいぞファキアよ!」
「ありがとうございます、先生!」
ファキアは深々と礼儀正しくアウステロンに頭を下げた。
「おう、それじゃあ席に戻れ!」
「はい!」
ファキアはあちこちで褒められながら席へと戻っていく。
それが照れくさくて仕方なく、彼女は頬を紅く染めていた。
「いつ見てもかっこいいね、ファキアのフルーレ捌き!」
「サンキュースマラグダ。まあ、あたしにはこの器用さしか
取り柄がないからねえ」
「そんなことないもん! ファキアは優しいし、友達思いだし――」
「ああ待って待って! もうこれ以上あたしを褒め殺さないでっ!」
あまりにも褒められすぎて、もうすっかりとファキアの顔が湯でダコの如く真っ赤に染まっていた。
「えへへっ、ファキアってば照れちゃって可愛い!」
「うっ、うるさい!」
すっかりとざわついて収集のつかなくなった生徒全員を、アウステロンは一喝する。
「お前ら少し落ち着けええええ!!」
その馬鹿でかい一喝で全生徒が静まり返り、それでアウステロンは満足して続けた。
「よし静かになったな! さて、一応おさらいだがフルーレは
この通り細くて折れやすい故に突き以外には徹さない。
いやむしろ硬い魔物には歯も立たんだろう。
だがどんなに硬い魔物にも柔らかい点は存在する!
そこでファキアの様に正確なコントロールで突くという技を
磨くわけだな!」
その話を聞くと、生徒達はファキアの正確なコントロールを思い浮かべながら静かにうんうんと頷いていた。
「それじゃあ、残りの時間は槍かフルーレを使って
実践するから全員簡易訓練場に集合だ!!!」
アウステロンの掛け声に生徒全員は活気溢れさせながら返事を返し、第四教室の窓から見える広場へと移動し始めた。
○
だだっ広い広場に集合した二十人の生徒とアウステロンは、その広場の右端にある白い砂利の引かれた長方形の形をした簡易訓練場へと集合していた。
生徒達は簡易訓練場には入らず、その前に並んで集まっていたのだ。
「おう、流石に誰も入らなかったか!」
「それはそうですよ――」
「だってそこに入ったら――」
「嫌でも訓練しないといけませんし……」
生徒達は、やたらと簡易訓練場へ入る事を恐れていた。
「そうだ! ここに入るということはすなわち――
倒れるまで訓練に励まなければいかんという事になる!」
それだけ言って、アウステロンはさぞ楽しそうに豪快に笑う。
「それで先生――」
「まずは誰が最初に入るんです?」
生徒達全員がお互いを見合って誰が一番初めに入るのかを牽制していた。とある三人を除いて。
「俺が入りましょう!」
「いえ、私が!」
「いいえ、あたしが!」
その三人を見て、アウステロンはさぞ嬉しがり豪快に笑っていた。
「ガハハハハ、やはり貴様ら三人が出てきたか!」
「無論ですよ! 戦いといったらまずは俺だ!」
一人はプロクス、相も変わらず闘志を燃やす凡才少年。
「私もプロクス君とおんなじです!」
一人はスマラグダ、怪力聖女。
「いいえ、スマラグダが頑張るのならあたしが先よ!」
一人はファキア、ちょっぴり行き過ぎた友達思いな少女。
その三人のやる気に満ちた顔を目の当たりにしたアウステロンは、心底楽しそう且つ豪快に笑いつづけていた。
「ガハハハハッ! 分かった分かった! それじゃあ三人とオレとで模擬決闘を行おうではないか!」
「はっ――」
「だ、第一級兵士の――」
「アウステロン先生とですか!?」
アウステロン自らが戦いに参加すると知って、三人は戦慄した。
他の生徒達もざわざわし始める。
「そうだ! だがわしの装備はフルーレ――つまりはオレが一番苦手とする武器で戦わせてもらうぞ!!」
「そうですか――では先生、あたしとフルーレ勝負をしませんか?」
「うむ、そうだな! オレもそう思っていたからちょうど良かった!」
アウステロンはファキアのやる気に応えて真鍮製のフルーレを二本、麻袋の中から取り出して一本をファキアに手渡した。
「そ、それじゃあプロクス君! 私達は槍で戦いましょうね!」
「あ、ええと――別にいいけど俺、剣以外は使った事無いんだよな……」
「大丈夫です! 適当に振り回しておけばきっと当たりますって!」
「そ、そうだよな!」
物凄く適当なことを言うスマラグダに対してプロクスは苦笑いしかできなかった。
だけどこれは別の武器を使う練習のいい機会だと考え、地面に手を伸ばそうとした。
だが既にそこには槍が無かったので、辺りをキョロキョロとしながら探してしまう。
「プロクス君、こっちですー!」
「へっ!?」
「はい、どうぞ!」
「うげえ!?」
プロクスの名前を呼ぶスマラグダの方へ体ごと振り返る。
するとそこには全長三メートルある重たい真鍮の槍を両方の手で軽々と持っていたスマラグダが笑顔で立っているのを目撃した。
それから片方の槍を片手で横に倒してプロクスの両手にドシッと乗せたものだから、彼はそのまま槍を体ごと地面に落としてしまう。
「お、重……」
「え、これってそんなに重たいんですか?」
スマラグダはそう言いながら、利き手でもない左手でブンブンと槍を上下に振った。
その様子を目の当たりにして、プロクスの額から冷や汗があふれ出してしまう。
「おう! 因みにその槍は六十キログラムあるぞ! 流石だなスマラグダ!」
「え、えへへ――ありがとうございます!」
アウステロンは心底笑いながらスマラグダを褒めていたが、それがプロクスの心に追い討ちをかけてくる。
――つうかウィリデの奴、こんな重い物を軽々とぶん回してたのかよ!
そう思うとプロクスの肩は、自然とぐったりして落ち込んでしまう。
「お、俺の心が折れそうだ……」




